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今日の華琳さん家  作者: 黒崎黒子
80/121

三国合同合宿開始!

「みんな、おはようございまーす!今日は、全ての始まりの日!元気にいきましょーう!」


「「「応っ!」」」


桜の挨拶で一日はスタートした


皆さん、何故か体操服にブルマというなんともマニアックなお姿に…


ちょっと待て…何が起きた…!?


「まずは、準備運動だよ!全員、校庭を十周!」


桜の掛け声で、運動場を体操服とブルマ姿の少女やお姉さん達がゾロゾロと走って行く


そんな光景を見つめながら、俺は隣に立つ青年に引きつった笑みを向けた


「おい、左慈…」


「どうした?」


「なんで、みんな…その、体操服なんだ?」


「機能性を重視した結果だ」


「……そうか」


「ちなみに、サービスでもありますね~」


「お前の仕業か、于吉!」


「三国志の猛将に、体操服、しかも、ブルマを着させるなんて。全く…一刀くんって、本当に変態ですねー」


「なんで、俺のせいになる!?」


「当然ですよー。見てください、あの目」


見ると、運動場を走っている女性達が真っ赤になりながら、こちらを睨み付けている


「あ、あはは…」


皆さん、俺が犯人だと思ってらっしゃる?


「くっ!仕方ない。弁明は後でするとしてもだ…なんで、三国の武将に加えて、軍師、更に、メイドの月と詠まで体操服なんだ?」


「サービスですねー」


「サービスだなー」


二人はふむふむと頷くと『サービスっていいだろ?』と俺に親指を突き付けてくる


「…サービスか」


勿論、俺も『サービスっていいな』と指を突き返した


「あれは余分だけど…」


先頭を駆け抜ける体操服姿の貂蝉を見た俺は、サービスの意味を心から考え直す


結局、あれはサービスではないと自己完結した

うん、見なかったことにしよう…


「むー!やっぱり、一番は貂蝉ちゃんかー!体力じゃ勝てないなー」


「それでも、あんた、二番じゃない。十分、化け物の仲間入りしてるわよ」


いやいや、蓮…それは違うよ


一位は貂蝉、二位は桜、三位は蓮、四位は空


後続に“三周差”をつけながら、息は全く乱れてないところを見ると、十分、この四人は化け物の部類に入ってると思う


改めて思うと、俺たちの体力って、常識を逸脱してないかい?


「はぁ!はぁ!はぁ!か、勝ったー!」


「うにゃー!春巻きに負けたのだー!」


三国組の一番は、季衣か。二番は張飛ちゃん。三番は…えっ?


「はぁ!はぁ!はぁ!や、やりましたよ!ご主人様!」


「す、凄いな、愛沙が三番か!」


「はぁ!はぁ!は、はい!全力で挑みました!」


「はぁ!はぁ!くっ!やるな、愛沙!」


「四番は、春蘭か」


そのあとも続々と、武官たちがゴールする


意外にも、アイドルと軍師組、メイド隊も大健闘を果たしていた


「で……最後は…桃香なわけか…」


「うぅ~…み、みんな、早いよぉ~」


「だ、大丈夫ですか!?桃香様!」


ヘロヘロとゴール近くでへたり込む桃香に、愛沙と魏延さんが駆け寄り、なんとか支える


「こ、これは…予想外だな…」


「え、えぇ…正直、私も予想外だったわ…」


目を回す桃香を見つめ、俺と華琳は深いため息を吐いた


まさか、メイドの月と詠にも負けるとは…


「ま、待ってくれ、お館!これにはワケがあるんだ!」


「ワケ?」


「その、い、言いにくいんだが…。実は、桃香様は昨日、その…寝ていないんだ」


「魏延さん?まさか、それって…」


「あぁ…その…緊張とワクワクで…」


小学生かよ!?


「月、詠…、悪い。休憩ついでに、桃香にも仮眠を取らせてくれ…」


「は、はい!」


「仕方ないわねー…。ほら、あんた。桃香を担いで!」


「わ、分かった!桃香様、お気を確かに!今、木陰に運びますから!」


「あぅ~…ごめんなさーい…」


月と詠の付き添いの元、魏延さんに担がれて、桃香が退場する


桃香ちゃんの今日の戦績

運動場十周完走…そして、リタイア


「はぁー…。先が、長そうだ…」


「すみません!明日はしっかり、眠らせますから!」


「あぁ。頼むよ、愛沙」


俺は苦笑すると、皆に向き直る


「身体は十分、温まったと思う。ここからは、貂蝉が引き継ぐよ」


「ぬふふ!少し休憩がいるんじゃないかしらん?みんな、へばっているように見えるけど?」


「「「む!」」」


貂蝉の挑発に皆は眉をしかめる


「心配無用よ!いいから、修行を始めなさい!」


「あらヤダ、これくらいで熱くなっちゃイヤん♪」


華琳の威圧を受けて、『怖~い』と貂蝉が品をつくる


「「「イラ…」」」


華琳。気持ちは分かるけど“絶”は仕舞おうか


「貂蝉。早いとこ始めてくれ」

華琳が斬りかからないうちにな


「ぬふふ…。ちょっとした、お茶目よん♪それじゃあ、修行を始めるわよん」


「「「ごくり…」」」


修行という言葉を聞いて、皆が身構える

まるで、戦場に立っていたときのような緊張感が伝わってきた


「ぬふん…?そんなに身構えなくてもいいわよん。今日は、初日だからキツイ修行はしないわ♪楽しく、いきましょう?」


「修行で楽しくと言われても…ねえ?」


「ぬふふ…。私たちは、将や王である前に、一人の女なのよん?そんな、傷だらけになるような修行をするわけないじゃないの」


「なぁ、秋蘭…。そんな修行で本当に強くなれると思うか?」


春蘭は眉を寄せて、隣に立つ妹を見つめる

どうやら、想像していたものと違ったようだな


「うむ。私には想像もできないが、現にこうして北郷も強くなっている。まぁ、貂蝉は我らも知らないような修行の方法を知っているのだろさ」


「そうなのか?まぁ…強くなれるのなら、別段問題ない。どんな修行でも耐え抜いてみせ、あの偽者たちを、ぎゃふんと言わせるのだ!」


「ふふ…そうだな、姉者」


春蘭の言葉に皆、深く頷く

そうか、みんなの中で『敵』は偽者になっているのか…


「偽者…か…」


武道大会に乱入してきた『魏軍』を思い出す

あの声、あの姿、あの立ち振る舞い、すべてが本物だった

外史の魏軍。彼女たちを倒さなくちゃ、この世界に平和は訪れないんだよな


「…と…ずと…一刀!」


「え?あ、ああ、ごめん!」


「どうしたのよ。ボーっとして」


「いや、なんでもないよ」


ブンブンと手を振る俺を、皆が訝しげに見つめていた

しまった。思考に没頭していたか。皆に、いらぬ心配をかけてしまったな


「本当に大丈夫なの?一刀?」


華琳の隣に立っていた蓮華が、心配そうに見上げてくる

その豊満な胸には『れんふぁ』と可愛らしい丸い字で書いてあった

これ書いたの、桜かな?


「っ!?だ、大丈夫だって」


「そう?顔が、赤いわよ?」


「え?」


ひんやりとした冷たい手が、額に当てられる

正直、蓮華の手は気持ちよかった…


『当社比1.5倍にしてみましたー♪これで彼女たちをヒーヒー言わせるのだ!!!お薦めは、我が娘たち♪特に蓮華ちゃんは尽くしてくれると思うよー?』


「っ!?」


「…え?か、一刀?」


蓮華の顔を見た瞬間、アノ男の言葉が頭を過ぎる

焦った俺は、蓮華の手を逃れるように無意識に数歩後ずさってしまった

慌てる俺の様子を見て、蓮華は手を下ろすと、しょんぼりと項垂れる


「っ…そうよね…。大して親しくもない相手から、こんなことされたら嫌よね…本当、ごめんなさい」


「北郷…貴様!蓮華様のお心使いを…!!!」


「ち、違う!これは、俺の問題で、蓮華は何も悪くないんだ!」


「ほう…蓮華様の手を逃れ、触れたことを後悔させるほどの問題とは…それは、大層大きな問題なのだろうな?言え…さもなくば、斬る!」


思春が曲刀を抜いて、脅してくる

思春といい、春蘭といい、どうしてこの世界の主人思いの方々は、すぐに斬りたがるのかな!?


「そ、それは…」


「どうした!?言わんか!」


「思春、やめなさい…。元はといえば、私が無遠慮なことをしてしまったのですもの。むしろ、斬られるのは私の方よ」


「れ、蓮華様…」


「だから、違うって!俺が、離れたのは蓮華の父親が…」


「え?…父様?」


「おっと!?しまったー!!!」


自分の失態に気づいた俺は、頭を抱えて地に突っ伏す


「一刀?どういうことなの?なんで、そこで父様が出てくるの?」


「ト、トーサマ?ナ、ナンノコトヤーラ・デスヨー?」


「…まーさか、また、アノ人出てきたの?」


「アアア…アノヒトー?」


呆れた声と共に背中に重みを感じた俺は、動揺を隠すこともできずに振り返る

そこには、目の前の少女の母にして、俺の大切な人の一人でもある女性が抱きついていた


「れ、蓮!?」


「アノ人も、仕方ないわねー。どうせ、娘たちとも関係を持て~とか言われたんでしょう?」


「あはは…はい。そのとおりです…」


「ふふふ…良かったわね~蓮華♪一刀ってば、蓮華のこと意識しちゃったんだって♪」


心中を見抜かれ自己嫌悪に沈む俺の肩越しに、嬉々とした様子の蓮が蓮華に微笑みかける


「い、意識?ま、待ってください!私には何がなんだか…」


「蓮華、父のことは覚えてる?」


「え?あ、はい」


「聞いて驚け、我が娘♪一刀はね~、彼に会ったのよ。それも、最近」


ニンマリと微笑みながら、蓮は俺を指差す

頬に、指刺さってるって。爪、長いんだから痛いっての…


「な、何を言うておる、堅殿!あの方は、小蓮様が産まれてすぐに、事故で亡くなったはずじゃぞ!?」


「ま、まさか?母さんと同じで、死んだフリをしたんじゃないでしょうね?」


雪蓮は引きつった笑いを浮かべながら、周りを見渡す

どうやら、近くに隠れて居るのではと勘ぐっているようだけど…


「違うわよー。旦那は確かに死んだわ」


「ならば、会えるわけないじゃないですか!」


「蓮華、落ち着きなさい…って言っても無理よね~。んー、詳しくは会った本人から聞いたらどうかしら?」


「会った本人って…一刀?本当なの?」


「はぁ…。内緒にしとくつもりだったのに、なんでバラすかな?」


皆が見つめる中、俺は恨めしげに蓮を見つめる

幽霊と会いましたなんて話をすれば、今後どんな目で見られるか分からないってのに…


「ふふふ…あの人、あんな性格でしょ?あっちで、問題でも起こしてやしないか、私も気になってたところなのよね」


「凄く、満喫している様子だったよ。この前は、向こうで知り合った太公望と釣りしてた。三途の川の水神を釣り上げたとかで、大騒ぎしてたらしいよ」


「釣りねー…、ふふ…あの人らしいわ」


「父さん、釣り好きだったもんねー。私も冥琳と一緒に、よく川辺に連れ出されたもんだわ」


「結局、雪蓮は一匹も釣れないから、次回、また次回にと、何度も付き合わされたお陰で、私の腕が上がる一方だったがな」


周瑜さんは苦笑すると、釣り上げる真似をしてみせる。彼女の得意げな表情は、決して嫌味などなく、普段の大人っぽい雰囲気とは打って変わって、とても好感が持てるものだった


「ぶー!私だって、好きで釣れないわけじゃないもん!」


「しかし、水神を釣り上げるとは…。あの方も大分、腕を磨かれたようだな。ふふ…あの世に逝ったら、勝負でも申し出てみるか」


「聞いてないし!私だって、やりたいよー!」


「お前は無理だ。まずは、こちらで一匹でも釣り上げてみせろ」


「ぶー!」


周瑜さんの言葉に拗ねる雪蓮に苦笑すると、俺は蓮華に向き直る


「一刀。その…父様は何て言ってらしたの?」


「えっと…言わなきゃダメ?」


「言って…一刀…」


「…あー。うーん…そのー」


真剣な表情の蓮華に見つめられる中、俺は頬を掻いたり、咳払いしたりして何から話すべきか、何を話していいのか考える


内容が内容だけに、言い出しにくいぞ…


「一刀!教えて!」


「み、皆を抱けと言われました!」


突然の声に驚き、思わず口から飛び出したのはそんな言葉だった


しまった!一番、言いにくいことを!


「「「抱けって…」」」


「あ、ああぁぁ…みんな、引かないで…そんな、冷たい目で見ないで…お願いだから…」


感じる…。今、魏の温度が急激に下がった

蜀陣のの心の距離が遠く感じる


呉に至っては…


「「「ぷっ…あははは…!!!」」」


「あ、あれ?」


なぜか、蓮や雪蓮、蓮華や周瑜さん、陸遜さんや祭さんが腹を抱えて笑い出した


他の呉の人は何が起きたのか分からず、首を傾げている


「い、如何なされましたか、蓮華様!?」


「ぷっ…くくく…ご、ごめんなさい!思春…何でもないわ…ぷっ…あはは…!」


「隠様?祭様?」


「あはは…!ご、ごめんなさい、亞紗ちゃん!あまりに…ぷっ、くふふ…!」


「くくく…!ぷ…くくく、なんと…抱け…とは…くっくく…!」


「な、なぁ、みんな、どうしたんだ?」


「あはは…!あー、おっかしいー!ふふ…ごめんなさいね?あまりにも父さんらしくて…」


「ふふ…確かに、あの方なら言うだろうな…」


「はぁー…、笑った笑った。うん!改めて分かったわ、一刀の会った人は私の旦那よ。間違いないわ!」


蓮の言葉に、笑っていた皆が納得いったように何度も頷く


「そう…。父様が抱けと言ったのね…。だから、一刀も…」


「すまない、蓮華の顔を見たら、思い出しちゃって…不安にさせたよな。本当、ごめん」


「いいのよ。誰だって…そんなこと言われたら…い、意識してしまうものね…」


「でも、父さんが認めた相手か…。一刀、凄いわねー。父さんは武こそないものの、本物を見抜く目だけは誰よりあったわ。母さんを選んだことが、紛れもない証拠ね♪」


「まぁねぇ♪私は、最高の女ですもの~」


「つまり、父様に認められたということは、安心して身を任せられる相手ということよ、一刀。やはり、私の目に狂いはなかった。一刀が相手なら…わ、私は…その…い、良いわよ?」


もじもじと頬を染めながら、蓮華が俺を見上げてくる


「蓮華…」


「あら?勿論、私も良いのよね?」


「雪蓮!?」


「ね、姉さん!?」


右腕に抱きついた雪蓮が、耳元に囁きかけてくる


「あ、ずるいー!私が一番に、一刀の妃になる約束してたんだからねー!」


「っとと…!?」


「しゃ、小蓮まで!?」


頬を膨らませ、真っ赤になった小蓮が、負けじと左腕に抱きついた


「良かったわね~!一刀!これで、孫家はみーんな、一刀の妃、決定よ♪母子共々、末永く大切にしてね?」


「…俺の…って、蓮!?」


「母様ー!?」


ぎゅーっと、背中に抱きついてくる蓮を肩越しに見ると、ほんのり桜色に染まった横顔が見えた


「…わ、わかった…大切にするよ」


俺は頷くと、皆を見つめ返す


「っ…一刀!」


「っと!…蓮華?」


前から、蓮華が抱きついてくる


「母様たちだけなんて、ズルいわ…。私だって、一刀に触れたいもの。いけない?」


「蓮華…」


多分、蓮華は普段、こんなに積極的に出来る子ではない

同じ孫家でも、三人に比べて内気な方だろう

そんな彼女が自ら、胸に飛び込んで抱きしめてくれたのだ

それもう、大変な勇気が要ったことだろう


だから、俺は…


「うんん。凄く嬉しいよ、蓮華」


そんな彼女に、心からの笑顔で答えられたのだろうと思う


「一刀…っ…好き…大好きよ…一刀…」


蓮華の抱きしめる力が強くなる


「あぁ、ありがとう…」


「むー、そうじゃないでしょ?一刀?」


雪蓮が俺を見上げて微笑む

あぁ、そうだな…


「そうだな…。蓮華…俺も、大好きだ…」


「一刀…ん!?…一刀!?」


「「「!?」」」


みんなに抱きつかれ、動けない身体で精一杯の愛情表現にと、顔を上げた蓮華の額にキスをする


「孫家だからじゃない、あの人に頼まれたからじゃない。俺の意志で、俺は君たちを幸せにしてみせるよ、必ず」


「……ボン!」


「蓮華!?」


「お姉ちゃん!?」


「え!?ちょっ!?大丈夫か!?」


「だ、大丈夫…!大丈夫だから…」


耳まで真っ赤になり、ふにゃふにゃと崩れ落ちそうになる蓮華を、雪蓮と小蓮が引っ張り上げる

立ち上がりはしたものの、足取りが覚束ないのか俺に抱き付くような形で、何とか踏ん張っているようだ


「ふふ…♪一刀の告白を真正面から、受けたからクラクラしてるみたいね?本当、我が娘ながら、うぶで可愛い娘だわ」


「何よー。それって、私がスレてるみたいに聞こえるんだけど?」


「バカ、あんたも十分に初よ。顔、真っ赤じゃない…」


「か、母さんだって…」


「う、うるさいわねー…」


「みんな、顔真っ赤だよ。シャオも今の告白には、胸がきゅーんっとしたもん」


「「「っ!?は、はぁー…」」」


小蓮の言葉に、皆が顔を隠すように埋めてくる


「一刀…」


「うん?」


「幸せにしてね?」


「…あぁ。分かった、必ず」


俺は頷くと、蓮華の額に再びキスをした

想いが伝わるように、約束を心深くまで残せるように


「ん…。一刀…」


「は――い!そこまでよ!四人とも!一刀から離れなさい!」


「もう!誰よ!良いところだったのに!」


突然の声に、蓮華が身体から離れると、声の主を探して当たりを睨みつける


「私よ」


「「「か、華琳!?(曹操!?)貴女ねー!」」」


「文句の前に、周りを見てみなさいな」


「「「じー…」」」


声の主を知って憤怒する四人だったが、周りを見渡すと、一目で状況を理解した


「「「あ、あはは…」」」


「分かった?今は修行中で、し・か・も、三国の将が揃っているのよ。そのド・真ん中で愛を語っている貴女たちと、それを止めた私、どっちが正しいのかしらね?」


「「「華琳さんです…」」」


「でしょ?一国の王族なら、時と場くらいは弁えなさい!」


「「「はい…」」」


シュンとなる四人を一喝すると、華琳は蓮華の前に歩み寄る


「ふぅ…というのは、王としての言葉よ。こっちは、友としての言葉。想いをやっと伝えられたわね、おめでとう、蓮華」


「華琳…」


蓮華の前に立つと、心から、友の門出を祝うように、優しい笑顔で華琳は頷いた


「一刀、言ったことには、ちゃんと責任を持ちなさい。ちゃんと、皆を幸せにするのよ?もしも、約束を違えた時は彼女たちの友として、私が直々に、貴方を処刑台に連れて行くから。そのつもりでいなさい」


「あぁ。分かった…。必ず、幸せにしてみせる」


「ふふ…良い返事ね。期待しているわよ。…それでは、修行を始めましょう!貂蝉!」


華琳は微笑むと、踵を返して歩き出した


「王として、友として、恋人として、ねぇ~?ぬふふ…本当に曹操ちゃんは大変ね~」


「う、うるさいわね!良いから、進めなさい!」


「どぅふふ…♪分かったわ。さぁ、アツアツの休憩時間は終わり!気を取り直して修行するわよん!」


「「「っ…お、おー///」」」


貂蝉の冷やかしに真っ赤になりながら、俺の隣で孫家の姫たちが小さく拳を挙げる


「あはは…。で?今日は何をするんだ?」


修行の内容は、それぞれの担当者に一任されている


午前中は、武将も軍師も国も関係なく、全体で体力づくりを行い、午後は各国と軍師に分かれて、武の訓練と知の訓練を行う予定だ


「さっきも言った通り、今日は初日ですもの、楽しく行きましょう?ずばり、『鬼ごっこ』よん!」


「「「鬼ごっこぉ~???」」」


楽しくと言われても、修行だ。それなりのものが来ると覚悟して、皆、身構えていたのだろう

あちこちから、気の抜けたような声が挙がる


そんな中、含み笑いを浮かべて、貂蝉に歩み寄るものがいた


「ふ、ふふふ…『鬼ごっこ』とは…『アノ』鬼ごっこですか?」


「えぇ!『アノ』、鬼ごっこよん!」


「久々だな…いつ以来だ?あの時は、結局、決着がつかなかったよな?」


「あぁ。みんな、満身創痍だったもんな。そうか…『鬼ごっこ』か…」


「へぇ…『アレ』やるの…」


「え?アレって?一刀?母様?」


俺は口元を吊り上げて微笑むと、貂蝉の横に歩み寄る


それに倣うように、蓮も俺の後に続いて貂蝉の隣に立った


「無論、本気でいいんだよね?」


「モチのロンよ♪」


「ふふ…腕が鳴りますね…。私も本気で逝きますよ♪」


貂蝉を中心に、講師陣が生徒諸君を見る


「鬼は誰にしようかしらん…?」


「ふふふ…無論…」


「「「俺たちだろ?」」」


「「「私たちでしょう?」」」


ニタリと笑い、各々、武器を取り出す


ギラギラと光る水晶

黒光りするナックル

白銀の長刀

幅広の太刀

金の巨大金鎚

桃色のモッコリ

そして…パンドラの箱


「「「ゾクッ!!?」」」


皆、今までに感じたことのない寒気を感じて、後ずさる…


「さぁ、『鬼ごっこ』を始めましょう…?いくわよん?三十…二十九…」


「み、皆!早く、に、逃げなさい!!!」


「「「っ!?」」」


華琳の声に我に返った皆が、塵散りになって駆け出した


「…いい判断だな」


俺は、逃げていく一人ひとりの背中を見つめながら微笑む


「なぁ、貂蝉…どう攻める?」


「二十…そうねぇ…足の遅い子からかしら?…十七…十六…」


「いえ、頭のいい人からでしょう。狙うのが得策でしょう。変な、策を使われては面倒ですし」


「そうだねー。孫家の火計とか、厄介そうだしー」


「そんなの準備してる暇ないわよ。やっぱり、強い子から倒して、弱い子の戦意を喪失させなきゃ」


「んー…どれも捨てがたいですねー…一刀様、決めてくださいませんか?」


「八…七…あ、それがいいわね~ん♪」


「作戦?そんなもん…対等か、上の相手に立てるもんだろ?」


「つまり?…三…二…一…!」


「「「作戦なんか、必要ない!!!」」」


ニタリと笑い、逃げる背中を追い掛けて、俺たちは四方に駆け出した


「はあはあ…ここまで、来れば大丈夫かしら。秋蘭、敵影は?」


「まだ、見えません…。どうやらまだ、こちらには気付いてないようです」


「そう…。なら、作戦を立てましょう?桂花、風、稟!」


「「「御意!」」」


この部屋は変わっている。さっき走っていた運動場だけかと思ったが、実際にはそれは部屋の一角だったようだ。この部屋には、運動場の他に、小高い丘や林、小川や洞窟と、まだまだ未知の部分が多いようだ


今、魏軍は位置で言えば、敵の裏手の林にいる


前に逃げた私たちは、丘を越え、敵の視界から消えたあと、林や岩を影にしながら進軍し、敵の裏に回ったのだ


「まるで、外と変わりないわね…。本当に部屋なの?ここは…」


「そのようです。空にある太陽は刻が進んでも、一切位置を変えていませんから」


「ふむ~、この木も見た目と質感は、本物に近いですが、本物ではないようですよー。ほら、中は空洞の張りぼてですねー」


稟が木々の間から見える空を見上げ、風が隣に立つ木々を撫でて観察する


「しかし、途中にあった岩と洞窟は、本物のようです。生き物だけは偽物のようですね」


「へぇ、よくできているわね。まぁ、そんなことはどうでもいいわ。今は、敵に捕まらない方法を考えましょう」


「御意。まず、戦力ですが…相手は、今や三国一の武を持つ一刀殿と、その仲間四名。いずれも、強者です。対する我ら魏軍は、華琳様と春蘭様、秋蘭様、軍師は私と風の二人だけです。今のままでは…とても、太刀打ちは難しいかと」


「む~。やはり、他の皆さんと離れたのは失敗でしたね~」


「そうね。まずは、他の者と合流することを念頭に置いて、行動しましょう」


「~~!…!?…――!!!」


「おや?おやおや~?あそこを、脱兎の如く走っているのは…白蓮さんじゃありませんかね~?」


「うむ。確かに…白蓮だな」


「何だ?あの尋常じゃない逃げ方は?誰からか、逃げているのか?」


「「「っ!?」」」


木々に身を隠しながら、しばらく見つめていると、その後方から激しい土埃を上げながら、巨漢の乙女が走ってくる


「みーつーけーたーわーよーん♪」


「イヤアアァァ!!?こっちに来るなよー!!!お前に追い掛けられると、尋常じゃないくらい、怖いんだよー!」


「ぁら、やだん!乙女に向かって、怖いだなんて、失礼しちゃうわねん!」


「そんな、モリモリの筋肉唸らせながら走る乙女がいるかよー!」


「綺麗な身体でしょん?」


「ていうか、気持ち悪い上に怖いんだよー!」


「…ヌアアァァンダトォ!?お前!もっぺん、言ってみろ、ゴルアアアァ!?」


「ひっ!?」


「なぁによ!?その、完全に怯えきった表情は?…もう、許さないわよーん!!!」


「く、来るな…来るな!くるな!!クルナー…!!!ぐっ!?カハッ!」


公孫賛だと思われる少女が、天高く空に舞上がり華々しく散った


「ブルアアアァァァ!!!我は貂蝉!この肉体、この性、この魂に産まれたことに感謝する!そう!我が生涯に一片の悔いなし!」


公孫賛を高々と片手で掲げ、貂蝉が世紀末のような雄叫び…もとい、雌叫びをあげる!


「…あんなの勝てるワケないわよ」


「ですね~。サッサッとトンズラしちゃいましょうか~」


「おやおや~?どこに、行くと言うんですか?この、林はもう囲まれているというのに…」


遠くに離れようと、踵を返した皆の頭上から、嘲りとも取れる声がかかる

驚いて顔を上げると、木の上に貴族のような服を纏った男が立っていた


「くっ!?于吉!」


「いや~、そんなに喜んで頂けるなんて光栄ですね」


「この様子が、そう見えるのなら眼鏡の新調をお薦めするわよ」


「あ、コレは伊達ですから」


クツクツと笑いながら、于吉は私たちを眺めた


「おや?全員ではないようですね?」


「そう見える?」


「……伏兵ですか」


思案するように、考え込んだ于吉は苦虫を噛み殺すように呟いた

しめた…伏兵がいると思っているわね。実に好都合だわ


「さぁ?」


「…流石に伏兵を相手にしながら、あなた達を相手にするのは至難の業ですかね?ここは、仲間を呼びに行きましょうか。くっ…少々遠い場所のようですね…。ですが…大物を狩るためです、仕方ありませんか…」


于吉はそう呟くと姿を消す


「…ほっ。よし!」


私は胸を撫で下ろすと皆に向き直り、逃げる合図を送る


「「「はっ!」」」


皆は頷くと、脱兎の如く駆け出した


別の林を見つけた私たちは、それを敢えて見逃し、次の林を見つけるために走る


「良かったのですか?華琳」


「今の林は、小さ過ぎるわ。ちょっとや、そっとでは見つかりにくい、もっと、大きな林を探すわよ」


「あ~、ならば、あそこの林などどうですか?」


風の指差した先には、理想通りの大きな林があった


「…そうね。あそこなら…いや、ダメよ」


「え~?何でダメなんですか~?風はもう、疲れたのですよ~」


「よく、見てみなさい。林の手前、あからさまに落とし穴があるわよ」


「あ~。あからさまですね~」


「恐らく、あれは偽物だろうけど、あの林の周囲、中は大変なことになっているわよ?」


「まさか…あの罠とは、華琳様」


「えぇ。罠師と言えば、三国には三人いるわ。その中でも落とし穴を得意とするのは、魏の軍師、桂花でしょうね」


「だとしたら、本当に回収を、しなくてよろしいのですか?」


「いいわよ。桂花の罠のあるところには、必ず"アイツ"が現れるんだから」


「「「あぁ…」」」


皆は頷くと次の林を目指し、走り始めた


そのころ、生粋の罠師・桂花はというと…


「ふふふ…!これは、好機よ、荀イク文若!事故に見せ掛け、あの変態無責任孕ませ男を殺すのよ!さぁ、来るなら、来なさい!四十四の連なった罠を、その全身白濁にまみれた身体で受けるといいわ!」


嬉々としながら安全地帯で、四十四連撃全殺トラップの発動を今か今かと待っていた

「ん?聞き覚えのある声がした…桂花か?」


「(この声…来たわね!変態!)」


地に伏せるほど身を低くして、茂みに隠れる


こちらからは向こうの姿は見えないが、それは向こうも同じはずだ


「確か、こっちから…」

一刀の近づいて来る気配が伝わってくる

あと少し、あと少しで発動の鍵に触れるはずだ


「…ふむ。これは…なるほどな…。てい!」


「ぬふん!?ご主人様…!?今、何か…糸みたいな物が切れる音がしたわよん?って、ボルアァ!?」


「かかった!!!」


仕掛けの鍵が切れた音と共に、何者かの叫びが上がる

しかし、それは…序章。次々響く轟音と共に、悲鳴が聞こえてきた


「ヌァ!?ガッ!?ブハ!?」


「ふふふ…、苦しみもがきながら、猛省しなさい!女と見れば、見境なしに口説き回って、本当に最低よ!」


「ウボラ!?アリュ!?ポピー!?」


「ふふふ…!いい気だわ…!そのまま、地に還っちゃえばいいのよ!」


「た、たすけ!?ぐ!?ガハッ!?」


「ふ、ふん…助けてなんて、だ、誰がやるもんですか…」


「んが!?ダ、ダズゲ…!?アプッ!?」


「…や、やりすぎた…かしら…?」


チラリと茂みの向こうの気配を探る

数々の罠が発動していく中、人と思しき者はフラフラと立ち尽くしていた


「ブッ…ア゛ッ…ガハ…!」


「あっ…あぁ!…これ以上は…マズい!本当に…し、死んじゃうじゃない!」


転がるように、罠の解除スイッチに駆け寄ると、一気に紐を引いた


「ブッ!?ぐは!?ガアアアァァ――!?」


と同時に地が揺れる程の轟音と共に、断末魔のような叫びが上がる


「くうぅっ…!?あの音は…トドメに用意しておいた大岩!?ま、間に合わなかった…の…?」


呆然と茂みの向こうを見つめるが、何も聞こえない


「ちょっと…うそ…うそでしょう?」


震える身体に渇を入れながら、茂みから這い出ると、私は目の前の光景に愕然と膝を着いた


「大岩が…」


そこには土埃が舞う中、先ほどまで無かった大岩が鎮座している

これで分かった…確かに罠は…完璧に発動してしまったのだ


「そ、そんなはずないわ!あの男が、何回殺して生き返りそうなあいつが…こんなことで倒れるワケないわよ。ちょっと…あんた…ねぇ!いつまで寝てるのよ…北郷!っ…ふっ!うぅーん!」


一縷の望みを託し、彼の者の名を呼び掛けるが応えは返ってこない


痺れを切らした私は、岩を退かそうと、押したり引いたりする。が、全く動く気配はなかった


「っ…目を覚ませ!北郷!…北郷!う、うぅ…一刀!」


しばらく岩を押していたが、やがて疲れた私は、岩の前にぺたりと座り込んでしまった


「はぁ、はぁ、ダ、ダメよ!桂花!このままじゃ本当に、死んじゃう!」


その度に、頭を振って何度も立ち上がっては、岩を押す。しかし、やはり動くことはない

ついに、心身共に疲れ果てた私は、地に手を着いてしまう

視界に移った手は、自分のものとは思えないほど赤くなり、所々血が滲んでいた


「う、ううぅ…痛い…よぉ…。でも…あいつが…。…いっ!?…きゃあ!?」


目の前の岩を見て、立ち上がるも、足がもつれて倒れてしまう

再び立ち上がろうと、地に着いた手に一滴の雫が落ちた


「ぅ…うぅ…?雨…?」


不思議に思い、上を見るが、空には雲一つない

晴れ、といっても、アレは偽りの太陽

ここは部屋なんだから、天候とは無縁のハズだ


では何が落ちたのかと思い、再び拳を見て気がついた

先ほどまで見えていた視界がぼやけ、ついには頬を雫が伝ってしまったのだから


「私…泣いてるの?…北郷なんか対して?…あ、あはは…私、バカ…じゃないの?…」


そんなハズはないと、目の前の岩を睨み付ける

しかし、ピクリとも動かない岩を見た瞬間、涙が止め処なく溢れ出てきたことで、私は自分の気持ちを思い知らされた


…そんな…私は…本当に…?


「…う、うぅ…ううぅぅ…わあぁーん!!!」


「桂花…」


「っ!?」


頭上からの声と共に、不意に頭を撫でられる

振り返ると、目の前で潰れたハズの男が立っていた


「なに、泣いてんだよ」


「あ、あんた!な、ななな何で!?あんた…確かに潰れたハズでしょ!?」


「…あぁー、そういうこと?」


私が指を差した先を、見た北郷?は苦笑すると私の前に腰を下ろした


「てことは…ここに居る俺は何だろうな?」


「……え?」


言っている意味が分からず、思わず首を傾げてしまう

目の前に居る男は、北郷一刀のはずだ

だってほら、彼の顔を見た瞬間こんなにも…私の心は、落ち着きを取り戻して…


「って!なに考えてるのよ!私は!落ち着き!?逆でしょ!?私は目の前のコイツに、殺意と憤怒、嫌悪感しか抱いてないのよ!」


「ひでー言われようだな。でも、それは違うだろ?」


「何が違うって言うのよ!」


「だから、君が言っている北郷一刀は…その岩の下…なんだろ?」


「はぁ?あんた…何を言って…っ!?」


そうだ。確かに岩の下に北郷一刀は眠っている

トラップの発動と一緒に断末魔も確かに聞こえたハズだ


「じゃあ、目の前にいる…あんたは…一体、誰よ…?」


「ふふ…誰も何も、北郷一刀だよ?悪い子にお仕置きするために、化けて出てやったのさ」


男はニタリと笑うと、私にゆっくりと近づいて来る


「ひっ!?い、イヤアアァァー!!!」


男の手を逃れ、私は全力で駆け出した


「ぁ、そっちには…」


「ブッ!?」


そう、目の前に大岩があることも忘れて


「だ、大丈夫?」


「大丈夫…なわけ…ないじゃない…バカ…」


私は、苦笑する憎たらしい男への文句を最後に、意識を手放した


やっぱり、こいつ…だーいきらい!!!



「しまった。言うのが遅れたか…。まさか、本気にするとは思ってなかったんだけどな…」


俺は苦笑しながら、岩に激突して気絶した桂花を抱き上げる


「桂花、捕まえた…っと。貂蝉、もういいよ」


「終わったの?」


「あぁ。終わったよ」


「そう。…よっ!」


岩が持ち上がり、下から貂蝉が出てくる


「人を騙すって、やっぱり心苦しいわねん」


「仕方ないさ。全てはこいつのためだ」


腕の中で眠る少女を見つめながら、小さく微笑む


「幽霊のフリして脅かすことが?」


「今日の罠、見ただろ?明らかにやり過ぎだよ。もしも、罠にかかったのが貂蝉や俺ではなく、他の誰かだったら、怪我どころじゃ済まなかっただろう。ここらで一回、お仕置きしとかないと、どんどんエスカレートして、最後にはとんでも無い過ちを犯すかもしれないじゃないか」


「そうねー。さっき、通り過ぎて行った、華琳ちゃんたちが引っかかっていたら、この子、間違いなく斬首になってたわねん」


「そういうこと。これに懲りて、罠作りを少しでも自重してくれれば、いいんだけどな」


「ん、んん…」


「おっと…」


苦笑すると、身動ぎする桂花を抱きかかえ直す


「ご主人様って、自分のことより、桂花ちゃんや周りの心配ばかりね」


「当たり前だろう?桂花も華琳も、魏のみんなも、俺にとっては大事な人たちなんだからさ」


俺は貂蝉に微笑むと、桂花を抱えて林を後にした


捕獲者控え室に着いた俺は、先に捕まっていた人たちに桂花を任せると再び、戦場に立つ


「みんな、一回は息切れしたかな?」


「えぇ…。そうなるように、適度に追い回しているハズよん?」


「作戦は必要ないけど、ヘトヘトのクタクタの状態で捕まえないと、体力づくりの意味はないからなー。次は誰?」


「もう大半は、捕まえたわよん?あと残っているのは、あの子たちだけ」


掲示板を見ると、そこには強者の名前ばかりが連なっていた


「あれ?恋がいないぞ?」


「お腹が空いたらしくて、自分から投降してきたわよん」


「空腹か…。そういや、俺も少しお腹空いたな…」


腹を撫でながら、あとどれくらい頑張れるか考える。んー、昼食まで、あと一刻くらいか。まぁ、まだ余裕だな


「季衣と張飛ちゃん、三羽烏辺りがお腹空かせてるだろうなー。…あ、そうだ」


まだ戦場に居る少女たちに苦笑すると、俺はあるアイディアを閃きポンと手を打つ


「どうしたのん?」


「地和!マイクを貸してくれない?」


収容所にいるアイドル三人組を見つけ、声をかける


「え?マイク?いいけど、壊さないでよね~?世界に一本しかない、ちぃ専用のマイクなんだから!」


「あぁ、分かってる!」


地和からマイクを受け取ると、しげしげと見つめる

前から思ってたけど、このマイクって不思議だよな

声や音を拾って拡大するんだろ?

巨大なスピーカーが無くても、これ一本で大陸全土を巡れるなんて、アイドルには持って来いの道具だよな…


「うん…壊さないようにしよう…」


俺はマイクの大切さを再確認すると、スイッチを入れ戦場のド真ん中に出る


『あー、マイクテスト…マイクテスト…』


気配を探りながら、マイクテストを始めた


「「「?」」」


戦場のあちこちで、気配がする

ちょうどいい、みんな、近くに居るようだな

左右後方の林、真ん前の林、左右前方の林、そして、真後ろの林か…


皆さん、団体行動中ですか…?お兄さん、それは関心しないな


『あー、間もなく正午になります。お昼ご飯です。ですが、俺もお腹が減って限界なので、今から一掃作戦に入ります。もう、手加減はしません』


「「「!?」」」


『ですが、その前に皆さんにも好機を与えます。今から、三十数えている間に投降した人には、質素ながら昼食が出ます。ただし、投降には条件があります。"二名以上"で来てください。それ以下で来た場合、ご飯抜きになります』


ざわざわ…


『逆に昼食の鐘が鳴るまで逃げ切った人には、豪華な昼食が用意されます』


ざわざわ…


『そして、数え終えた後に捕まった人は昼食抜きです』


「「「っ!?」」」


『さぁ…選んでください。質素なご飯か、豪華なご飯か、それとも…ご飯抜きか…。では、始めます…三十…二十九…』


周囲の広がる動揺が、手に取るように分かる


さて、どう出るか楽しみだな


「ぐぬぬ、北郷のヤツ…!献立くらい教えんか!」


「春蘭…問題はそこじゃないでしょ?」


「しかし、華琳様!質素なご飯とはどんな物か分からなければ、投降などできません!」


「はぁ…春蘭、投降の必要はないわ。私たちは何としても逃げ切り、豪華な食事を獲得するのよ」


「そ、そうですよね!」


「さぁ、はぐれた皆と合流するわよ。恐らく、この周囲に居る筈だわ」


「え?なぜ分かるのですか?」


「理由は、一刀の立って居る場所と持っているマイクよ。あのマイクは、数え役満シスターズの私物。仙術を利用して作られた、特製マイクらしいわ」


「ふむ~?それをお兄さんが持っている、ということは、張三姉妹の皆さんは捕まったということですか~?」


「えぇ。残念だけど、そのようね。」


「一刀殿の持っているマイクの特性とは?」


「声を拾って、拡大する仕組みらしいわ。一刀はマイクというより"拡声器"みたいなものだと言ってたけど、その拡大した声も、届く範囲は限られるの。よくて、この辺りの林までよ」


「?」


「つまり、一刀が立っている場所を中心にある林に、私たち以外の誰かが居るのよ」


「……な、なるほど?」


「ふふ…姉者、移動しながら説明するよ」


「う、うむ。頼む、秋蘭…」


「さぁ、まずは、近くの林に移動するわよ」


「「「御意」」」


華琳達が移動する先の林ではというと…


「ふむ。心理戦を持ちかけて来たか…」


「ん~!ご飯のこと言われたから、急にお腹空いてきちゃったわ~」


呉の孫策こと雪蓮、周瑜こと冥琳が茂みから顔を出し、辺りを伺っていた


「それも、策の内なのだろう。空腹を意識させて、冷静な判断を奪う。実に単純だが、有効な策だよ」


「あぁー、ダメ。本格的にお腹、減ってきた。投降しましょう、冥琳?」


「……質素なご飯になるぞ?」


「私は食べられれば、それでいいわよ?」


「私は御免だよ。午前で、このキツさだ。午後はまだキツくなるだろうからな。なら、なるべく栄養の有る物を、食べておきたい」


「そうだけどー、お腹の具合からいって昼食まで、一刻くらいよ?それまで、凌ぎきれるかしら?」


「ふむ。最初に狙われた者は確実に、終わりだが、ソイツが粘ってくれさえすれば、逃げ切れるだろうな」


「そう?敵は七人よ?」


「ここら一帯に見える林は、全部で六つ。内、三つに魏の曹操、蜀の関羽、呉の私たちが居ることは確認している。残りの三つにどんな伏兵が隠れているか…そこに賭けるしかあるまい」


「ふぅ…。奇跡、起きないかなー?」


「そんなもの、起きんよ」


「よねー。よりにもよって、一刀の真ん前の林だもん。数え終えたら、一番に来るわよねー」


「だな。ここは、他の軍と合流して、僅かながら、抵抗するしかあるまい」


「そうね…。そうと決まれば、移動しましょう!」


「あぁ」


二人は、魏軍がやってくることに気付かず、反対の林へと移動を始める


そのころ、その林の対面。一刀の真後ろの林では、一悶着が起きていた


「嫌なのだー!投降するなら、愛紗だけで行けばいいのだ!」


「このままでは、昼食が無くなるんだぞ!?」


「そんなの、やってみなくちゃ分からないのだ!お兄ちゃんが強いのは知ってるけど、戦えないほどじゃないのだ!」


「また、そんなことを!お前はご主人様の強さを知らんから…」


「知らないのだ。でも、愛紗みたいに瞬殺はないのだ」


「な、なにを!?」


「まぁ、待て、愛紗よ…」


「星?まさか、お前まで闘う、とか言い出すのではあるまいな?」


「その、まさかだ。私も実際に主と闘ったワケではないから、強さは分からんが、私とて武人だ。武人としての誇りがあるのだよ。闘ってもいない内から、負けを認めるなど、武人として、あってはならんのではないか?」


「そ、それはそうだが…」


「我らは、大戦を生き抜いた猛者。対して、主は戦場で武器を振るった経験は無いと聞く。これは、むしろ、我らに取って好機ではないか?」


「一対一ではなく…軍で挑め…と?」


「そうだ。『鬼ごっこ』は別に、逃げるだけのものではない。要は、身体に触れさせなければ良いのだ」


「となると、敵は七人だから、一人に対して、二人。いや、三人で掛からなければならんぞ?」


「しかし、二十一人も残って居るとは思えんな」


「一人に対して、二人で挑むしかないのか…」


「できると思うか?」


「ふふ…、やるしかあるまい!」


「あぁ…そうだ。やるしかないのだよ。我らはそうして、戦場を生き抜いてきたのだからな」


「うむ!いざ、我らの戦場へ」


「いくのだー!」


蜀の三人は武器を構え、目の前の敵に挑む覚悟を決めた


「八、七、ん?…闘気?そうか、来るんだ…お兄さん、それは好きだな…」


小さく微笑むと、俺はマイクを握り締め最後のカウントを始める


『三!…二!…一!…零!』


結局、誰一人、投降することはなかったな

ふふ…そうでなくては、面白くない


『投降時間、終了…。投降者零名…。残り、二十二人。今より、狩りを再開する…実に残念で…実に喜ばしいよ…』


俺は武器を取り、騒がしくなり始めた周りを見渡す

どうやら、決心がついたようだね

なら、俺も気を引き締めないとな


「貂蝉。コレ、地和に返しておいて」


「えぇ。分かったわ。ご主人様も無理、しないでね?」


「あぁ。すぐ、終わらせるよ」


マイクを隣に来た貂蝉に手渡すと、太刀を抜いて軽く振る


「さぁ、やるか!」


己を鼓舞し、目の前の林に向けて駆け出した

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