第16話 アシュトンの悩み
「殿下、コンスタンス様がお越しです」
「……入れ」
ドアの向こうから聞こえた声に、アシュトンは苛々とした気持ちを押し殺し、静かに返事をした。
すぐにドアが開いて入ってきたコンスタンス・エドニーを睨み付けるように見つめる。コンスタンスはエドニー侯爵の娘で、艶のある金髪に水色の瞳の美しい容姿が目を引く娘だ。
「ごきげんよう、アシュトン様」
「ああ……」
「今日は珍しいお茶を手に入れたので、持って参りましたの」
コンスタンスは勝手にソファに座ってしまうと、一緒に入ってきたメイドにお茶の準備をさせている。
「お茶に合うお菓子も用意しましたのよ。アシュトン様のお好きな物もありますから、どうぞこちらにお座り下さい」
暢気なことを言うコンスタンスに、アシュトンは眉を顰める。
こちらの機嫌の悪さなどお構いなしに、コンスタンスは優雅な動作でティーポットからカップにお茶を注ぐ。
「良い匂いですわよ」
「コンスタンス、本当にお前は本物の聖女なのか?」
低い声で訊ねると、コンスタンスの手がピクリと動いた。ゆっくりと顔を上げると、にこりと笑う。
「もちろんですわ。教皇様がおっしゃっておいでだったでしょう?」
(教皇の言うことなど信じられるか!)
シルヴァーナだって先代の教皇に聖女だと認められていたのだ。それが何年経っても奇跡を起こせず、結局殺すことになってしまった。
(殺さない方が良かったんじゃないだろうか……。これでコンスタンスまで偽物だったら、俺はどうしたらいいんだ……)
アシュトンは苦悩し両手を握り締めると、ソファに歩み寄りコンスタンスの前に座った。
「コンスタンス、聖女なのに教会にいなくていいのか?」
「わたくしはまだ聖女認定を受けておりませんから。儀式を行い聖女となれば教会に参りますわ。ただ、すぐにアシュトン様と結婚となれば、教会にいる時間はそれほど長くはないでしょうね」
コンスタンスは流れるように返答をする。その様子に動揺は見られない。嘘を吐いていれば顔に出るだろう。ここまで確信を持って話しているのなら、コンスタンスは自分が聖女であると自覚しているということだ。
思い出してみると、シルヴァーナはいつも自信がない様子だった。それはきっと自分が聖女ではないと分かっていたからだろう。
「さぁ、お茶をどうぞ。アシュトン様」
そっとカップを差し出され、アシュトンは大きく息を吐くと紅茶を一口飲んだ。
「美味いな」
「良かったですわ」
コンスタンスは嬉しそうに笑うと、同じように紅茶を口にしたのだった。
そうしてしばらく穏やかなお茶の時間を過ごしていると、また部屋に来客があった。
「殿下、国王陛下がお越しでございます」
その声にアシュトンは慌てて立ち上がった。コンスタンスも驚いて腰を上げる。
静かにドアが開くと、国王が入ってきた。自分とは似ていない厳つい顔を、さらに険しくして近付いてくる。
「陛下、ご機嫌麗しゅう存じます」
「コンスタンス、アシュトンと共にいたのか」
「はい」
コンスタンスが物怖じせずに国王に挨拶をする。国王は短く言葉を交わすと、アシュトンに目を向けた。
「アシュトン、政治の勉強は終わったのか?」
「父上、私は子供ではないのですから、勉強などもうする必要はありません」
「お前に足りないと思っているからさせているんだ。パトリックは、まだ12歳でありながら、もう政治に関して持論を述べられるほど、自分の考えをしっかり持っているのだぞ。お前もパトリックのようにしっかり大臣たちと話し合えるようになれ」
弟のパトリックの名前を出されて、アシュトンは両手を握り締めた。それでも上から見下ろすようにきつい眼差しを向けられると、反論の言葉はどうしてものどから出てこない。
昔からこの刺すような視線が苦手だった。
「さきほど教皇が参った」
「教皇が……、どうして……?」
ギクリとしてアシュトンが訊ねると、国王はコンスタンスの方を見て答えた。
「これからの日程を調整するためだ」
「日程ですか……?」
「聖女認定の儀式や、王宮でのお披露目の調整だ。シルヴァーナの喪が明け次第となるが、それほど時間は空けない方がいいということになった」
国王の言葉にコンスタンスは嬉しそうに両手を合わせる。
「お披露目とは、大広間でのパーティーでしょうか」
「そうなるな。シルヴァーナのことは悲しいことだが、新たな聖女の誕生は、国にとって何よりも喜ばしいことだからな」
「シルヴァーナさんは突然でしたものね……」
コンスタンスは悲し気に目を潤ませて呟く。それを見て国王は慰めるように肩に手を置いた。
「亡くなった者を悼む気持ちは分かる。だが、君は聖女だ。シルヴァーナのためにも、聖女として国に貢献してほしい」
「もちろんですわ、陛下。わたくし、歴代の聖女の中でも最高の聖女だと言われるように、精進したいと思っております」
「頼もしい言葉だな」
国王は大きく頷きそう言うと、またアシュトンに目を向けた。
「アシュトン、王妃が寂しがっている。顔を見せてやったらどうなんだ」
「母上、ですか……」
「パトリックは母を心配して足繁く通っているぞ。暇があるなら見舞いくらいしてやれ」
「分かっております……」
まったく気が進まなかったが、低い声で返事をすると、国王はそれで用事は終わったようで、踵を返し部屋を出て行った。
(小言を言いに来ただけではないか……)
子供を叱りつけるような言い方に腹が立ってくる。もう21歳にもなった自分に対して、国王はいつまで子供扱いするつもりなのだろうか。
「王妃様のお見舞いに行くのなら、わたくしも一緒に参りますわ」
コンスタンスの言葉にアシュトンは顔を背ける。
本当は母親のところには行きたくない。ずっと病に伏している母親はいつも辛気臭い様子で、会う度に気鬱にさせるのだ。
それでも国王にああ言われてしまったからには、一度くらい見舞いに行かなければならないだろう。
「そうだな……」
アシュトンは深い溜め息を吐くと、何もかも上手くいっていないような気がして顔を歪めた。




