表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷河系アイドルのマネージャーをしていますが、もう限界です。【漫画化します】  作者: 和泉剣太郎(旧:やる鹿)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/31

第19話 鋼の心臓




 <猫屋敷(ねこやしき)くるみ>



 夕方、私はタクシーに乗って指定された集合場所を目指していた。


 窓の外を流れる景色、変わらない退屈さが襲ってくるように感じる。


 今、私の胸にある想いは────。


「あーあ、大したことなかったな……」


 小声でつぶやいてみる。うん、本当にそれだけだな。

 犬飼(いぬかい)竜太郎(りゅうたろう)────犬だか竜だか分からない名前の変な奴。

 劇場の裏で彼が氷ヶ峰(ひょうがみね)こおりのために半裸になっていたのを見た時、()()()()()()と思ったのに。


 じわじわと私の中で彼の存在が楽しみになってきてたのに。


 氷ヶ峰(ひょうがみね)こおりも何やら信頼を寄せていたけど、私が一言『彼氏になって』って言っただけで、これ。


 はぁ。


 まぁ人間なんてこんなものか、と思う。


 なぜか、母のために尽くしていた父が簡単に捨てられたあの日が脳裏にちらついて、逃げるように目を強く閉じた────。



 ────────────────────



 待ち合わせ場所に来た時、最初まだ相手がいないと思った。

 だから、声をかけられて驚いた。


「こんばんは、猫屋敷(ねこやしき)さん」


「え、竜太郎くん……?」


 普段スーツ姿しか見たことのなかった犬飼(いぬかい)竜太郎(りゅうたろう)が、オールブラックのパンク?風のファッションに身を包んでいた。


「えぇ~! 私服こんな感じなんだね、竜太郎くん。意外~」


「…………はい」


 なんか神妙な顔をしている。

 緊張しているのだろうか。

 それにしても……不覚にも格好良くてときめきそうになった。

 可愛い顔してるとは思ったけど、似合うな。


 細身のパンツもセンスの良いTシャツも、大きめのブーツも決まっていた。

 アクセサリーも良い感じだけど……ネックレスのピック? だけ手作り感あってちょっとアレだね。でも全体的に良かった。正直好みだった。


 竜太郎くんも、私をじっと見ている。



 あー、こんなに気合入れてくれるなら私も頑張れば良かったかな。

 好きでもないのに告白した罪悪感からか、普段レッスンに行くときのような、レザージャケットに白Tとフレアのデニムパンツを着てきていた。


 つまりまぁ、ラフで気を抜いてる格好だ。


 それでも? 蒼樹坂第一位の私は可愛くなっちゃうんですけど?


 ……はい。つまり、本気でオシャレをする勇気は私にはなかった。


「竜太郎君くん、今日はどこ行くのっ?」


 本気でデートしに来てくれた事実に、急にいたたまれなくなって、わざとらしく明るい声を出してしまう。


「あ、ああ。行きたいところは決めてるんですけど、最初にいいですか?」


「なーに?」


「か、彼氏になったので、くるみって呼んでいいですか。あと、タメ口でもいいですか」


 おおー。可愛いね。私にべた惚れかぁ?

 ……さすがにちょっと気分いいな。私って性格悪ぅ。


「もちろんいーよっ」


「あ、ありがとう。行こうか、く、くるみ。水族館のチケット用意してるんだ」


「はーいっ」


 竜太郎くんの腕に巻きつく。

 彼の身体が固まるのを感じる。

 ああ、そうか。こうやったら私の胸が当たるのか、と気づいた。

 そういえばこんなことしたことないなとか、思った。

 なんか面白くて、そのまま押し付けながら歩く。


 私は、さっきまで、会ったら「一晩考えたらやっぱり立場的に付き合えない」とか何とか、適当なこと言って終わらせようと思っていた。

 通話やメッセージで済ませなかったのは、せめてもの謝罪の気持ちがあったから。


 でも、水族館か。いいね。


 意外にも、今夜くらいデートを楽しんでもいいかと思い始めている自分がいた。



 ────────────────────


 1時間後。

 

 水族館をぐるぐる回って、今はちょっとしたテラスに腰かけて休憩している。


 うーん楽しかったな。素直にそう思う。

 竜太郎くんも生き物が好きらしく、私と同じくらいはしゃいでいて嬉しかった。

 最初あった硬さは、吹っ切れたようにすぐに打ち溶けた。


 話も相槌も、正直心地よかった。

 私って他人と話すときはいつも演技をするタイプだと思う。


 それでもなぜか竜太郎くんと話してるときは素で笑ってしまうことが何度かあった。


 竜太郎くんが女の子だったらこれからも友達でいられるのに、とか意味のない仮定を考えたりした。

 ……私、友達いないから本気で提案しようかな。


 それにしても────やっぱりペンギンはいいね。

 写真だとアデリーペンギンが可愛いけれど、実物はケープペンギンの方がいいと思った。新たな発見だ。

 もう一周したい。ていうかスケッチしたい。あの可愛さを絵で表現したい。

 いつか自分で作れたらと思ってるCDジャケットを妄想する。

 あのお腹のもちもち。夢が詰まってる。


 そんなとりとめのないことをぼーっと考えながら満足している私に、彼が声をかける。


「楽しんでくれたみたいで良かったよ」


 笑いかけてくれる竜太郎くんを見ながら、急に現実に戻る。

 そうだ、彼はデートだと思ってるんだ。


 ……あー、そろそろ言わないとなー。

 ()()()とかを期待してたらさすがに可哀想すぎるし。

 はぁ、ほんと男女って面倒くさい。


「うん、楽しかった。本当にありがとう。感謝してる、それでね……」


「待った。くるみ、先に俺が言いたいことがある。いいか?」


 控えめに手のひらをこちらに向けてくる。


「……うん、いいよ」


 ……やだ、真剣な顔して。愛の告白だったらどうしよう。


 たっぷり間を空けて、竜太郎くんが話し出す。




「────まず、今日は俺に付き合ってくれてありがとう。俺は、恋愛に疎くてな。()()()()()()()()()()()()分からなかったんだ」



「え……」


 気づいてたんだ。

 そして、薄く微笑むような竜太郎くんを見て、びっくりする。

 こんな優しい笑い方するんだ……。


「なのに、俺は勝手に舞い上がって。言い出し辛かっただろう、ごめんな」


「う、ううん。私の方こそ……ごめ」


「でもな、俺だって理由があるんだ。まさか俺みたいな一般人が大人気アイドルと心が通じてたんじゃないかって勘違いする理由が」


 私の謝罪を遮って、少し怒ったような顔で言う。


「な、なに? 理由って」


 本当になに? 


 たしかに竜太郎くんが私の告白をすぐ了承して本気で喜んだのは……今になって思うとおかしい気がしてきた。

 めちゃくちゃ仕事ができる敏腕と噂の彼が、私の脈絡のない告白を本気にすることがあるのだろうか?


「俺は、氷ヶ峰(ひょうがみね)のために働いている。最初は氷ヶ峰(ひょうがみね)を日本一のアイドルにするため、そして今は半年以内にCD三百万枚売り上げるために」


「う、うん……」


 氷ヶ峰(ひょうがみね)さんはドラマで見るような財閥みたいな家の出で、目標を達成できなければアイドルを辞めさせられて、結婚させられるという。


 噂は私も聞いていた。本当だったんだ。


「そこで俺は考えた。氷ヶ峰(ひょうがみね)にはライバルが必要だと。競争が売上を生むのは分かってるから。そこでくるみ、お前がタイミングよく現れた。しかも、何を考えてるか分からないが、俺の頼みを聞いてくれると言ってきた」


「……うん、そーだね」


 確かに言った。氷ヶ峰(ひょうがみね)さんと同じ番組にも出演することになった。

 でも、この話が何にどう繋がるんだろう。


「そこで俺は、くるみのことを徹底的に調べた。性格、過去の発言、歌唱力。その過程で、俺はある重大なことに気づいた」


 なるほど。そういう企みがあったのね。

 それで。


「……何に気づいたの?」


「……くるみは気づいてないのか?」


「本当に分からない」


 ここにきて私に聞くのか。

 私は、いつもしている、ゆるふわな演技をなぜか完全に止めていた。


「俺の名前、犬飼(いぬかい)竜太郎(りゅうたろう)って変な名前だと思わないか」


「……思う。犬か竜かどっちって思う」


 失礼かもしれないけど、思ってることをそのまま言った。


「英語にしてみろ」


 え?


「何を?」


「犬か竜」


「……dog or dragon?」


 ああ。マジ?


 声に出してピンときた。


 鳥肌が立ってきた。


 え、うそ。つまり……え?





「俺が、()()だ。俺は────()()くるみの大ファンなんだよ」





「嘘………でしょ」


 DDさん、私の音楽活動を支えてくれてる唯一の人。

 私の音楽に、才能があるって言い続けてくれる人。

 何年続けてもまったく芽が出ない私────才能のない私に。


 あなたがいたから私は歌い続けられた────。


「俺だって信じられなかったよ。でも、何度聞いてもブレス、母音の発音、発声のゆらぎ。真名まなさんとくるみの声は完全に一致していた」


 そんなので分かるくらい、聴き込んでくれたのか。


 そりゃそうか。


 だって初めてコメントをくれた日から、二年ほど経ってるはずだ。

 DDさんは、何十曲とアップロードした自作曲をほぼすべて聴いてくれているのだ。


「はは……こんなことってあるんだ」


 人間、本当に驚いたときって、視界が狭まるんだね。

 今は、竜太郎くんしか見えてなかった。


「……本当に俺に気づいてなかったんだな。そうか……」


 残念そうな、寂しそうな竜太郎くんを見て、急に動悸がしてきた。


 なんか、なんか……。

 私は本当にたまたま君に興味を持って……。


「こんな偶然……嘘みたい」


「俺が最初お前の歌を聴いたのは、公園だ。蒼樹坂(あおきざか)のビルから近い。今思うとそれはヒントだったんだ」


「公園……」


 たしかに何度か歌いに行ったことがある。

 そこで私を知ったってこと?

 でも、それだけで私のYouTubeチャンネルには辿り着けないはずだ。

 私はオリジナルしか歌っていない。


「初めて聴いた曲の歌詞、今でも俺に力をくれるんだ。結果的にその歌詞を検索し続けてくるみの動画を見つけることができた」


「その歌詞って……?」




「────()()()()()()()()()()




「……私が、はじめて作った曲だ」


「くるみが、この曲を歌ってるのを聴いたとき、俺は……恥ずかしい話だけど、公園の土管の中で泣いてたんだ。仕事が辛くてさ」


 竜太郎くんが笑いながら語ってくるけど、私は笑えなかった。


「私がその曲を歌う時は、もう立てないとか、動けないとか、頑張れないと思った時に歌う」


「だからか。歌ってる人も泣いてるように聞こえたんだ。それで俺は、響いたんだろうな、心に。涙がさらに止まらなくなって、すぐに土管から出られなかった。おかげで歌ってる人の正体が分からなかった。笑えるだろ?」


 だから、笑えないって。


「なんとかくるみの曲に辿り着いて、それから何度も聴いたよ。苦しい時、胸を叩いて、叩いて、俺の心臓は鋼だ。動け、動けって。負けるかよって。そうすると力が湧くんだ」


「……やめて」




「俺が、お前の歌にどれだけ救われたか────」




「もうやめてよっ……」


 私は気づいたら両目から溢れる涙を止められなかった。

 い、息ができないっ。私の歌は。ひぐっ。


 私の歌は、才能がないと思ってるけど、誰かを救ってたんだ────。


 ひ、ひぐ。嬉しい。嬉しいけど涙が止まらない。

 公園で私が泣いてたとき、彼も泣いていた。

 それは、この世の奇跡のように思えた。


 ハンカチを差し出しながら、竜太郎くんが言う。


「だからな、くるみに告白されて俺は運命を感じたんだよ。仕方なくないか? 二年間毎日のように聴いてた歌手からの告白だぜ? 舞い上がっちまうよ。俺のことDDだって気づいてたんじゃないかって」


「……ひぐ。ぐす」


 ……今になって事の重大さに気づいてきた。

 私は、本当になんてことを……。


「くるみが去年アップロードしてた『デート』って曲あったろ」


「……ぐす。うん」


「それの歌詞に『好きな人ができたら最初のデートはお揃いのパンクファッションで水族館に行きたい』ってあったから。今日は再現したかったんだけどな」


 ……たしかに書いた。でも今思い出した。ていうかどんだけ聴き込んでんの。


「……ごめん」


「まぁ、今日会ってすぐ、本気じゃないんだって分かったよ。俺は馬鹿じゃない」


 うん。馬鹿は私だ。

 ……ここから挽回できるだろうか。


「……私、でも……」


 でも……なんだ? 今更、何を言おうとしてる?

 私にそんな資格はない。


「とりあえず、今まで俺に力をくれて本当にありがとう。それが言いたかった。俺に聴かれてるって分かっても歌うのやめんなよ?」


 私に嘘で告白されて、それを本気にして裏切られて。


 何でそんなに優しく笑えるの。


「……うぇーん。ひぐっ……」


 また涙が出てきた。

 人前で泣いたことなんて、本当にないのに。


 それに、感謝しなきゃいけないのは私の方だ。


「……ほら、見てくれよ。あのとき拾ったピック。くるみのだろ? 俺ずっとお守りにしてんだ。引かないでくれよ?」


 笑いながら胸に掛けられたそれを私に見せてくる。


 使い込まれて少し丸くなったピックが。

 その無邪気な一途さが。

 私の胸を締め付ける。

 もうだめだ。


 完敗だ。


 軽々しく手を出していい相手じゃなかった。


 氷ヶ峰(ひょうがみね)こおりが執着する理由が今は分かる。



 竜太郎くん、ライバルが必要だって?

 ああ、そう。


 なってあげるわよ。


 氷ヶ峰(ひょうがみね)こおりの、────()()()()()()()











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 完璧な伏線の回収で一切の前準備がなく急に泣きそうになった [一言] 素晴らしい以外の言葉がない 文字数限界までありとあらゆる絶賛の言葉を書き連ねる代わりにこの話を書いてくれてありがとうござ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ