第43話 不死の力
ベルンハルトは速度を上げて走り去る馬車と騎士たちを見送り、視線を野盗に向けた。
森から突然現れた男たちは、ざっと数えて20名ほどいる。全員ぼろぼろの格好をしており、持っている武器も錆びついているように見える。
この森は西の砦の守備範囲で、常に騎士たちが巡回している地域だ。野盗が住み着くことなどできる場所ではないはずだ。
安全と言われる森の街道で襲われたことに疑問を覚えながらも、ベルンハルトはヴィルシュの兵士たちに混じって戦闘を開始した。
「お前たち! 何者だ!?」
「うるせぇ!!」
ベルンハルトの質問に答える訳もなく、野盗は剣を振り上げる。それほどの腕もない相手ばかりで、ベルンハルトは殺さない程度に戦っていたのだが、ヴィルシュの兵士たちは、躊躇なくとどめを刺している。
「あの! 捕らえないのですか!?」
隊長らしき兵士に戦いながら声を掛けると、兵士は嘲るように笑って野盗を切り伏せる。
「野盗ごとき者らに慈悲など無用だ」
冷淡な言葉は、どこかライアンの物言いに似ている。この国の法律では、犯罪者は基本的には捕えて尋問をすることになっているのだが、ヴィルシュでは違うのかもしれない。
ここでそれを指摘したところでしょうがないと、ベルンハルトはとにかく野盗全員を動けなくさせることに注力した。
10分もしない内に野盗全員が地に倒れると、兵士たちは馬に跨る。
「殿下を追い掛けるぞ!」
隊長の掛け声に慌ててベルンハルトも馬に乗ると走り出す。馬車は騎士たちが守っているはずだから大丈夫だとは思うが、シルヴァーナが心配で手綱を握る手に力がこもる。
全速力で街道を進むと、あっという間に停車した馬車が見えた。騎士たちが馬車のそばに立っていて、こちらも襲われたのかと馬の足を速める。
そうして近付いてみると、地面になぜかシルヴァーナが横たわっているのが見えた。
「シルヴァーナ!!」
ライアンも外に出ていて、シルヴァーナのそばに立っている。
ベルンハルトは奥歯を噛み締めると、飛ぶように馬から降りシルヴァーナの横に膝を突いた。
「シルヴァーナ!!」
シルヴァーナは真っ白な顔で目を閉じたままだ。口許に手を添えると、呼吸をしているようには感じられない。
胸に刺さった矢はかなり心臓の位置に近い。胸に手を当てても鼓動は感じられず、ベルンハルトは顔を歪めた。
「何があったのですか!?」
「野盗だ。こちらにも潜んでいた。騎士が倒したが、シルヴァーナに流れ矢が当たった」
淡々としたライアンの説明に怒りが湧いたが、今はそんなことをしている場合ではないと大きく息を吐く。
シルヴァーナの胸に刺さった矢を掴むと、ぐっと力を込めて引き抜く。すぐに胸に血が溢れるが、押さえるように手を添えると、ベルンハルトは囁いた。
「シルヴァーナ、戻ってこい。傷を癒すんだ。君ならできる……」
シルヴァーナの体を抱き締めて、ティエール神に祈りを捧げる。きっと大丈夫だと信じているが、心臓は早鐘を打っていて抱き締める手は震えが止まらない。
そうして5分ほどの時間が経った頃、シルヴァーナの目蓋がピクッと動いた。
「シルヴァーナ!!」
「ベルン……ハルト……」
弱い声だが返事をすると、ゆっくりと目蓋が押し上がる。
「私……」
「すまない。また君に怖い思いをさせてしまった……」
絶対にシルヴァーナを守ると誓ったばかりなのに、またすぐこんなことになってしまい、自分の不甲斐なさに嫌気が刺す。
シルヴァーナは微かに首を振ると、ゆっくりと手を上げてベルンハルトの頬に触れた。
「あなたのせいじゃないわ……」
労わるような優しい声でそう言うと、シルヴァーナはまた目を閉じた。
「生き返った……のか?」
背後でライアンが呟くように言った声に、ベルンハルトはゆっくりと首を巡らせる。
ライアンの目は驚きに見開かれ、シルヴァーナを凝視している。
「確かに絶命していた……。不死というのは本当だったのか……」
「……殿下。シルヴァーナを休ませてあげたいので、私の家の馬車に乗せてもいいでしょうか」
「……いいだろう。とんだ足止めをくらったな。先を急ぐぞ」
「一度王都に戻られた方がいいのではないでしょうか。まだ野盗の一味が潜んでいないとも限りませんし」
「そのような些末なことを気にすることはない。行くぞ」
ライアンはベルンハルトの提案をあっさり却下すると、さっさと自分の馬車に乗り込んでしまう。
ベルンハルトは眉を顰めると、シルヴァーナを抱き上げ、後ろに付いてきていた家の馬車に乗り込む。
シルヴァーナを膝の上に抱きかかえ、眠っている顔を見下ろす。血の気のない真っ白な頬ではあるが、安らかな寝息は辛そうな様子はない。
(王太子の言っていることは本当だろうか……)
騎士が守っていながら、なぜシルヴァーナだけが怪我を負ったのだろうか。野盗が待ち伏せしていたとして、騎士たちが戦っている時に、シルヴァーナが馬車を降りるなど考えられない。
それとも何か予期しないことが起こったのだろうか。
(王太子に聞いたところで、どうせ答えてはくれないだろうな……)
真相はシルヴァーナが回復してから聞くしかないと、ベルンハルトは溜め息を吐く。
何かすべてが腑に落ちない気がして、胸に不安が広がっていく。
(もう何もなければいいが……)
窓の外に見える曇天を見つめ、ベルンハルトはもう一度深い溜め息を吐いた。




