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第59話 パトリック王子の策略

 シルヴァーナはあれから5日ほど寝込んだ。いつもは大抵2日もあれば完全に回復していたが、精神的なものもあってか、なかなかベッドから出ることができなかった。

 やっと起き上がる気力が出て、テーブルで食事を取っていると、ライアンが顔を出した。


「やっとベッドから出る気になったか」

「おかげさまで」


 顔も見たくないと視線を合わせずに答えると、ライアンはまったく気にしていないのかそのまま正面のイスに腰掛けた。


「明日からは一緒に食事をするか?」

「ご遠慮致します。王太子妃様も良く思いませんでしょう」

「シャロンのことなど気にすることはない」


 ライアンの言い様にシルヴァーナは思わず食事の手を止めて顔を上げた。


「あなたの奥方でしょう? なぜそこまでないがしろにするのです」

「なんだ。シャロンに同情しているのか」


 シルヴァーナは返事をせずにライアンを睨み付ける。

 シャロンに同情した訳じゃない。ただ妻のことをもののように言うライアンが許せなかっただけだ。


(女をなんだと思っているのよ……)


 同じようなことを言っていたアシュトンを思い出して激しい嫌悪を感じ、シルヴァーナは顔を歪める。


(どこの国の王太子も、なぜこんな考えなのかしら……)


 アシュトンは断罪されたが、ヴィルシュ王国はライアンが国王になるだろう。そんな国には絶対に暮らしたくない。

 救いなのはルカート王国の次期国王はパトリック王子だということだ。13歳とは思えないほどしっかりした考えを持っていて、彼ならばきっとルカートをもっと良い国にしてくれるだろうと思えた。


「そう睨み付けるな。そうだ。お前を笑顔にする報告を持ってきてやったのだ」

「笑顔に?」

「今日の夕方、パトリック王子が王宮に来るそうだ」

「え!?」


 思い掛けない言葉にシルヴァーナが声を上げると、ライアンは面白そうに笑って続けた。


「まさか真正面から訪問するとは思わなかったが、お前を取り返しにきたということだろうな」


(パトリック様が……、じゃあもしかしたらベルンハルトも一緒かも……)


 道中で一度会ったきり、ベルンハルトの動向は分からない。けれどパトリックと合流して、助けに来てくれるかもしれない。


「外交上の公式訪問という名目で来るから、無下に断るのもどうかと思い許可したが、どう出るか楽しみだ」

「……わ、私も会えますか?」

「お前がヴィルシュの聖女として会うというなら、会わせてやらなくもない」

「ヴィルシュの……」


 ライアンの言い方からして、パトリックのやろうとしている事は絶対に成功しないという自信があるのだろう。

 確かに軍を引き連れてくる訳にもいかないだろうから、少ない護衛だけで自分を取り戻すのは無理な話かもしれない。それでも会うことができれば、何かが変わるかもしれない。


「分かりました……」


 シルヴァーナが静かに返事をすると、ライアンはシルヴァーナの目をじっと見つめてからゆっくり立ち上がった。


「楽しみに待っていろ」


 そう言い残してライアンは部屋を出て行った。

 シルヴァーナは次第に胸がドキドキしてくる。やっと家に戻れるかもしれないと思うと、これまでの沈んでいた気持ちが徐々に浮上してくる。


(ベルンハルト……)


 きっと会えると信じて、シルヴァーナは胸に手を当て祈りを捧げた。



◇◇◇



 夕方になり、シルヴァーナはメイドに先導されて謁見の大広間に入った。

 そこにヒューゴの姿を見つけ、シルヴァーナは走り寄った。


「お祖父様!」

「シルヴァーナ、元気になったようだね」

「お祖父様こそ、大丈夫でしたか?」

「私は大丈夫だ」


 ヒューゴはそう言うと、シルヴァーナの頭を優しく撫でてくれる。

 その温かな手にシルヴァーナは笑みを浮かべた。


「ルカート王国、パトリック殿下ー!」


 扉が開かれ、先頭に立つパトリックが姿を現した。

 シルヴァーナは徐々に近付いてくるパトリックを見つめ、両手を握り締める。

 パトリックは玉座の前で立ち止まると、膝を突いた。


「お目に掛かれて光栄に存じます、国王陛下。ルカート王国、第二王子パトリックでございます」

「よく来てくれた。まだ年若いがしっかりしているようだ。ルカートとは末長く和平を保っていきたいと思っている。両国の和平のために尽力してくれるとありがたい」

「それはもちろん。我が国はヴィルシュ王国と事を構える気はさらさらございません。ですが、それを望んでいないのはそちらなのでは?」


 パトリックはゆっくりと立ち上がると、柔和な顔を険しく変え、きつい眼差しで言い放つ。

 いつもはおっとりとした優しい印象のパトリックが、見たこともない目をして厳しい声を発したことに、シルヴァーナは驚いた。


「シルヴァーナ!」


 はっきりと名前を呼ばれ、手を差し出されると、シルヴァーナは居ても立っても居られなかった。

 走りだし壇上を降りると、パトリックの手を両手で握り締める。


「パトリック様!」

「来るのが遅くなってごめんなさい。僕が来たからもう大丈夫ですよ」


 優しくそう言われて、そっと手を握り返されると、シルヴァーナの目から涙が溢れた。

 まだ少しだけ自分よりも小さな背のパトリックがとても大きく感じる。


「シルヴァーナをお返し下さい。このままお返し頂けるのなら、今回のことを公にせず不問に致しましょう」

「なんだと……?」


 パトリックの言葉に国王の声が一段低くなる。だがパトリックは顔色を変えず続けた。


「シルヴァーナを誘拐したことが国民に知られれば、王家の信頼も地に落ちるのでは?」

「親書を読んでいないのか? シルヴァーナはヴィルシュの人間だ」

「それは!」

「もともとエクランド侯爵より一人娘のクレアを連れ去ったのはオーエン伯爵だ。それを取り戻したまでのこと。これを依頼したのはシルヴァーナの祖父であるエクランド侯爵だ。祖父が孫を取り戻すのに王太子が手を貸したが、これは善行であろう」

「何を馬鹿な。僕の調べたところによれば、エクランド侯爵はご夫婦共に14年前に病死しているはずです。シルヴァーナの祖父とは一体誰のことを言っているんです?」

「え……」


 二人の会話を固唾を飲んで聞いていたシルヴァーナは、思い掛けない言葉に小さく声を漏らした。


「お祖父様が……病死? ど、どういうことですか?」

「シルヴァーナは知らなかったんだね。君の祖父母は亡くなっているんだよ。母君からもしっかり聞いてきたから本当だ」

「そ、そんな……、だって、お祖父様……」


 意味が分からないとシルヴァーナはヒューゴに視線を向けた。ヒューゴは表情を変えなかったが、シルヴァーナから視線を外すとなぜかライアンと目を合わせた。


「何を訳の分からぬことを。このエクランド侯爵は確かにシルヴァーナの祖父だ。間違いようがない。そちらの調べ間違いだろう」

「ならば証拠をお見せ下さい」

「証拠?」

「エクランド侯爵の住まいに行けば、クレア夫人の残してきたものなどがあるはずです。それを見れば確かに本人だと納得します」


 パトリックの提案に国王は渋い顔をして顎に手を添えて考える。だがすぐに小さく頷くと口を開いた。


「よかろう。エクランド侯爵の屋敷へ行く手配をしよう」

「ありがとうございます。その時はぜひシルヴァーナもご同行を」

「なぜだ?」

「なぜ? 実家に帰るのに、孫が行かない理由がありますか?」


 笑ってそう言ったパトリックの顔を、シルヴァーナは思わずまじまじと見た。

 将来が有望だというのは聞いていたが、政治的な意味でも本当に才能があるのかもしれない。


「……分かった。聖女も同行させよう」

「陛下」


 国王が頷くと、ライアンが咎めるように口を出した。


「よい。好きにさせよう」

「……分かりました」


 国王の言葉に、ライアンは多少異論はあるようだが頷く。

 その様子にシルヴァーナが驚きパトリックの顔を見ると、パトリックはいつもの優しい顔でにっこり笑ったのだった。

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