俺に…ついて来い!
「で?これからどうするの?一刀」
小休止も終わり、運動場に来た俺たちは互いに顔を見合わせていた
午後のメニューは伝えてないんだ、当然の反応だよな
「それじゃ、修行を始める前に、もう一度、担当の確認をしておこう。魏は橋玄、呉は孫堅、蜀は櫨植が行う。補佐は左慈、于吉、貂蝉がするから指導漏れはないと思う。あと…『愛紗』『雪蓮』『霞』『春蘭』そして『恋』以上の五名は前に出てきて」
俺はぐるりと周りを見渡すと、一人ひとりの名前を呼んでいく
「はい…なんでしょうか?」
「もしかして、逢瀬のお誘いかしら?
「逢瀬…って…。はぁ、一刀…まぁ、ウチは嬉しいんやけどな?時と場合ちゅーんも大事やと思うで?」
「違う。デート…逢瀬じゃなくてさ…」
「では、閨か?北郷、貴様…莫迦だろう?」
心底呆れたように深いため息を吐くと、春蘭は可哀相なものを見るような目でこちらを見つめてくる
「がーん…!よりにもよって春蘭に…!」
「どういう意味だ?貴様…」
「いいえー、深い意味はありませんよー」
「ご主人様…。恋は…ご主人様が相手ならいい…」
「なんですとー!!?れ、れれれ恋殿!!?」
恋が微笑みかけてくる後ろで、奇怪な声を上げながら、軍師・陳宮が飛び上がる
「あはは、嬉しいよ?気持ちは嬉しいけど、違うんだよ…そうじゃないんだ」
「…そう?」
しゅん…と俯く恋を見ながら、後ろ手に拳を握りしめる
ごめん…
俺、今…"時と場合"なんて言葉を、本気で恨んでます
そんな言葉がなければ…!俺は…俺はー!
「んー…なら、何なん?」
「…うん、俺は今すぐ、暴れん坊将軍になりたい…」
「「「はーいー?」」」
「っと!?何でもない!」
しまった…つい本音が出てしまった…
「ゴホン…!ご、五人は別の修行を受けてもらうよ」
「「「…え?」」」
「みんなと話し合った結果だよ」
先生方を流し見る
橋玄先生の推薦で『愛紗』
孫堅先生の推薦で『霞』
櫨植先生の推薦で『春蘭』
俺の推薦で『雪蓮』と『恋』が選ばれた
「別に大会で上位になったからって理由じゃないよ?あと一歩、って人も沢山いるし。ただこれは、俺が原因なんだけど…みっちり教えられるのは五人が限界なんだよ。本当、それだけの話だから。変に勘ぐったり、へこんだりしないでね」
「そ。つまりー、私たちに太鼓判を押された人は、みーんな、最後は一刀と刃を交えることになるわけよ」
「「「……え?」」」
蓮の言葉に、皆の動きが完全に止まる
えー?なに?その複雑な反応…?
「一刀と刃を交えるの?私たちが?」
「さっき言った『五人』くらいに強くなったらね?」
「そう易々と太鼓判を押したりしないけどねー?まぁ、私たちから、文句なしの一本を取れたら、考えあげるよー」
「ふふ…勿論、私たちも本気で行きますけどね?」
桜と空が口に手を当て、クスクスと笑うと得意げに胸を張る
「つまり、修行を終えるには先生方を倒し、一刀を倒すことが必須となるわけですね?」
「そういうこと!さすが、愛弟子♪飲み込み早いね!」
愛弟子の成長を感じ、にこにこと微笑んだ桜は満足そうに頷いた
「ふむ~。武将の修行は分かりました。で、私たち、軍師はどうしますか~?」
魏の三軍師の一人、風が眠そうな目をこちらに向けながら首を捻る
「軍師のみんなは、前にも言ったとおり、『ゲーム』をしてもらおうと思う」
「ちょっと!また、鬼ごっこじゃないでしょうね!?もう、嫌よ!あんな、地獄みたいな特訓は!」
「ぷぷぷ…桂花、体力ないもんなー。何気に軍師の中で一番に捕まったくらいだし。しかも、自滅」
「うるさい!そうなったのも全部、あんたが脅かしたからじゃない!あんたなんか、本当にあの大岩に潰されればよかったのよ!」
「いやー、泣く子がでるからねー。簡単には死ねないなー」
「な、泣いてなんかないって言ってるでしょ!」
「なんで怒ってんだよ。誰も桂花のことだなんて言ってないだろ?」
「っ!?し、死ね!今すぐ、白濁に溺れて死んじゃえ!」
白濁って…正直、凄く嫌だな…
「まぁまぁ、結局のところ否定できていない桂花殿は放っておいて。一刀殿、私たちはどうしたらいいんですか?」
「ちょっと!それ、どういう意味よ!」
「はいはいー、うるさいですよー?そんな、うるさい桂花ちゃんのお口は、風の飴ちゃんで塞いじゃいましょー」
「む!?」
異議あり!と叫んだ桂花の口に、風が問答無用でペロペロキャンディを押し込む
飴をくわえた桂花は、しばらく目を白黒させていたが、一瞬、俺を睨むと、ブツクサ言いながらも飴を舐めていた
ははは…かわいい、かわいい
「軍師のみんなには、事前に色んな国や世界の兵法書を読んで貰ったよね?」
「うむ。北郷から渡されていた物は全て読み終えている」
「は、早いなー」
「そうか?私としては、もう何冊か欲しいところだったが…」
周瑜さんが首を傾げ、本当に残念そうに呟くと、周りの軍師たちも同じく頷いた
「そういえば、ご主人様。武田さんの風林火山とは、孫子の軍争篇で軍隊の進退について書いた部分にある『風林火山陰雷霆』の引用ですか?」
「あわわ!朱里ちゃん、風林火山もそうだけど、天の戦の随所には孫子の手が見られるよ?」
「確かに、織田さんは気になるのですよ。この人は、とても戦上手の方なのです」
「こちらには有りませんが"てっぽう"…でしたか…?弓での戦は基本ですが、隊を分割して絶えず攻撃する発想は面白いですね。あれは取り入れてみる価値がありそうです」
本を手渡しから、まだ一日目しか経っていないのに…皆の様子を見た限り、どうやら全員が全部を読み終えているようだ
五十近くの書物を一日で、ね…
全く、この世界の人たちは凄すぎるよ
「私は断然、上杉ね」
「あらら、意外なところを突いてきたね」
そういえば、華琳も読んでいたんだよな
しかし、上杉謙信?曹孟徳殿のお眼鏡に適う逸話なんてあったっけ?
「敵に塩を送るなんて面白い将じゃないの。それに、天命に任せるところなど私と似ている部分も多いし、是非とも家臣に欲しいわね」
上杉謙信さん…産まれる前から、魏の家臣オファーがかかってますよ?
「はは…華琳の苦手な、男だけどね」
「「「……え?」」」
俺の言葉に全員が、引きつった笑みを浮かべる
え…?はこっちですよ?
「え?なに?」
「ま、待ちなさい!上杉謙信って、男なの!?じゃ、じゃあ、武田は!?織田は!?津島は!?毛利は!?徳川秀吉は!?」
「混ざってる、混ざってる。今、言った人、みんな男だぞ?」
「そんな…孫武ですら、女なのよ?太公望ですらも…」
「孫子、女なの!?」
むしろ、そっちが驚くし!
「書物だけでは分からないことも多いのね…今回、それが一番、勉強になったわ」
「誰が上手いこと纏めろと言ったよ」
「まぁ、男でも?出来る人間は好きよ。一刀、三国のためにちょっと、天の国に行って、全員、連れて来なさいな」
「ちょっと、おつかいを頼むみたいに言うなっての。そもそも、今の時代、産まれてないし?」
出来たとしても、日本の武将たちなんか連れて来たら、この世界、本当に終わるし
自分から乱世に持って行ってどうするんだよ
「嘘おっしゃい!産まれてもいないのに、こんな武勇伝が遺るわけないじゃない」
「だから、言ってるだろ?江戸時代に落ちたのは本当に偶然の話で、次に帰るとしたら俺の居た時代にしか戻れないの。そこには、武将なんか居ないし、戦もない。あるのは、兵器くらいなもんだ」
「兵器?一刀の世界では、槍や弓は使わないの?」
「使わないよ?さっき言ってた、鉄砲の改良型が支流だ」
「てっぽう…」
「銃、戦車、戦闘機、ミサイル…あと、一国を一発で黙らせる核兵器なんかもあるな」
地面に図を書きながら、懇切丁寧に説明していく
書きながら思ったけど…俺の住んで居たところは、安全そうに見えて、実は一番、安全じゃないところだったのかもしれないな
「ってわけ。わかった?……あ」
「「「ガクガク…ブルブル…」」」
顔をあげると、真っ青な顔をした三国の将たちが地面の図を見て震えていた
「な、なんて恐ろしい世界なの…。一発で一国が滅ぶ兵器ですって?一刀、あなたよく生きて来れたわね?」
「内戦紛争が絶えない世界だからね。絶対の力ってヤツが必要なんだよ。それがあるから逆に、大戦が未然に防がれているわけだし」
「兵は国の大事、死生の地、存亡の道、察せざるべからず、ね」
「そ。いざ、開戦するかどうかというときには、声高の積極論が大勢を支配しがちだけど、それを物理的に抑止しているんだよ」
「武器は使い方次第で、人を傷付けることも人を守ることもできる、か。そうね、これから私たちも、もっと武器を有効的に使いましょう。三国の…ひいては世界の未来のために」
「うん、そうだね。そのためにも、王である私たちがしっかりしないと!」
「なんか、桃香は大丈夫そう」
「えぇ!?」
「呑気太守だものね…」
「のん!?ひ、酷いよー!」
三国の皆が笑い合う姿を見て、俺も思わず笑みが零れる
うん、きっと君たちなら、争いが無くなることは無いまでも、争いの少ない平和な未来を作れると思うよ
「さて、争いはダメ!といいながら、矛盾したことを言うようで悪いけど、修行を始めるよ」
「ええ、まずは平和を取り戻すことが先決よ。平和のため討論は、それからの話だもの」
「うん!今は苦しくても、武器を取って戦わなくちゃ!」
「そうね。何より、我が愛する民のために。そして、愛する友のために」
「うむ!その意気やよし!ビシビシ行くから覚悟せい!」
「「「え~~?」」」
再び、笑いが起きるのを皮切りにそれぞれの組に別れる
必ず…この子たちを強くしてみせる
奪われた未来を掴み取れるほどの、覚悟を無駄にしないために
俺は鬼でも修羅でも、喜んでなろう
それが俺に出来る、俺を信じてくれた彼女たちへの恩返しでもあるんだから
拳を握り締め、堅く胸に誓うと、五人の生徒を見つめ微笑んだ
「さぁ、始めよう!」
「「「応っ!!!」」」




