王と騎士という隔たり
ボールスと蘭は花園に訪れていた。
蘭はこの花園を初めて見た時から、一目で気に入っていた。
広大な敷地に咲き乱れる色とりどりの花。
それは、年ごろの娘を魅了するには十分すぎる程だった。
「ねぇ、ボールス。これは何ていう花?」
「それはアネモネだよ。華やかさと可憐さを併せ持つ姫王にピッタリの花だね。姫王はこの花が気に入ったの?」
「うん! ここには色々な花があるけど……この花が一番好きだなぁ」
「お気に召したならそれは良かった。アネモネの君……貴女が望むならば、私は一夜にしてこの花園を、アネモネの花園に変えてみせよう」
ボールスは蘭にアネモネの花を一輪差し出した。
「やだぁ、ボールスったら……王子様みたい!」
蘭は、照れながらもアネモネの花を受け取る。
「えー? 本物の王子様っぽかった? 姫王にそう言ってもらえると嬉しいなぁ」
ボールスは蘭の手を取ると、嬉しそうに言った。
「ボールス……いい加減にしないか! 立場をわきまえろ。私たちはあくまで王と騎士の関係……それ以上でもそれ以下でもない」
突然の声に蘭とボールスは振り返る。
「なぁんだ、ガレスかぁ。ランスロットかと思って驚いたじゃないか! お前はランスロットと声も口調も似ているからな……突然声を掛けられると心臓に悪いんだよ」
「お前の心臓など、どうでも良い。それより、何だ? その呼び方は」
「呼び方?」
ボールスは首をかしげる。
「一国の王に対して、姫王などと呼ぶなど許されるものか」
「そうは言うけどねぇ……王が二人も居るんだよ? 呼び方を区別しなくちゃ、どちらを呼んだのか分からないじゃないか」
「それは……そうだな」
ガレスは頭を悩ませる。
「私はその呼び方、気に入ってるよ! 姫王なんて素敵だもん」
「貴女がそうおっしゃるのでしたら……私たちはそうお呼びしましょう」
「うん。それでお願い! それと……」
「如何されましたか? 姫王」
言いにくそうな表情をしている蘭に、ガレスは尋ねた。
「あのね、その硬い話し方……何とかならないかなぁ? 私、王になったとはいえ、そんなたいした人間じゃないから……もっと気さくに話してほしいの」
「気さくに……ですか? 恐れながら申し上げます。姫王様は既にこの国の主、私共がそのような振る舞いをするなど……」
「姫王はそういうのが嫌なんだってさ。これは命令……だよね、姫王?」
ガレスの言葉を遮るようにボールスは言った。
「そ、そう! これは命令です!! 王と騎士の間に、そのような壁を作ることを禁じます!!」
「……だ、そうだよ? 命令なら聞かなきゃねぇ、ガレス」
「畏まり……いや、わ、分かった」
「まだちょっと硬いけど、ガレスにしては上出来でしょう」
表情の硬いガレスに、ボールスは苦笑いで言った。
「蘭っっ!!」
湖から戻った葵とケイは、蘭の姿を見つけるなり駆け寄る。
「あっ、葵!!」
葵の姿を見た蘭は、明るい笑顔になる。
「蘭、ボールスに変なことされなかったか?」
「変な……事?」
蘭は、葵の意図するものがくみ取れず、首をかしげた。
「ちょっと、ちょっと!! 変なことって何だよ。そんなに信用ないかなぁ……俺は」
「普段の行いが悪いから……だな」
ガレスとケイは、まったく同じセリフを口にすると、深い溜息をついた。
「あれ? ねぇもしかして……ガレスとケイって、兄妹?」
蘭は二人を見比べながら尋ねた。
「さっすが姫王! よく分かったねぇ。その通り、ガレスとケイは兄妹なんだよねぇ」
「やっぱり!! どうも、似てると思ったんだよねぇ」
ボールスの言葉に、蘭は満足そうな表情を浮かべる。
「そんなに……似ているのか?」
ケイとガレスは顔を見合わせると、またもや同じセリフを同時に呟いた。
「顔……っていうより、仕草がね!!」
「仕草、か」
二人はあまり納得のいかないような表情をしていた。
「新王様、こちらにいらっしゃいましたか……マーリン様が取り急ぎお伝えしたい事があるそうで……すぐにいらして頂けますか?」
息を切らしながら走ってきたユーウェインは、消え入りそうなほど小さな声で告げた。
「何かあったのか?」
ガレスは訝しげな表情で尋ねた。
「あの……その……私には詳しい事は分かりません。とにかく、新王様を呼んでほしいとの事……だった、ので」
ユーウェインは俯きながら答えた。
「では、私たちも共に行こう!!」
「い……いえ、実は……」
「何だ? ユーウェイン、ハッキリと言わんか!」
「ご……ごめんなさい」
ガレスの態度に、ユーウェインは更に畏縮する。
「ガレスは少し黙ってて! ユーウェイン、慌てなくて良いから……話を聞かせてくれる?」
見かねた葵がガレスを制止すると、ユーウェインの手を取り優しく尋ねた。
「あの……ですね。マーリン様はお二人だけを呼ぶように……と仰りました。騎士たちは連れては来るな……と」
「騎士は連れてくるな? 一体……どういうことだ?」
葵は首をかしげる。
「葵、とにかくマーリンのところに行ってみようよ! ここでこうしていても、時間の無駄だよ」
「そ……そうだな。とにかく行ってみるか」
葵と蘭は顔を見合わせ頷いた。
「あ……あの、私がご案内……致します」
「ありがとう、ユーウェイン。頼むよ」
「はっ、はい!!」
葵と蘭は、ユーウェインの案内のもと、マーリンの居る塔へと向かった。




