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第14話 君を想う

 シルヴァーナは気落ちした様子ではあったが、目覚めてから半日も経つと体調は元通りになったようだった。

 少しのスープを飲み落ち着くと、ベルンハルトは襲われた時の状況を訊ねた。


「シルヴァーナ、辛いだろうが、畑で何があったか教えてくれるか?」


 ベッドの背凭れに背を預けて起き上がっていたシルヴァーナは、ベルンハルトを見ると小さく頷く。

 ベルンハルトはベッドに座ると、自然にシルヴァーナの手を握った。


「畑の様子を見に行ったら、暗闇から名前を呼ばれたの……」

「名前?」

「ええ。『シルヴァーナ様』って。だからてっきりドナートさんかと思って、返事をしたの。きっと心配して来てくれたんだって……。でも近付いてきたのは、まったく知らない男性だった」

「顔は見たのか?」


 シルヴァーナは弱く首を振り、ベルンハルトの手をギュッと握り締める。


「暗くてよく分からなかった。声と体格で男性だっていうのは分かったけど……。その手に剣を持っていたから、驚いて逃げたの。でももう一人いて、……その人に切られた……」


 それきりシルヴァーナは下を向いて口を噤んだ。微かに震えているように感じて、ベルンハルトは腕を伸ばすとシルヴァーナを抱き寄せた。


「よく話してくれた。ありがとう」

「ん……」


 シルヴァーナの憔悴しきった様子に、もうこれ以上深く聞くことはできないと、後はただシルヴァーナが落ち着くまで背中を撫で続けた。


(シルヴァーナを狙って村の近くに潜んでいたのか……。二人ということは、逃げられないためにしっかり計画を練っていたということだ……)


 そうであるなら、暗殺者にはそれを指示した者がいる。


(たぶんアシュトン王太子だろうな……)


 だがそれでは行動に矛盾があるように感じる。アシュトンは本物の聖女を望んでいたのだ。もしシルヴァーナが生き返ったと知ったとなれば、王都に連れ戻そうとするのではないだろうか。

 いくら考えても納得できるような答えは出ない。考えても答えが出ないのなら、今はとにかくシルヴァーナをこれ以上傷つけられないように全力で守るしかないと、ベルンハルトは強く誓った。



◇◇◇



 次の日になってベッドから出られるようになったシルヴァーナだったが、居間のソファに座りぼんやりとしているだけだった。

 ベルンハルトは扉からその様子をそっと窺いながら、どうやって慰めていいのかをぐるぐると考える。だがいくら考えても良い案は浮かばない。


「旦那様」


 突然、背後から声を掛けられ、ベルンハルトが驚いて振り返ると、ドナートとエルナが立っていた。


「なんだ、脅かすな」

「旦那様、少々よろしいでしょうか」


 何か用事だろうかと3人で執務室に向かい扉を閉めた途端、エルナに背中を押された。


「お、おい! なんだ!?」

「お座り下さい! 旦那様!」


 エルナはそう言うと、ベルンハルトを無理矢理ソファに座らせる。

 そうして目の前に立つと、両手を腰に当ててこちらを睨み付けてきた。


「旦那様!」

「な、なんだ……、そんな怖い顔をして……」

「シルヴァーナ様を放っておかれるのですか!?」

「え!?」


 突然シルヴァーナの名前を出されて、動揺した声が出てしまう。言われている意味が分からず、エルナの隣に立つドナートに助けを求めようとちらりと見るが、ドナートは真面目な顔でこちらを見ているだけだ。


「あんなに沈んでおられるんです。慰めて差し上げないと!」

「そ、それは分かっている。でも、どうしたらいいか……」


 どんな言葉を掛けても、シルヴァーナの心の傷は癒せない気がする。気晴らしに何かをさせてやりたい気もするが、外は危険だろうし、娯楽のない村ではどうしようもない。


「旦那様」

「なんだ、ドナート」


 ドナートに何か良い案でもあるのかと顔を向けると、ドナートは一歩前に出てからコホンと一つ咳払いをした。


「旦那様は、シルヴァーナ様のことを慕っておいでなのでしょうか」

「な!? な、な、なにを……」


 脈絡もなくそんなことを聞かれて、ベルンハルトは思わず顔を赤らめる。

 意味もなく手をわたわたと動かすと、エルナが偉そうに言い放った。


「ほら、これで分かったでしょ、ドナートさん。旦那様はシルヴァーナ様をお好きなの! 私が言った通りでしょ?」

「お前たち、い、一体何を……!?」

「旦那様、シルヴァーナ様を大切に思われているのなら、このままではいけません」

「ちょ、ちょっと待て。何の話だ?」


 エルナはまた一歩前に出ると、ずいっと顔を近付ける。


「旦那様、シルヴァーナ様がお好きなら、放っておくなんて絶対ダメです!」

「エルナ、ちょっと待て」

「ずっと塞ぎ込んでおられるシルヴァーナ様に、少しでも元気になってもらいたいと思わないのですか!?」

「思ってるさ! でも俺にどうしろっていうんだ」

「新しいドレスを作りましょう!」

「は?」


 エルナの言葉に、ベルンハルトは間抜けな声を出した。まったく意味が分からない。


「シルヴァーナ様はずっと大奥様のドレスを着ていらっしゃいます。サイズも少し違いますし、シルヴァーナ様の年齢で着るには、少し落ち着き過ぎているデザインです。ですから、隣町の仕立屋を呼んで、ドレスを作るのです!」

「ど、どういうことだ? 落ち込んでいるのとドレスと、何が関係あるんだ?」


 ベルンハルトの頭の中では、まったく繋がらない事柄に首を捻ると、エルナは眉を寄せた。


「女性は誰でも新しいドレスで心が華やぐものです。素敵な布やレースを選んでいる内に、きっと元気を取り戻すはずです」

「いや……、でも……」

「旦那様。隣町の仕立屋は、以前大奥様がお呼びしていた者です。この機会にまた呼んでみてはどうでしょうか」


 ドナートはどうやらエルナの意見に賛成らしい。だがどうしても納得できないベルンハルトは、腕を組んで首を捻った。


「こんな時にドレスなんて作っても、シルヴァーナは喜ばないんじゃないか?」

「私もそう思ったのですが、やはり女性のことは女性が一番理解しているのではないかと思いまして。ここはエルナを信じて、やってみる価値はあるかと」


 ベルンハルトは二人を交互に見て唸った。

 エルナの突拍子もないアイディアは、逆にシルヴァーナを怒らせてしまいそうではあったが、現状何も思い浮かばない以上、これしかないようにも思えてくる。


「エルナ、自信はあるのか?」

「もちろんです。きっと旦那様は私に感謝すると思いますよ」


 自信に満ちたエルナの顔を見上げ、苦笑が漏れる。両親が亡くなってから、ドナートもエルナも、どこか兄や姉のように感じる時があった。

 心細く感じる時、いつも二人が背中を押してくれた。


「分かった。やってみよう」


 ベルンハルトが大きく頷くと、「ではすぐに手配して参ります」とドナートが部屋を出て行った。



◇◇◇



 午後になって、本当に隣町から仕立屋が訪れた。小太りの中年男性は確かに見た顔で、ベルンハルトの顔を見ると、嬉しそうに笑った。


「男爵様と奥様が亡くなられて、心配しておりました。お元気そうで何よりです」

「突然呼び出してすまないな」

「いえいえ、坊ちゃんがお呼びなら、飛んで参りますよ。おっと、もう男爵様でしたね」


 額の汗をハンカチで拭いながら仕立屋は言うと、大きなカバンを持ち上げた。


「さて、ドレスをお作りしたいというお嬢様はどこでしょうか」

「ああ、案内する」


 そうしてシルヴァーナの部屋に行くと、ドアをノックした。


「シルヴァーナ、今いいかい?」

「はい、どうぞ」


 中から声がしてドアを開けると、シルヴァーナはベルンハルトの後ろにいた仕立屋の方に視線を向けた。


「どなたでしょうか?」

「あー……、その、仕立屋なのだが……」

「仕立屋さん?」

「ああ……」


 これ以上、何と説明したらいいものかと思っていると、エルナが大きなカバンを抱えて室内に入ってきた。


「シルヴァーナ様、旦那様が新しいドレスを作るようにと仕立屋を呼んで下さったんですよ!」

「え……、私のために……?」


 シルヴァーナは驚いた表情をベルンハルトに向ける。とりあえず怒ってはいないようで、ベルンハルトはホッとすると、笑顔で頷いた。


「その、少しは気晴らしになるかと思って……」

「……ありがとう、ベルンハルトさん」


 シルヴァーナはそう言うと、微かにだが笑ってみせてくれた。


「さぁ、お嬢様。今流行りの布地にレース、リボン、羽飾り、店中のものをすべて持って参りましたからね。どれでも自由にお選び下さい」


 仕立屋は広げたカバンを披露する。それを見てシルヴァーナは、嬉しそうに頷いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何故わざわざ遺体として運んで来られた場所で遺体がなくなって必死になるような相手ぎいる中、偽名も使わず暮らすのか、登場キャラたちの危機感の無さがとても気になりました。後遺症であたまがあまり回ら…
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