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第51話 救出失敗

 ベルンハルトの力強い腕に抱かれて、シルヴァーナはぼろぼろと涙をこぼした。


「ベルンハルト……、ベルンハルト……」

「遅くなって悪かった。もう大丈夫だ」


 嗚咽を堪えて、シルヴァーナは言葉もなく頷く。


「ベルンハルト、ここではまずい。一度伯爵の元へ戻ろう」


 ふいに聞こえてきた声に顔を上げると、ベルンハルトの背後にノエルがいて、鋭い視線を周囲に送り警戒している。


「ノエル様?」

「シルヴァーナさん、無事で良かった」

「ベルンハルトと一緒に、助けに来て下さったのですか?」

「はい。あなたの兄上も一緒ですよ」

「お兄様!?」


 ノエルの言葉にシルヴァーナは驚いて目を見開いた。

 ベルンハルトの顔を見ると、ベルンハルトは静かに頷く。


「ここで追い付けたのは義兄上のおかげなんだ。義兄上が、」

「聖女が逃げたぞ!!」


 ふいにベルンハルトの言葉にかぶって、上から激しい男性の声が聞こえた。

 びくりと身体を竦ませて上を見ると、窓から兵士が顔を出してこちらを見ている。その声に反応して、真っ暗だった窓に明かりが灯る。


「まずい! 逃げるぞ!!」

「シルヴァーナ、走れるか?」

「え、ええ!」


 シルヴァーナは反射的に頷いたが、地面に降ろされた途端、右足に鋭い痛みが走った。


「あ、足が……っ……」


 右足の膝に激しい痛みがあって、走るどころか歩けそうもない。

 シルヴァーナの様子に気付いたベルンハルトは、すぐにまたシルヴァーナを抱き上げると走り出す。

 けれど森に逃げ込む前に、兵士たちの足音が聞こえてきた。


「裏庭だ! 逃がすな!」

「森へ回り込め!」


 兵士の声が四方から聞こえて、ベルンハルトとノエルは森に向かう足を止める。

 そうこうしている内に、松明を持った兵士たちが、あっという間に近付いてきた。


「くそっ! だめか!!」


 ノエルが険しい顔で腰の剣を引き抜く。


「ベルンハルト……」

「ここでじっとしているんだ、いいね?」

「う、うん……」


 ベルンハルトはシルヴァーナをそっと地面に座らせると、その場で剣を抜く。

 兵士に囲まれた二人は、シルヴァーナを守るように立ち、じりじりと間合いを取る。


「殺せ!」


 その声に一斉に兵士が襲い掛かってきた。多勢に無勢もいいところで、ベルンハルトもノエルも、表情にまったく余裕がない。

 シルヴァーナはただ雪の上に座って祈るほかない。けれど戦いなど知らないシルヴァーナでも、5分もすればこの戦いが勝ち目のないものだと分かってくる。


(このままじゃ二人とも殺されてしまう……)


 必死で戦っている二人に勝ってほしいのは山々だが、絶対に無理なことを覆すことはできない。

 どうにかしなければと焦りながら考えていると、兵士に守られてライアンが姿を現した。


「まさか、ここまで追い掛けてくるとは」


 ライアンは笑いながらそう言うと、ゆっくりとシルヴァーナに近付いてくる。


「シルヴァーナに近付くな!!」

「こちらに気を向けていると、そら、殺されてしまうぞ」


 ベルンハルトは怒鳴るが、ライアンは余裕の表情で答える。背後の兵士が剣を振り降ろすのを、寸でのところでかわすベルンハルトを見て、シルヴァーナは恐怖でどうにかなりそうだった。


「シルヴァーナ、お前の夫はなかなか勇気のある男だな」


 目の前まできたライアンは、持っていた杖の先でシルヴァーナの顎を上げさせる。

 シルヴァーナは射るような目でライアンを睨み付けたが、ライアンは笑ってそれを受け止める。

 戦いは続いている。二人の顔に疲労が見えてきて、シルヴァーナは両手を握り締めた。


「殿下……、二人をお助け、下さい……」

「だめだ! シルヴァーナ!」


 戦いながらベルンハルトが叫ぶ。ベルンハルトと一瞬目が合うが、シルヴァーナは弱く首を振って、もう一度ライアンを見上げた。


「一度だけ……、一度だけでいいのです。二人をお見逃し下さい」

「それで、私に何の得があるというのだ」

「……大人しく、王都へ参ります。絶対に逃げません。殿下に従います」


 震える身体を抑えるように両手を力いっぱい握り締め、まっすぐにライアンの目を見つめる。


「ライアン! シルヴァーナは俺の妻だ!! 絶対に連れて行かせるものか!!」

「威勢だけはいいな、男爵。だがシルヴァーナはヴィルシュ王国の聖女だ。お前ごときが妻にできる訳がなかろう」


 激昂したベルンハルトの叫び声に、シルヴァーナはまた涙が溢れてくる。

 自分のせいでこんな危険に晒してしまっているのに、何もできない自分が悔しい。


「この聖なる力は神から与えられた物だ。国のために使わなくてどうする」

「そうだとしても、それはお前の国じゃない!!」


 肩で息をしているベルンハルトが、兵士の剣を受け損なってたたらを踏む。その様子にシルヴァーナは焦って、ライアンの羽織るマントの裾を掴んだ。


「お願いです! 二人を助けて!!」

「二人とも!! 乗れ!!」


 シルヴァーナの声に男性の声が重なった。ハッとして声のした方へ顔を向けると、馬が三頭突っ込んでくる。

 その中の一頭にエラルドが騎乗していた。


「お兄様!!」

「シルヴァーナ! 絶対に助ける! 待っていろ!!」


 エラルドはそう言うと、兵士を蹴散らすように馬を走らせる。その間にノエルとベルンハルトは馬に飛び乗った。


「シルヴァーナ!」

「行って!!」


 一瞬こちらを向き名前を呼んだベルンハルトに、シルヴァーナは叫ぶ。

 ベルンハルトは苦しそうに顔を歪めると、馬の腹を蹴り森へ向かって走り出した。


「追え! 逃がすな!!」


 兵士が声を荒げるが、ライアンは杖を上げてそれを止める。


「よい。一日だけ待ってやろう」

「ですが、」

「聖女が逃げないと約束したのだ。あ奴らは良い働きをした。一日待って、それから捜索を開始しろ。どうせまたシルヴァーナを追い掛けてくる。捕えて殺せ」

「はっ!」


 ライアンはそう命令をすると、口の端を上げてシルヴァーナを見下ろした。


「王都までは後3日、はたして助けに来られるかな」


 その言葉にシルヴァーナは顔を歪ませると、奥歯を噛み締め目を閉じた。

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