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第2話 目を覚ましました

 意識が浮上して、シルヴァーナは薄目を開けてぼんやりと考える。


(なんか変な夢を見たわ……)


 突然アシュトンが押し掛けてきて、殺される夢だ。なんて恐ろしい夢だろうと息を吐く。


(これって私の恐れていることなのかしら……)


 いつか偽物の聖女だと言われてしまうことが、恐いのかもしれない。

 自分だって聖女だなんて一欠片も思っていないのだから、他人からそう言われてもおかしくはないのだ。

 聖女だと驕ったことは一度もない。それでもこの立場にずっといることが罪だというなら、償いは必要なのかもしれない。


「私が望んだことじゃないのになぁ……」


 ぼやいた声が、妙にこもっている。

 狭い空間にいるような聞こえ方に、シルヴァーナは不審に思い起き上がろうとして、なぜか何かに頭をぶつけた。


「痛っ……。え、なに?」


 自分のベッドで寝ていたんじゃなかったのかと思いながら、暗がりで手を伸ばすと、なぜか頭のすぐ上に何か壁のようなものがある。それが邪魔をして起き上がれない。

 手で探ってみると、どうやら身体の周りはすべて木でできた板のようなものに覆われている。


「な、なにこれ……!?」


 起き上がれないことにいらつきながら、両手を動かしてどこか隙間がないかと探るが、真っ暗な中では何も分からない。

 段々怖くなってきて、バタバタと身体を動かすがどうにもならない。


(なによこれ……。まるで……、まるで棺みたいな……)


 自分の考えにぞっとして、シルヴァーナはぶんぶんと首を振った。


(変なこと考えちゃだめ。とにかくここから出なくちゃ)


 シルヴァーナはそう考えると、足と手を使って、体の上にある板を持ち上げようとするが、びくともしない。

 これ以上ないというほど力を入れているが、まったく動く気配がない。


「なんなのよ……」


 肩で息をしながら、悪態を吐く。何度も何度も力を入れて押している内に、疲れも出てきて苛々が募っていく。

 しまいには腹が立ってきて、シルヴァーナはドンドンと頭の上の板を叩いた。


「開けて!! 開けなさいよ!! ちょっと!! 誰かいないの!?」


 これがあの甘ったるい顔のアシュトンがやったことかもしれないと思うと、もう怒りは最高潮だった。


「開けろって言ってるでしょ!!」


 大声で怒鳴りながら、渾身の力で足を蹴り上げる。

 その途端、板が吹き飛び視界が広がった。


「やった……、開いた……」


 痛みの走る右膝を擦りながら起き上がったシルヴァーナは、周囲を見渡す。どこかの室内だろうが、暗すぎてよく見えない。

 唯一、一本だけ床の上に置かれたろうそくの光が、ぼんやりとその周囲だけを照らしている。


(やだ……、ここって……、まさか……)


 よく知っている気がする場所に、寒気を覚えつつ立ち上がりろうそくに近付く。もう残り少ないろうそくを手にすると、もう一度自分がいた場所に戻った。

 想像していた通り、そこに置かれたいたのは棺で、シルヴァーナは顔を歪めた。


「棺に閉じ込めるなんて、酷い……」


 まさかこのまま葬るつもりだったのだろうか。本当にそうなら、アシュトンはあまりにも残酷過ぎる。


「それにしても、もうちょっと高価な棺でも良かったんじゃないの?」


 棺は、ただ木を貼り合わせたような粗末なもので、シルヴァーナがいた教会では見たこともないほどおんぼろだった。


(まぁ、ぼろだったから蓋が開けられたのか……)


 薄っぺらい木には細い釘しか使われていない。だからシルヴァーナの足の力程度でも、中から開けられたのだろう。

 シルヴァーナは深く溜め息を吐くと、室内を見渡す。

 真っ暗だが、ここがどこかの見当はついている。たぶん埋葬する前に棺を保管しておく霊安室だろう。大抵どこの教会にも地下に作られていて、形も同じようなものだ。

 一本だけろうそくが灯されていたのは、この世の別れをその最後の一本で過ごすという意味がある。


「それにしても、私……、どうしてこんなことになったのかしら……」


 思い出そうとすると、あの忌まわしい夢が出てきて、まさかとお腹に触れた。


「切れてる……」


 着ているローブの腹部辺りの布が破れている。指先で辿ってみるが、怪我はしていないようだ。


(あれって夢じゃないの……? え、でも……、お腹に怪我なんてしてないし……)


 夢では思い切りアシュトンの剣が腹に突き刺さったように感じたが、今、自分はまったく痛みなどを感じない。

 どういうことか意味が分からず、首を捻る。


(とにかく今はここから出る方が先よね)


 シルヴァーナは頭を切り替えると、ろうそくを手に歩きだす。階段を上がった先には重厚な鉄の扉があったが、鍵は掛かっておらず、シルヴァーナはそっと扉を押し開けた。


「真っ暗ね……」


 誰もいないかを確認しながらゆっくり外に出ると、周囲を見渡す。鬱蒼とした木々の影に少し怯えながら歩くと、すぐに墓地に辿り着いた。

 徐々に目が慣れてきて、月明かりに風景が浮かび上がる。

 深い森の中にある小さな教会と、墓地。その先には、舗装もされていない土の道が続いている。

 シルヴァーナは、まったく知らない風景を見て愕然とした。


「ここ、どこよ……」

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