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第45話 ベルンハルトの失態

 剣を持って村へ駆けつけたベルンハルトは、野盗の姿を確認すると剣を引き抜く。


「領主様! お助けを!!」

「皆、教会へ逃げるんだ!!」


 逃げ惑う村人たちに大声で指示を出すと、こちらに向かってくる男に切りかかる。だが男は冷静な顔でこちらの攻撃をかわすと、剣を振り上げた。

 男の攻撃を真正面から受け止めたベルンハルトは、内心で首を傾げながら剣を振り払う。


(さきほどの野盗の仲間じゃないのか!?)


 見た目は昼間に襲ってきた野党と同じだが、明らかに剣の腕が違う。

 一瞬周囲を確認すると、交戦している兵士たちも一撃で仕留めている者はいない。


(なんだ、こいつらは……)


 身なりとは違う剣の腕前に戸惑いながらも、今は考える暇はないと戦いに集中した。

 野盗は全員で20名ほどで、それぞれが兵士たちと戦っている。おかしなことに家に押し入って物取りをするような者はいないようだった。

 戦闘は1時間ほども続き、やっとすべてを倒すと、ベルンハルトは汗だくで剣を鞘に納めた。


「こちらも相当やられたな……」


 周囲には野盗と共に、ヴィルシュの兵士たちも倒れている。

 かなり手強い相手だったので、兵士たちにまで意識が向いていなかったが、王太子を守るほどの兵士たちと渡り合える野盗など聞いたことがない。


「男爵、お怪我はありませんか?」

「私は大丈夫だ。それより君たちの方が被害が大きい。まだ息がある者は療養院に運ぼう。医師がいる」

「それはありがたい」


 隊長が軽く頭を下げると、村長が走り寄ってきた。


「領主様、ご無事なようで安心しました」

「村長、皆が無事か確認してくれ。それから兵士たちの介抱を手助けしてほしい」

「分かりました」


 村長は真剣な顔で頷くと、教会の方へ走り去っていく。

 ベルンハルトは生き残った兵士たちに指示を出している隊長に近付き、肩を叩いた。


「私は一度家に戻る。ここは任せていいか?」

「……ああ、分かった」


 この野盗がライアンを狙って襲ってきたのなら、もしかしたら屋敷が襲われていてもおかしくない。屋敷にも兵士は残してあったので、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせ屋敷に向かって走った。

 屋敷に戻ると、周囲は静かでまったく騒ぎなどは起きていないように見える。ベルンハルトは小さく息を吐くと、玄関のドアを開けた。


「ドナート! 皆無事か?」


 大きな声で呼び掛けるが、返事はない。玄関ホールの隣の居間に入ってみるが誰もおらず、ベルンハルトは屋敷内の妙な静けさに明らかな異変を感じた。


「ドナート! エルナ! 返事をしろ!!」


 どの部屋のドアを開けても誰もおらず、声を上げても返事は聞こえてこない。

 ベルンハルトは顔を険しくすると、全速力で階段を上がった。そのまま寝室に飛び込むと、寝ているはずのシルヴァーナの姿がない。


「シルヴァーナ! シルヴァーナ!!」


 何が起こっているのか意味が分からず、ベルンハルトはただシルヴァーナの名前を呼び続ける。

 どの部屋を捜してもシルヴァーナも、使用人たちも見つからない。闇雲に部屋のドアを次々開けていっても誰もおらず、ベルンハルトはまた階下に降りると使用人部屋に向かった。

 言い知れない恐怖を感じながら、使用人部屋のドアを勢いよく開けると、床に倒れているエルナが目に飛び込んでくる。


「エルナ!!」


 慌てて走り寄り膝を突くと、震える手で口元に手を当てる。苦しげに顔を歪めてはいるが呼吸はしていて、ベルンハルトはホッと息を吐いた。

 体を確認したが怪我をしている様子もない。


(眠らされたのか……?)


 ベルンハルトはエルナをそのままに立ち上がると、隣のドナートの執務室に入った。

 予想通りドナートも床に倒れていて、ベルンハルトはそばに駆け寄ると声を掛けた。


「ドナート! ドナート!!」


 やはりドナートにも外傷などはないようで、呼吸もしっかりしている。

 何度か声を掛けると、ドナートは微かに呻くような声を漏らし薄く目を開けた。


「ドナート! しっかりしろ!!」

「……旦那様……っ……」


 ドナートは苦しそうに顔を歪めてどうにか声を絞り出す。起き上がろうとするので体を支えてやると、頭が痛いのか額に手を当てた。


「大丈夫か? ドナート」

「はい……旦那様……」

「何があったんだ!?」


 逸る気持ちで声を上げると、やっとドナートと視線が合った。


「旦那様、奥様が……」

「シルヴァーナはどこにいるんだ!?」

「王太子が……、連れて行ってしまって……」

「な……、なんだと……!?」


 まったく予想していなかった言葉に、ベルンハルトは目を見開いた。


「大奥様も眠らされて……、止めようとしたのですが……」

「そんな……、なぜ……」


 よく考えてみると、屋敷にはライアンの連れてきた者たちが誰もいない。結構な数の付き人もいたはずなのに、完全なもぬけの殻だ。


「なぜこんなことを……」


 そう考えて、村にまだ数人の兵士が残っていることを思い出した。隊長に話を聞けば、ライアンが何を企んでいたのか聞き出せるはずだ。


「ドナート、そこで休んでいろ」


 ドナートにそう告げたベルンハルトは、また村に全速力で向かった。

 村の広場まで行くと、村人たちが総出で後始末をして回っている。だがそこに兵士が見当たらない。辺りを見回してもただ一人も、ヴィルシュの人間がいない。


「お、おい! 生き残った兵士たちはどこにいる!?」

「え? あ、あの兵隊さんたちは、領主様が屋敷に戻った後に、森を探索すると言って村から出ていきましたけど……」

「なんだと!?」


 村人の言葉にベルンハルトは舌打ちすると、森を睨み付ける。

 すぐに追い掛けたい気持ちだったが、どこに行ったかも分からずに闇雲に森に入ったところで、意味がないことくらいは分かっている。


「あ! 怪我をした兵士は!? 療養院に運んだか!?」

「いえ。なぜかすべて連れて行くと言って……。ここにいるのはもう息のない人たちばっかりです」


 ベルンハルトは奥歯を噛み締めて、自分の浅はかさを呪った。


(最初からシルヴァーナを狙っていたんだ……)


 野盗も王太子が仕掛けたものだろう。

 あれほどあからさまにシルヴァーナに興味を示していたのに、どうして自分はもっと警戒しなかったんだと、後悔が押し寄せる。

 とにかく今は捜すしかないと、ベルンハルトはまた屋敷へ走った。

 厩舎に行くと、もちろん停めてあったライアンの馬車も、兵士たちが乗っていた馬もなくなっている。だがライアンが馬車で移動しているのなら、まだ追い付ける見込みはあると、自分の馬に乗り込み走り出す。

 大きな馬車が通れる道などこの辺りには街道しかない。街道は西へ向かえばヴィルシュとの国境線、東へ向かえば村を越えて更に山へ向かう。どちらかと考えれば、西しかないだろう。

 そう考えたベルンハルトは、迷わず西へ向かった。真っ暗な街道で轍の跡など確認できない。それでも走り続けたが、一向に馬車の姿は見えなかった。


(シルヴァーナ、どこにいるんだ……)


 全速力で馬を走らせながら、ベルンハルトは森の闇を睨み付けた。

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