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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第三章 なにがあっても拒否ります
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8 皇后宮へ出発です


 その日の朝。

 例によって、俺はまだ暗いうちからエマちゃんに叩き起こされた。


「なにい? エマちゃん、まだ暗いんだけど~」

 と目をこすりながら文句をたれまくりの俺を、エマちゃんは

「なにをおっしゃってるんですか! この時間に起きても間に合わないぐらいなのですよ?」

 ってめちゃめちゃ怖い目でにらんだ……。

 なんでよー。理不尽だー。

 そして女の子のマジな身支度、ハンパねえ~。


 まずは早朝の入浴。お湯にはなんだか豪華な感じのバラの香りがつけられていて、あがると香りのいいアロマオイルみたいなので念入りに体全体のお手入れ。髪の毛から足の爪の先まで完璧に整えられる。

 その後は凝った髪の編み込みやら化粧やらアクセサリー選びやらで大わらわ。これ全部で何時間もだぜ? 信じらんねえ。

 やっとドレスを着る段になったら、俺はもうすっかり今日のぶんのパワーを使い果たしていた。


「やっぱり、このお色がよさそうですね? お顔の色に映えそうですし」

 鏡の前でエマちゃんが俺の体にドレスをあてて見せてくれる。

「あー。んー。そうね~」

 俺は完全になげやりだ。鏡に映ってる目が死んでる。

「ま、どれでもいいよ。キレイだから」

 だってどうでもいい。あの皇子にキレイに見られる必要はこれっぽっちも感じてねえし、正直、皇后陛下に対して失礼な格好でさえなければもうなんでもいい。


 あの洋品店(ブティック)のキラキラ店長は、なかなかいい仕事をしてくれた。俺のテキトーなデザイン画からいろんなパターンを考えて、かなりの試作品を作ってきてくれたんだ。

 どれもとてもいい出来だったけど、俺は今回、シルヴェーヌちゃんの赤い髪色とエメラルド色の瞳に合わせて、ドレスはピンクから薄いオレンジのグラデーションのものに決めた。アクセサリーは基本グリーン系だ。

 すべての支度が整って、エマちゃんは少し俺から離れ、ほうっと溜め息をついた。


「……お美しいです。素敵です……!」

「え? ほんとに?」


 俺、半信半疑。

 でもエマちゃん、嘘は言ってないようだ。目が完全にハートマークだもん。なんかもうマンガみてえだなあ。

 とりあえず鏡を見つめて、「おお、やっぱ痩せるとドレスが映えるわー」なんて思ってたけど、実は俺にはこれが本当に美しいかどうかまでは判断がつかない。そりゃ、これだけエマちゃんが手を掛けて苦労して飾りたててくれたんだから、綺麗なんだろうとは思うんだけどさ。

 でも、エマちゃんはほとんど憤慨したみたいな顔で叫んだ。


「本当ですとも! いまこの瞬間、お嬢様よりお美しい方なんてこの国にはおられませんわ。いえ、この地上のどこにもですっ!」

「えー。それは言い過ぎでしょー」


 俺はけらけら苦笑しただけだったが、エマちゃんは「本当ですってば!」とどこまでも譲らなかった。


「わかったわかった。まあいいや。そろそろ皇子が迎えにくる時間だよね? 表に出てようぜー」

「はいっ」


 公爵邸の玄関を出ると、すでにそこにはきらびやかな皇宮のための馬車が止められていた。その前に、皇子としての正装をしたクリストフ殿下が立っている。時間よりだいぶ早い到着だったみたいだ。


(おおお……かっけえ)


 いつもの軍服とはまた違うけど、これまたイケメン度が増しますなあ。紺地の衣装に肩の金色のモールみたいなのとか、マントとか、めっちゃかっけえ。どこもかしこもビシッときまってる。

 いいよなあ、男はこういうカッコイイのが着られて。憧れるわー。

 あ、でも俺も騎士になれたら騎士服は着られるんだよな? 楽しみ。


 ってなことをぼんやり考えている間、皇子はっていうと、しばらくぼうっと俺に見とれていたらしかった。

 いや、まさかね? なんか他のことでも考えてたんでしょ。なにしろ考えなきゃなんねえことが山ほどある人なんだし。

 そのうち、皇子はハッとしたような顔になり、俺に向かってきれいな一礼をすると、こっちに手を差し出してきた。


「シルヴェーヌ嬢。本日は我が母の招待に応じてくださり、まことにありがとう存じます。お手数をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします」

 それからなぜか一拍おいて、溜め息をつくように言った。

「今日のあなたは、いつにも増してお美しい。この世に女神がいるならば、きっとあなたのようなお姿でしょうね」

「……あ、いや。言い過ぎですって~。いくらなんでも」


 そこまで言われるとさすがに照れるわ。

 思わずきれいに結った後頭部を掻きそうになったら、隣から狙いすましたようにエマちゃんにがしっと手首を握られちゃった。うへえ。

 皇子が目を細めてじっと俺を見つめてきた。


「とても素敵なドレスです。斬新なうえ、あなたによくお似合いだ」

「……はあ。そりゃどうも」


 うう、歯の浮くようなセリフのオンパレードだな。そんなのを次々にさらさら言うなっての。頭の中、どうなってんだか。

 まあ、貴族の連中がこういうことを言うのって、どうせただの礼儀みたいなもんだし、まともに聞くこともねえんだろうけどさ。


「さ、お手を」

「ありがとうございますー」


 気をとりなおして適当にニコニコ笑いつつ、俺は一礼を返して皇子の手に自分の手を乗せた。

 皇子はなぜか一瞬妙な顔をしたけど、すぐに表情をもとにもどして微笑むと、俺が馬車に乗るのをエスコートした。

 馬車はもう一台あって、そっちには付き人としてエマちゃんが乗る。


 公爵邸から皇宮までは、歩いても一時間程度だ。

 馬車は普通に走らせると自転車ていどの速さだから、三十分ぐらいで到着。まあ、馬を急がせることもできるんだけど、そうすると乗り心地が最悪オブ最悪になって尻が危険なことになるので、あんまりお勧めはできないっていうな。

 とはいえ、街の中はまだいいんだよ。一応、石畳で舗装されてるから。

 これが舗装なしの土と石ころだらけの道だと、ほんとうに尻がやべえことに……って、あんまりシリシリ言うのやめよう。俺、いまお嬢様なんだしな、一応。


 とかアホなことを考えているうちに皇宮の大門に入り、広大な庭園を抜けて、宮の入り口に到着。

 その間、尻やらなにやらとアホなことを妄想している俺を見ている皇子は、ひたすら幸せそうなわんこ状態だった……ってのは付け加えておく。これも一応な!


(ううっ……緊張するなー)


 シルヴェーヌちゃんの過去の記憶でわかっちゃいるけど、やっぱり皇宮の威容はハンパねえ。公爵邸だって相当なもんだけど、その上をいく豪奢なつくりだ。

 今回は特に、側妃がわの人間の目につかないようにするために、皇后陛下だけが使う「皇后宮」へ直接招待されている。

 皇子に手をとられて馬車から降りたところで、建物の方からひとりの男がやってくるのが見えた。


「あっ、ベル兄!」

「おー、やっと到着したなあ、シルヴェ──」


 言いかけてベル兄がぴたりと動きを止めた。

 なんか知らねえが、俺をじーっと見つめて固まっている。


(……んあ?)


 なんだこいつ。そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔してさあ。


「どしたの? ベル兄。なんか変なもんでも食った?」

「……って。いや待て。突然なにを言い出すんだよ、お前はあ!」


 あ、もどった。


「せっかくうまく上品なご令嬢に化けられてるんだから、話し方もそれらしくしないかよー」

「お。うまく化けられてる? ほんと? マジ?」

「はいはい、本当だからさ。もう行こうぜ。皇后陛下が、ずーっとお前をお待ちかねなんだからさ」

「うぐっ……。思い出させないでくれよお。緊張してんのにい!」

「はあ? お前が? 前のお前ならいざしらず、今のお前があ? なんかの冗談だろ?」

「ひっでえ、ベル兄! そういうレディーに失礼なこと言う口は、エマパパの素敵な裁縫技術で縫い付けてもらっちゃうぞー!」


 軽口をたたき合っている俺たちを、皇子はまたなぜか妙な目で見つめていたけど、すっと表情をあらためて「では、こちらへ」と建物の奥へといざなった。


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