第64話 ノエルを追って
ノエルが屋敷に向かったのを止めることができず、ベルンハルトとエラルドは仕方なくノエルの指示通り、屋敷から飛び出した使用人を追い掛けることになった。
森に隠していた馬に乗り、町の方へ向かう使用人を追う。暗闇の中で道に出て追い掛けると、ほどなくしてその背中を捕えた。
「義兄上は後方を!」
「分かった!」
挟み撃ちにするため、ベルンハルトがさらに速度を上げると使用人の前に出る。驚いた使用人は手綱を引き、馬の速度を緩めた。
「なんだ! お前らは!?」
「止まれ!」
使用人の男性はベルンハルトに声を上げると、馬の首の向きを変えようとする。その方向にはエラルドが立ち塞がった。
「手荒なことはしたくない、大人しくしてくれ!」
兵士ではない者に剣を向けたくないとベルンハルトが訴えると、男性は仕方ない様子で馬の動きを止めた。
ベルンハルトはその様子にホッとすると、馬を降りて男性の手綱を掴み、男性を馬から降ろさせた。
「お前たちは……、聖女様を狙っている輩か?」
「……お前は医者を呼びに屋敷を出た。誰が患者なんだ?」
「…………」
ベルンハルトの質問に男性は口を開かない。すると背後でエラルドが剣を引き抜いた。
「すまないが時間がない。知っていることを吐け」
「せ、聖女様だ! 聖女様が毒を飲んだんだ!」
エラルドの脅しに慌てて口を開いた男性の言葉に、ベルンハルトは顔を顰めた。
(またシルヴァーナが苦しんでいる……)
どうしてシルヴァーナばかりが、こんなに辛い思いをしなくてはいけないのだ。
ただ静かに暮らしたいと、それだけがシルヴァーナの願いなのに。
「回復していないのか!?」
「それが……血を吐き続けていて……」
「まさか、毒はだめなのか……?」
エラルドが呟く声にベルンハルトは奥歯を噛み締める。
「俺を解放してくれ! 医者を呼びに行かないと!!」
「義兄上、どうしますか?」
「ノエルは捕えろと言ったが……」
シルヴァーナが回復できないとなれば、医者に見せなければ間に合わないかもしれない。
判断に迷って二人が考えていると、屋敷の方から走ってくる者がいた。
「伯爵!」
フードを被った者がエラルドに声を掛ける。王都に来てからずっと伝令をしていた男性だと分かると、二人は警戒を解いた。
「聖女様を連れ出したのは御三方ですか!?」
「どういうことだ?」
いつも冷静に伝令役をしている男性が、焦った顔で口早に聞いてくる。
「聖女様が屋敷から消えました! 殿下が御三方の計画なのか聞いてこいと!」
「ノエルが本当に連れ出せたのか!」
「ノエル様が!?」
「ああ。ノエルがシルヴァーナを連れ出すと言って屋敷に入ったんだ」
「屋敷の様子はどうなんだ?」
「もう大変な騒ぎです。屋敷の中も外も探し回っていて、殿下は疑われていますが、殿下本人もまったく知らぬことですので、ライアン王太子も困惑しております」
(ノエルはどんな手段を使ってシルヴァーナを連れ出したんだ……)
あれだけの警備を越えて屋敷に侵入し、シルヴァーナを連れ出すなんて神業としか思えない。
「ノエルがシルヴァーナを連れ出せたというなら、私たちはエクランド邸に向かおう」
「エクランド邸?」
「ああ。本当のエクランド侯爵の屋敷だ。もう廃屋だが、ここから東に向かった先にある。そこでノエルと落ち合う予定なんだ」
「なるほど……。では御二方はすぐにそちらに向かって下さい。この者は私にお任せを」
ベルンハルトはエラルドと視線を交わすと、馬に乗り込む。
「殿下は大丈夫か?」
「ご心配なく。我らでお守り致しますので」
「分かった」
敵中に残すパトリックが心配だったが、今はノエルを追うことが最優先だろう。
ベルンハルトは意を決すると、馬の腹を蹴り全速力で走り出した。




