10 シルヴェーヌちゃんに言い当てられます
《そうだったのですね。まさかそんな力まで……》
その夜。ネグリジェっぽい寝間着に着がえ、俺はベッドで横になっていた。頭の中だけであっちの世界のシルヴェーヌちゃんと交信しながら。
北壁での仕事はいったん終わり、出征していた騎士団の面々はそれぞれ特別休暇をもらえることになった。ってなわけで、今は俺も自宅である公爵邸に戻ってきている。
つまりここはシルヴェーヌちゃんの寝室だ。
枕のところには、なんやかんやの流れのままに連れて帰ってきちまったドットが丸くなって眠っている。
《本当にお疲れ様でした、健人さん。そして勲章もおめでとうございます》
《あ……うん。ありがと》
《素晴らしいお力のご発現で、こんなにも早急に魔族との戦争が終結するなんて。ほんとうに素晴らしいことでした。さすがは健人さんですわね》
《そ、そんなことねーよ。シルヴェーヌちゃんだって同じことをやっただろうしさ》
《そうでしょうか》
シルヴェーヌちゃんは、そこでちょっと考え込んだようだった。
《前にも申しましたけれど。わたくしだったら、そもそもその部屋から出ることも難しかったはずですのよ? 剣の鍛錬どころか運動もしないで、相変わらずな体形を維持してしまっていたでしょうし──》
《いや。そんなの、ちょっとしたキッカケで変わったかもよ?》
《そうでしょうか》
《そうだよー。そんで……きっと、クリストフ皇子にも気にいられてたに決まってる》
《えっ。殿下にですか……?》
《そうだよ。そうに決まってる》
──だって、シルヴェーヌちゃんだし。君こそがオリジナルなんだし!
自分で言い出しておきながら、俺の胸はまた急に変にしくしく痛みだした。
最近、自分でもよくわかんねえ。あの皇子のことを考えるだけで、妙に体調がおかしくなるしよ。
シルヴェーヌちゃんはまたちょっと黙っていたけど、いつものとても考え深そうな声でまた言った。
《……健人さん。どうなさったの》
《べつに……どうもしてねえけど》
《そうかしら。先ほどから、お声がなんだかとてもおつらそうに聞こえるのですけれど》
《んなことねーよ》
《健人さん》
シルヴェーヌちゃんはそこでちょっとまた言葉を切った。
《気づいていらっしゃいますか? このごろあなた、ときどきとてもおつらそうになさっていること》
《…………》
《それも……特に、クリストフ殿下のことをお話しされるときに》
「そっ……そんなことねえって!」
思わず口で叫んでしまってから、「しまった」と慌てて自分の口をふさぐ。キョロキョロと周囲をうかがったけど、夜のお屋敷は静かなもんで、耳ざといエマちゃんが飛んでくるなんてこともなかった。……ふう。よかった。
《……健人さん。先日わたくし、言いましたわね。『この戦争に一段落がついたら、元の世界に戻ること、宗主さまに相談してみるのはいかがでしょうか』と》
《ああ、うん》
シルヴェーヌちゃんは、そこでものすごく長いこと沈黙した。
それで俺が思わず「急に回線が切れちゃったのかな?」って疑い始めたころ、やっと言った。
《……健人さん。やめましょうか?》
《え? なにを》
《わたくしたちが、もとの体に戻ることです》
《ええっ!? でも──》
《だって健人さん。クリストフ殿下がお好きでしょう?》
《あっ、ううっ……》
どすんと胸のところに、ぶっとい矢が突き立ったみてえな気がした。
まさにどストライク。
今までで一番のストレートな痛みが走る。
《そ、んな……。そんなこと──》
《ごまかさなくても結構ですわ。……というか、どうかわたくしには本当のことをおっしゃって。わたくしだけには》
シルヴェーヌちゃんの声は静かだ。
とても落ち着いていて、同年代の女の子だなんて信じられねえぐらい。
俺は息が苦しくて、まともに呼吸もできなくなった。とても寝転んでなんていられなくてベッドから飛び起き、窓辺に走ってバルコニーに出る。
ほとんどまんまるに近い月が、煌々と公爵家の中庭を照らしている。夜風は涼しくて、今の火照った顔をした俺には気持ちが良かった。
《なんで……。なんでそんなこと、言うんだよ》
思念だけど、俺の声は震えていた。めちゃくちゃに。動揺するまいと思えば思うほど、俺の思念はきっと揺れに揺れて、ダイレクトにシルヴェーヌちゃんに届いてしまったはずだった。
俺はぎゅっと唇を噛んだ。
……そういうとこ、嘘がつけねえのが困るよな。この方法って。





