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第18話 コンスタンスの苛立ち

 コンスタンスは父親の手下の報告を聞いて、顔を顰めた。


「アシュトン様はなぜシルヴァーナの遺体を村に送ったの!?」

「分かりません。ただメルロー村という小さな村の教会で、しっかり埋葬するようにと指示を出したようです」

「なによそれ! そんなことしたら、シルヴァーナが殺されたってバレてしまうかもしれないじゃない!! 森の中にでも埋めてしまえばいいものを、なぜ律儀にそんなことを……」


 アシュトンはたまに間抜けなことを言うが、やることまで間抜けだとは思わなかった。

 苛々とした気持ちを抑え込み、立ち上がる。


「それで、埋葬はちゃんとされたの?」

「それが、なぜか遺体がなくなってしまったようです」

「は!?」


 こちらの声に、手下の男性は下を向いたまま微動だにしない。


「遺体がなくなった!? どういうことよ!?」

「分かりません。騎士たちは一旦報告のために殿下の元に戻りました」


(遺体がなくなったって……、なによそれ……。気持ち悪い……)


 コンスタンスはぞっとして両腕で自分の身体を抱き締める。


「それで、アシュトン様はどうするつもりなの?」

「殿下は怯えた様子で、とにかく遺体は教会に持って行ったのだから、放っておけと言ったようです」


 その報告に大きな溜め息が出た。曖昧な状況を放っておくなど、よくそんな考えになるものだ。


「分かったわ。なら、あなたたちはまた村に行って、シルヴァーナの遺体を探しなさい。誰かが隠したのなら、どういう意図があってそうしたのか探りなさい。もしシルヴァーナの死因を公にしようとしている者がいるなら、すぐに殺してしまって構わないわ」

「分かりました」


 男性が部屋を出て行くと、コンスタンスは爪を噛んで憎々しげに窓の外を睨み付ける。


(死んでもまだわたくしを煩わせるなんて……、なんて邪魔な女なの……)


 聖女の立場を振りかざして、王太子妃に成り上がろうとしていた女。なんの力もないくせに、そんなこと許されるはずはない。


(王太子妃になるのは、わたくし、コンスタンス・エドニーよ)


 コンスタンスは窓に映る自分の顔を見つめて、鮮やかに笑った。



◇◇◇



 しばらくして驚くべき報告が耳に入った。


「シルヴァーナが生きているですって!?」


 コンスタンスは声を荒げると、さすがに信じられないのか男性も困惑した顔のまま話した。


「はい。村にはシルヴァーナにそっくりな女性が、『シェーナ』と名乗って暮らしています」

「本当に本人なの!?」

「遠目で確認しただけですが、本人に間違いないと思います」

「なによそれ……、生き返ったっていうの……?」

「傷が浅く、もともと死んでいなかったのでは?」


 男性の言葉に、コンスタンスはシルヴァーナが剣で刺された時のことを思い出す。あの時、倒れたシルヴァーナは確かに死んでいるように見えた。

 大量の血が流れていたし、ぐったりとした姿はもう息があったようには見えない。手当てもされず、あれで生きていたというなら、化け物ではないか。


「殺しなさい……」

「ですが、」

「殺しなさい!! アシュトン様に気付かれる前に殺すのよ!!」


 まだシルヴァーナが生きていると知ったら、あのアシュトンのことだ。奇跡だなんだと騒いで、シルヴァーナを呼び寄せるに決まっている。

 そうなっては、自分が聖女になった意味がなくなってしまう。


(生き返るなんて、そんな奇跡は存在しないわ……。絶対違う……。なんなのよ……、気持ち悪い……)


 コンスタンスは苛々と爪を噛む。


「アシュトン様はわたくしのことを疑っているし、どうしたらいいの……」


 アシュトンが本物の聖女を求めていることは分かっている。事あるごとに「本当に聖女なんだろうな?」と訊ねてくるのは、自分を疑っているからだ。

 どうにかしなければ、自分もシルヴァーナの二の舞になってしまう。


「奇跡……」


 本物の聖女と証明するには、奇跡を起こすしかない。


「マリー! 教会に行くわよ! すぐに支度なさい!」

「は、はい!」


 部屋の隅に控えていたメイドが、慌てて返事をする。

 その様子を見ながら、コンスタンスはその『奇跡』をどうするか考えていた。



◇◇◇



 教会に向かうと、いそいそと教皇が出迎えに現れた。


「コンスタンス様! 急なお越しで驚きました。御用があればこちらから出向きましたものを」


 にこにこと手を揉んで話すバルト教皇は、3年前に新しく教皇になった男だ。もうすぐ60歳の老人だが、樽のような身体とてかてかの油が浮いた顔は、聖職者とは思えないほど肥えている。

 二人で教皇の私室に入ると、コンスタンスは勝手にソファに座り話し出した。


「教皇、わたくしの聖女認定の儀式は、一体いつになったら行われるの?」

「そ、それは、シルヴァーナの喪が明けたらすぐにでもと、前にも申しました訳で……」

「それでは遅いわ! 今すぐにでも認定を受けて、大衆にわたくしが聖女だと知らしめなくては!」


 バルト教皇は額の汗をハンカチで拭きながら、困り顔で言い訳をする。


「そう言われましても、さすがに先代の聖女をないがしろにすることは教会としてはなんとも……」

「あれは偽聖女よ! そういうことで処理すると言ったじゃないの!」

「で、ですが……、シルヴァーナは先代のリード教皇が、聖女と認定している訳でして、偽聖女と言うには……」


 煮え切らないことをごにょごにょと言うバルト教皇を、コンスタンスは睨み付ける。


「我が侯爵家がいくら出していると思っているの!? そのくらいなんとかしなさいよ!」

「そ、そう申されましても……」


 教会が体裁を繕おうとするのは分かっている。偽聖女を出したとなれば、教会の信用はガタ落ちになるのは確かだろう。

 それが分かっているから、教会がシルヴァーナの死因を病死であると告知することを許可したのだ。だが今になってこの判断は間違いであったと思う。


(最初からシルヴァーナは偽聖女だと、噂を流しておけば良かった……。そうしたら国で喪に服すことなどなかったのに……)


 コンスタンスは唇を噛むと、今更どうにもならないことを悔やんでも仕方ないと、気持ちを切り替えた。


「バルト教皇、話を変えましょう。わたくしが聖女の奇跡を起こすための準備をしてほしいの」

「聖女の奇跡を……、でございますか?」

「そうよ。王太子殿下はわたくしを疑っているわ。だから聖女の奇跡を見せて、わたくしが本物の聖女だと信じさせなくてはならないの」

「ど、どうやって奇跡など……」

「大丈夫。わたくしに良い案があるの」


 コンスタンスはそう言ってほくそ笑むと、折り畳んだ紙をバルト教皇に差し出した。

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