一線を越えろ!
今日は朝から桜が街に行っている
街にある道場から顧問依頼が来たのだ
『可愛い弟子の頼みだもの♪』
ウキウキ♪と支度を整えて自分より一回り
大きな風呂敷を背負って街へ降りて行った
桜の帰りは明日の昼になるらしい
つまり、明日の昼まで私と一刀の二人だけ
というわけだけど…まぁ、一刀だもの
何事もなく終わるでしょうね…
終わらせるつもりなんて毛頭ないけど…
『頑張ってね♪蓮ちゃん!』
私には桜の後押しもある…
今日こそ…一刀…あなたを
"食べて"あげるわよ♪
やっぱり、先手必死よね♪
色気を魅せて、布団へ連れ込むわよ
手を振り桜を見送る一刀の背中を
蒼い瞳の虎が舌舐めずりをして
見つめていた
「さて…と」
桜の姿を見送った一刀は
振り返ると私を見て
「あ、俺も支度があるんだった」
じゃ!と手をあげて自室に戻ってしまう
「あ、一刀…」
意気込んでいた私は不意を突かれて
出遅れてしまう
一刀は私の声に気づかず行ってしまう
……で…出鼻、挫かれたー!!
でも…機会はまだあるわ!諦めるな私!
一刀を美味しく頂くのよ!
挫けそうになる気持ちを奮い立たせ
一刀の入って行った自宅に私も続いて
入って行った…
でもま…一刀の意志を尊重したいのも本心
私はいつも通り、縁側でごろごろ
だって日の光が気持ちいいんだも~ん♪
それに一刀が早々に部屋に籠もるから
きっかけもないじゃない…
一刀との関係の変化を少し期待してた分
一気に気が抜けちゃった
"ペラ……ペラ……"
『週刊・弐回目の恋』を流し読む
陽向ぼっこにも飽きてきたな~
「つまんない…」
うつ伏せになり、足をぱたぱた
腕枕に顔を埋めて小さなため息を吐く…
「暇そうだな、蓮」
「ひゃ!?」
突然、上からかかる声に心臓が跳ね上がる
「び、びっくりさせないでよ~一刀」
「悪い、いつもは気づいてるからさ
どうしたんだ?珍しいな…」
『何かあった?』と顔を覗き込んでくる
確かに…今日は気が抜けてるわね…私
『別に何でもないわよ~』と
腕枕に顔を埋めて苦笑を隠した
「………」
「………」
「………」
「……何よ?」
沈黙に耐えられず私は話かける
もちろん、顔は隠したままだけどね
「ん?いや?別に?」
顔は見えないけど…こいつ笑ってるな~?
「むー、うそ。声が笑ってる」
「お、流石だな~」
なでなで…と頭を撫でられ感触がする
「………」
気持ちいい…桜、ズルいわね…
いつもこんなことして貰ってるんだ…
「……あ」
ふと、頭にあった感触がなくなる…
あ…もう少しだけ…
「蓮…」
ダメか~…
「何?」
「一緒に街に行かないか?」
「………」
顔をあげると一刀がにこやかに
見つめていた。待って!近い!近い!
接吻できちゃうくらい近い!
不意打ちには弱い私、逃げるように
腕枕に顔を埋めた
顔…熱い…///
それより、何?街?
一緒に…って言ったの?
ちょっと!嬉しすぎるじゃない!
火照る顔でゆっくりと起き上がる
嬉しい!ありがとう!と言うか…
あなたとなら喜んで!と言うか…
あぁ、この気持ちをどう伝えよう!
「あれ~?一刀?それって
逢引の誘いかしら?」
嗚呼!憎い!素直になれない自分が憎い!
「あぁ、そうだよ」
「そうよね、そんなわけ……ぇえ!?」
認めてくれた?一刀が逢引を認めた?
あ、ダメ…嬉し過ぎて、泣きそう!
「本当に…?私と?」
一刀の目を見つめる
「あぁ…もちろん」
透き通るような綺麗な目、本気なんだ
あ、一刀の目に私が映ってる
一刀の瞳に映る自分の顔
それがあまりに女の顔で…
恥ずかしくもあり、嬉しかった
「蓮…一緒に行ってくれる?」
「あ……はい///」
幸せだ…私…
「はは…何で敬語なんだよ」
「え?あ!あはは…何でもないわよ!」
準備するから待ってて!と自室に向かう
そうと決まれば、一刀のために頑張ろう
そうだ。あの服を着よう
あなたは…喜んでくれるかな?
彼の驚く顔を想像して
頬が緩んでしまう
どうか…今日は一日
快晴でありますように…
私たちは今、街に来ている
気持ちが通じたのか天気は快晴♪
そして…私はというと
「っ~~~///」
思いっきり…赤面していた…
だって!だって!一刀が~!
事の発端は千葉家でのこと
一刀からのお誘い…嬉しすぎよ…
でも、浮かれて終わるなんて
私らしくもないわ!
何としても一線を超えるわよ…
部屋に入り…考える
女の勝負は此処から始まっているのよね
お風呂は大丈夫、朝に入ったわ
日頃、いつでも一刀を襲えるように
身体には磨きはかけてある
化粧は服に合わせて自然にして
香は甘い花の香りにしようかしら
そして、とどめの服は…コレよ…
最後に姿見で細部、全身を確認
大丈夫、大丈夫よ、私…
うぅ…緊張する…泣きそ…けど、ダメ!
化粧が落ちるからこらえろ、私!
ふぅ……よし!出陣!!
なんでここまでするかって?
大好きだからに決まってるじゃない…
だから…愛引の時は思いっきり誉めて♪
あなたの為に頑張る女の子をね
千葉家を出ると一刀が庭で待っていた
「お待たせ!一刀♪」
「………あぁ、待った…
でも、待った甲斐があったよ
とても綺麗だ…蓮…」
「…あ、ありがとう///」
ほら、あなたの一言で苦労なんて消える
あなたの笑顔で幸せが心を満たされる
だから次も…きっと頑張るわ♪
「服は…あの日のチャイナ服か
やっぱり、よく似合ってるよ」
覚えててくれた!あ~ん!一刀~!
「色ぽいほうが一刀が燃えるかな~って
どう?好きでしょ?」
裾を引いて、チラリと太ももを見せる
一刀!悩殺!
「確かに、色ぽい。好きだな…これも
でも、いつもの蓮も好きだぞ?」
「っ///ありがとう…」
あ~ん!一刀!一刀!私も大好きよ~!
…はっ!…危ない…叫びそうになったわ…
「そろそろ行くか……そうだ…蓮」
一刀が手を差し出してくる
「?」
手…?
一刀の差し出した手を見て考える
手…?何…?んー?とりあえず…
脇に差してある刀を渡してみる
「なんだ、くれるのか?」
一刀は刀を受け取り脇に差す
刀…似合ってるな…逞しくなったし
本当に…よりイイ男になっちゃって
「じゃなくて、ほら…」
一刀がまた手を出してくる
ぇえ?何…?刀じゃなかったの?
あ…もしかして…お金…?
待って!確かに千葉家の酒代を
跳ね上げてるの私だけど!?
今月の分のお金……入れた…わよね?
あれー?もしかして……足りない?
でも!でも!これないと…今月の雑誌が…
一刀を涙目で見つめる
これが演技ならどれだけいいか
残念ながら本心からの涙目
一刀は笑顔で手を差し出している
ぅ…うぅ…うう…かずとぉ…
「ぅう……これだけしかありませんが…」
「いや…これ財布?本当に無いし!
いざというとき困るだろうに…
これ…俺が預かっとけばいいのか?」
『仕方ない…あとで足しておこう』
とよく分からないことを言いながら
一刀は私の財布を懐にしまった
うぅ…一刀…鬼よ…あなた…
「蓮…だからさ…」
また手を出してくる
「鬼どころか、閻魔よ!あなた!」
私は叫ぶしかなかった
「何を言ってるんだよ…お前は…
埒があかないな…仕方ない…」
一刀はスッと身を寄せてくる
は!?まさか…身体!?身体が目的!?
あれ?なら…むしろ望むところ…?
いや、むしろ来て!私を食べて!
(蓮は度重なる要求に混乱している)
そのまま、近づく一刀を抱きしめた…
「な!?蓮!お前、何して!…ん!!」
「ちゅ…んちゅ…ちゅぱ…んん…ぷは!
一刀…まだ…足りない…かしら…?」
うるうると一刀を見つめる
あん!久しぶりの接吻!興奮するわ!
一刀!足りないって言ってよ!
「いや…確かに足りないけど…いきなり」
きたー!足りないって言ったよね!?
頂きまーす!
「んちゅ…ちゅぱ…ちゅ…んん!?っは!
……なによ…一刀…」
一刀が力いっぱい、私を引き離す
理由が分からず、軽く睨む
もう、凄く気持ち良かったのに……
「はぁはぁ…何で急に接吻なんか…
俺はただ、手を繋ぎたかっただけだ」
一刀は身体を離して
ん、と手を差し出してきた
きょとん
手を繋ぐ?逢引だから手を繋ごうと?
(逢引=デート)
「あぁ…手か……………」
そういうことか―――――――!!!
私は頭を抱えてしゃがみこんだ
というわけで、私は赤面していたわけ
えーん!気合い入れて頑張ったのにー!
結局、私独りで空回って
何やってるんだろ…ごめんね、一刀…
隣で手を引いてくれる彼の顔を見る
あ…一刀…背高いなぁ…
「ん?どうした?」
見つめていたら、一刀と目が合う
「え、うんん、さっきはその…ごめん」
俯く私に彼は『いいよ』と
笑顔で答えてくれる
ありがとう…一刀…頑張ってみるわ
「あ、ここだよ、蓮」
「…ここって」
一刀が立ち止まり指差したのは"茶店"
名を『羽十羅』
つい先日、雑誌で見たような…
最近、できたっていう女性に
大人気の茶店、だったかしら?
からん♪からん♪
「いらっしゃいませ、北郷様」
「あぁ、新作が出来たって聞いてね
お願いできるかな?」
「?」
一刀がチラリと私を見る
「畏まりました、お席へご案内します」
男性は私を見ると、にこやかに
私たちを席へ案内してくれた
男性は片メガネをかけ、髪を下ろしている
一刀の服を漆黒にしたような服に
首には何だろう…紅い布が巻いてある
何を取っても珍しい
首の布は苦しくないのかしら…
一刀にあとで聞いたら
男性が着ているものは
『燕尾服』というものらしい
南蛮より遥か向こう"英吉利" (英国)
の"執事"という役職の正装だとか
「どうぞ、お嬢さま」
席に着くと一刀が
豪華な椅子を引いてくれる
畏づいて、手を取る姿は
くすぐったくも好感が持てた
「ふふ…何よそれ」
クスクスと笑いながら椅子に座る
一刀も対面に座る
「この店に慣れてるわね…
よく、来るのかしら?」
もしかしたら桜や虎徹と来ているのかも
知れないわね
「あぁ、この店は特別でさ」
特別か…男性1人で何度も足を運ぶ店には見えないわね
やっぱり、彼女たちとよく来ているのかしら
だとしたら、私は三番煎じか…。少し…寂しいかな
「誤解の無いように言っておきますが」
「ひゃぁ!?」
凹む私の後ろから急に声がかかる
声の主は先程の店員だった
「北郷様はこの店の創立者でございます
店造り、制服、品の考案、営業形態
諸々全てを一手に引き受けられ
店が軌道に乗ると私へ譲渡されたのです
北郷様が慣れているのは
至極当然でございます
ちなみに、女性の方を連れて来られた
ことはありません。お嬢さまが初の
お相手となります」
良かったですね?お嬢さま
と男性は笑っていた
初?私が?最初の相手…
「一刀…」
私は静かに一刀を見つめた
「うん…そういうことだ
君と一緒に来たくてさ…」
秘密が見つかった子供のように
一刀は照れた笑いを見せる
「ぁ、ありがとう…凄く…嬉しい…///」
あぁ、私、きっと真っ赤だわ。顔熱い///
「お嬢さま。こちらが当店の新作茶菓子
"ショートケーキ"でございます」
と目の前に置かれたのは見たこともない
菓子。円筒形の真っ白い小さな菓子
天辺には苺が乗っていた
小さな贈り物のようにも見える
……なんか…女心をくすぐられるわね
目の前の"しょおとけいき"を凝視する
「さぁ、蓮」
と一刀がフォークを渡してくれる
「………い、頂きます…」
おずおずとフォークを菓子に入れる
ぁ、柔らかい…
口に入れると
「~~~美味しい!凄く!美味しい!」
私の様子を見ていた二人は
ホッと胸をなで下ろしているようだった
「良かった…」
「はい…気に入って頂けたようで」
その後も店のお薦めも頂けたりして
本当に甘く幸せな時間を過ごした
「ん~~~♪幸せ♪」
________________
一刀はそんな蓮を見つめ目を細める
彼女は本当に幸せそうだった
…もっと幸せにしてあげたい
俺が彼女を連れ出した目的は
ケジメをつけること
今の互いの関係に終止符を打つんだ
真剣に想いを寄せてくれる蓮に
応えてあげるために
俺は彼女が好きだ
いや、愛していると言ってもいい
そんな彼女に気持ちを伝えるために
『男の子の一刀が蓮ちゃんを誘わなきゃ』
一昨日、桜から顧問の話は聞いていたので
俺は綿密にデートプランを立てていた
『頑張ってね♪一刀!』
桜の後押しもある
頑張るぞ!蓮との一線を越えるんだ!
_________________
菓子を堪能した私たちは店を後にした
そのあとは服屋や見せ物を見物する
桜へのお土産を買って、店を出る
その頃には私たちを夕日が照らしていた
街を抜けて山道へ
ここからは千葉家まで一本道ね
「ありがとう♪今日は楽しかったわ♪」
私は笑顔で一刀の前を歩いていた
「いえ、楽しんで頂けて
なによりですよ。お嬢さま」
一刀も笑顔でついて来てくれる
「ねぇ…一刀」
私は一刀の横に並ぶと腕を絡ませた
「ん?」
好きな人の優しい目が私を見つめている
今日は本当に楽しかった
感謝と共にあなたをより
好きになっている
もう…押さえきれない…
伝えたい…伝えたいの…
「…私ね、欲張りなのかな…
最後に…思い出が欲しいの…かずと…」
声が震える、腕に力がこもる、
届いて…私の気持ち…
冗談なんかじゃない…
私の…真剣な気持ち…
もう、私の視界は涙で
歪み見えなくなっていた…
「…………スッ」
寡黙していた一刀が口を開く
「蓮…俺は君が好きだ…いや、愛してる…
君を離したくない…幸せにしたい
俺と一緒に居てくれないか…?」
彼の目が真剣さを帯びている
届いた……私の…真剣な気持ち…
「ぅ…グス…嬉しい…よぉ…ぅう…私も…
一刀が…ヒック…好き…うぅ…」
涙が溢れて前が見えないけど
彼は笑ってくれているだろう
「ありがとう…蓮…」
彼は抱きしめてくれる
私の涙が止まるまで隠してくれるのよ
そんな優しい…彼だから
私はそばに居たいと思えるの
大好きよ…一刀…
私たちは手を繋いで家に帰る…
道は一本道
この道を登りきった先、きっと、私たちの関係は大きく変わっているだろう
それが怖くも感じ、同時に待ち遠しく感じていた
「蓮…。愛してる」
私の気持ちに気付いたのだろう
彼は優しく微笑みを浮かべると、強く手を握りしめ、静かに頷いた
「私も…愛してる…」
きっと、私の顔は真っ赤だろう
けど今は、そんなことどうでもいい
今一番の幸せを噛みしめると、私は静かに頷いて、導く彼にその身を委ねた
手を取り合って、布団のなか…私たちは静かに微笑みを浮かべて寄り添っていた
未だに、熱と倦怠感が体を支配しているが、むしろ、それが心地いい
でも、これで終わってはいけない
目の前の男性を心から愛するため、私は確かめなくてはいけないのだ
「一刀…。これからも、愛してくれる?」
「あぁ。この命尽きるまで、いつまでも愛し続けるよ、必ず」
一刀の言葉は本心だろう
彼の目はしっかりと、私を写し、彼の言葉は確かに私の心に届いたのだから
ならば、私も伝えなくてはいけない
「一刀…」
私は身体を起こして一刀の身体に跨る
真剣に一刀を見つめる
「聞いて、一刀。私がこの身を許したのは
生涯で二人だけ…一刀と…元夫よ」
「旦那さんか…。今は?」
「早くに亡くなったわ
3人の娘と私を残して…
あ、娘は私に似て皆、美人揃いよ♪」
「そうだったのか…」
「夫はね…一刀と同じことを言ってたわ
『この命尽きるまで愛し続けます』って。優しく抱きしめてね。でも…死んだのよ…私が戦に出ている間に事故でね。敵の印を上げて意気揚々と帰宅したら、愛する旦那が死んでるの…。私は泣いたわ…涙が血涙に変わるまで、声が血反吐になるまで…」
旦那を思い出し、また…涙が出る…
「蓮…今でも彼を愛しているんだな」
一刀は腕を上げて涙を拭ってくれる
その温かい手を取り…頬を擦り付ける
「ええ。でも、それも今日で終わり。これから私はあなたを想い…死ぬまで愛して生きていくわ」
「俺は彼に手渡されたんだな…わかった…。君を幸せにしよう、蓮…。天命が尽きるまで、ずっと一緒にいる限り想い、愛そう」
それは同じ言葉…でもこれは重さが違う
二人分の決意が籠もった言葉だから
「はい…我が剣…あなたと共に…」
彼と交わした誓いを
彼と同じ想いの人と再び契る
一刀は静かに私を引き寄せ
止まらぬ涙ごと私を抱きしめた
これは生涯で二度目の恋…
あなた…私…恋をしたわ…
どうか…この恋が終わらぬよう
見守っていて…
私…絶対に幸せになるから…
一刀の優しさに包まれ
私は優しい彼に最後の別れを告げた




