第63話 シャロンの悪意
シルヴァーナは胃の中が燃えているのではないかというほどの痛みに悶え苦しんでいた。
何度も何度も口から血を吐き出しても痛みは治まらない。致命傷を負わされた時は、あっという間に意識を失っていたが、今はそれもできずただ苦しみが続いている。
「シルヴァーナ! 回復できないのか!?」
「これはどういうことですか!? なぜシルヴァーナが!!」
「子供は引っ込んでいろ!! 医者はまだなのか!?」
そばでライアンとパトリックが何かを言っている。シルヴァーナが薄く目を開けると、ライアンが顔を覗き込んできた。
「シルヴァーナ! 大丈夫か!?」
「うぅ……、ごほっ、ごほっ……」
血がのどに引っ掛かって上手く呼吸ができない。顔を歪めてそれを訴えようとするが、言葉がどうしても出てこない。
「殿下! 水を! のどに血が!!」
「分かった!!」
パトリックの言葉に、ライアンは今度は文句を言わずに立ち上がると部屋を出ていく。するとパトリックが視界に入った。
「シルヴァーナ、大丈夫ですか!?」
「パ……ト……っ……」
「回復できないのですか!?」
(分からない……。私……今度こそ……死ぬの……?)
苦しさはまったくなくならない。朦朧とする意識の中で、何も答えられず首を振った。
(怖い……。助けて、ベルンハルト……)
「シルヴァーナ、少し待っていて下さい!」
パトリックはそう言うと、そばから離れていく。
誰もいなくなった部屋で、辛くて目を閉じたシルヴァーナは、荒い呼吸を繰り返す。
とにかく呼吸だけに意識を集中していると、鼻につく香水の匂いがして顔を顰めた。
「大丈夫?」
耳のそばで聞こえた高い声に、うっすらと目を開けると、シャロンの笑顔が目の前にあった。
「すごい血を吐いていたけど、さすがの聖女も毒には敵わないみたいね」
「……っ……あ……ぐっ……」
話そうとすると、のどが痛んで顔を歪める。その様子にシャロンの笑みが深くなる。
「殿下に色目を使うからこうなるのよ。この国に聖女なんていらないわ。ねぇ?」
(毒を入れたのは……この人なんだ……)
ずっと敵意を持っていたのは分かっていたが、まさかライアンが目の前にいる中でこんなことをするとは思わなかった。
シルヴァーナが苦しみながらもシャロンを睨み付けると、シャロンは楽しそうに笑って身体を起こした。
「怖い顔。そんな顔では綺麗な死に顔にならないわよ。では、ごきげんよう」
シャロンは扇を広げそう言うと、優雅に部屋を出て行く。それと入れ替わりにライアンと見知らぬ老人が入ってきた。
「シルヴァーナ! 医者を連れてきたぞ!」
ライアンはそう言うと、老人を引っ張りシルヴァーナのそばに歩かせる。
「これは酷いですな」
「毒を飲んだようなのだ。酷く苦しんでいる。治せるか!?」
「毒ですか。すぐに治療を致しましょう。さぁ、殿下は外に出ていて下さい」
「わ、分かった……」
ライアンが部屋を出て行くと、老人がシルヴァーナの顔を見て笑顔を見せた。
白髪で皺だらけの顔が見下ろしてくる。
「先……生……、私……、助かり……ますか……?」
「君は不死だ。死なないよ」
「え……?」
突然、老人のしゃがれた声が若い声に変わった。
そうして老人の姿がみるみる内にノエルへと変化する。
「ノ……エル……様?」
「助けに来たよ、シルヴァーナ。行こう」
シルヴァーナが驚いていると、ノエルはシルヴァーナを抱き上げる。そのまま歩きだすと部屋を出た。
不思議なことにあれだけ騒がしかった屋敷の中が静まり返っている。それに、廊下を堂々と歩いていても、誰一人出会うことがない。
(どうして……?)
シルヴァーナは不思議に思ったが、ノエルはまったく焦った様子もなく歩き続ける。階段を降り使用人たちの使う扉に向かうと、そのまま外に出た。
「外……」
ベルンハルトたちが助けに来てくれるとは分かっていたが、まさかこんな風になるとは思わなかった。
シルヴァーナは何が何だか分からずに困惑しながら、ノエルを見上げる。
「ベルンハルトたちは後で合流する」
「ベルン……ハルト……」
ノエルはそう言うと、木立の中にいた馬に乗り込み走り出す。
「しばらく走る。眠っていろ」
ノエルの言葉に急激に眠気が襲ってくると、シルヴァーナは返事をすることもできず眠りに落ちた。




