6 ドレスを新調いたします
「ええっ。皇后陛下からのご招待ですか!? それは大変ですっ!」
例の話をしたらエマちゃん、開口一番こう言った。
俺はたぶんその時、かなーり変な顔になっていたと思う。
「ん? そりゃ大変っちゃ大変だけど……なにがそこまで?」
「なにがじゃありませんよ、お嬢様! まずはお支度。ドレスに靴にアクセサリーに……これは新調なさらないと!」
「えー? めんどくせえ。すでに持ってるやつじゃダメなの? いっぱい持ってるじゃん、テレーズやアンジェリクほどじゃないにしてもさあ」
「もうっ。またそんなことをおっしゃって。ダメに決まってるじゃないですかあ!」
「えー……」
俺がこれ以上ないほどめんどくさそうな顔になったら、エマちゃんがぷうっと頬をふくらませた。
あは、やっぱ可愛い。
可愛い子はなにやっても可愛いよなあ。
「ほかでもない皇后陛下にお会いするのですよ? 普通のお茶会とはわけが違います。これまで一度でもお召しになったものなんて、もってのほかです! むしろ陛下に失礼にあたりますよ?」
「えええ~。それはさすがにもったいなくね? ちょっと無理がありすぎね?」
「無理じゃありませんっ! むしろ公爵家のお嬢様として当然のことです、皇后陛下への礼儀ですう!」
ちなみに前に予告していた通り、側付きの子はエマちゃん以外全員解雇した。本来ならそういう場合、公爵家でみつくろったよさげな結婚相手の貴族の男子とかを紹介したりするもんなんだそうだけど、そういうのはいっさいナシ。
アンジェリクに踊らされちゃったんだとはいえ、やったことはかなりえげつないわけで、このぐらいは普通に許容範囲のはずだ。女の子たちの実家にも、そんなに迷惑はかけてないしな。
もちろん本人は親からめちゃくちゃ怒られるんだろうし、しばらくは社交界で悪い噂を流されるだろうけど。やったことがことだし、そのぐらいは我慢してもらわねえと。
そして。
エマちゃんは俺の一存で、メイドから侍女に昇格してもらった。
なんたって、俺の一番信頼する側近だもんな。
というわけで、今のエマちゃんは主人の俺ほどのグレードではないけど、一応シンプルなドレス姿になっている。メイド服は可愛かったし捨てがたかったけど、これはこれでとてもよく似合ってるんだよなー。
でもまあ下世話な話、お給金だってずいぶん変わるみてえだし?
エマパパやママがずいぶん喜んでくれたみたいだし、俺は満足。
平民の子が侍女になるっていうのはものすんごい破格の待遇らしいんだけど、俺にとってエマちゃんは文字通り別格だし。つぎに新しく入った侍女から、先輩なのに身分差のせいで見下されると可哀想だしね。さらに今後、ほかの子が入ってきたら侍女長になってもらおうと俺はひそかに目論んでいる。
新しい子たちについてはまだ書類選考中。今度こそちゃんとした子を選ばなくちゃな。
「お嬢様、このところのすばらしい努力の成果で、ずいぶん体形がお変わりになってらっしゃいますし。あらためて採寸なさって、新しいドレスをおつくりになったほうが、いまのお姿にもお似合いになっていいと思うんですけれど……」
「あー。なるほど」
要するに「だいぶ痩せた」と、そう言いたいわけね。うん納得。
確かに今のシルヴェーヌちゃんは、俺による朝晩の鍛錬の成果がしっかり出て、かなーり締まった体形を手に入れている。最初のころから考えると、もはや別人。顔からもぜい肉が消えたお陰で、ずいぶん人相が変わって見えるようになった。
(うーん。ドレスかあ……)
壁のでかい鏡をちらっと見て、俺は考えこんだ。
この間のコルセット地獄を思い出す。ってか思い出したくねえ。
今の女性たちのドレスは腰がきゅっとつまっててスカートがうわっと開いてるタイプが主流だ。めちゃくちゃ苦しいコルセットに、パニエっていうスカートを広げるための肋骨みたいな器具をつけ、さらにその上にごてごてと飾りのついた布の多いドレスを着るから、実はものすんごくかさばるし、重くなる。
これからこの国は夏に向かうんで、余計に暑苦しいだろうなーと。
想像するだにげんなりする。
俺としては、もっと軽くて涼しくて動きやすい服がいい。
「ねー。エマちゃん」
「はい?」
「ドレスのデザインってさあ。俺が服屋の人に口出ししてもいいもの? デザインのアイデアを出したりして、注文してもいいのかなあ」
「えっ」
エマちゃん、目を丸くした。
「お嬢様がデザインをされるんですか??」
「あいや……俺がするっていうよりもさ。あっちの世界で見たことがある形をなんとなーく絵にしてみて、なんとかそういうのを作ってもらえないかなーって」
「ええっ」
「コルセットなしにして、もっと楽に着られる服にしてもらいたいんだよなあ、個人的に。もうこれだけ痩せたんだし、コルセットなんざ要らねーだろうし」
「は、はあ……それは確かに」
俺はさっそく書き物机に座ると、羽ペンでさらさらっと絵を描き始めた。
姉貴もそういうのに興味があったみたいで、服飾の本とか持ってたしな。
確かフランスの、あの有名なマリー・アントワネットが、コルセットとかパニエとかをつけないで着るシュミーズ・ドレスとかいうのを流行させた……って書いてたような。ゴール・ドレスとも言うらしいけど。
あれは、もともと寝間着として着られていたシュミーズをちょっと飾り付けて派手にした感じで……こんなのかな?
「ああでもない、こうでもない」と色々描いてみた挙げ句、俺はそのうちの一枚をエマちゃんに見せた。
「どう? こんな感じの服。キレイだし、シンプルだし、楽だと思うんだけどなー」
それを見たエマちゃんの目が次第にきらきらしてきたのを確認し、俺はひとまず安心した。
よし。
今度は服飾職人さんたちにひと肌脱いでもらおうか!
◆
呼ばれてやってきた公爵家御用達の洋品店の店長は、見るからにキラキラした男だった。
年の頃は四十がらみ。自分自身が店の広告塔のつもりなのか、派手な上着に男もののアクセサリーに羽飾りのついた帽子に……と、いろいろごてごてと身にまとっている。いやごてごてしすぎだろ。
靴にまで、スパンコールみたいな光もんがいっぱいくっついている。ド派手だな~。
アイドルでもここまで派手じゃねえぞ?
俺なら頼まれたってこんな格好したくねーわ。
その人が、今は俺がテキトーに描き散らしたデザイン画を前に、すんごくむずかしい顔になっていた。
俺はその顔をのぞきこみつつ、恐るおそる説明している。
「あのー。まあ無理そうならいいんですけど。フリルとか飾りなんかはお任せで。でも、できたらこんな感じの、今よりずっと楽な着心地のドレスがずっと欲しくってえ」
「……あ、いえ」
男はぱっと顔をあげた。
なんだかびっくりしたような顔だ。
「技術的にはそれほど難しくないと思います。基本は夜にお召しになるシュミーズですし……。ただ、何度か試作品をつくってみる必要があろうかと思います。ですので、多少のお時間を頂戴しなくてはならないかと──」
「あ、それは心配しなくていいッスよ。ひと月ぐらいは待てますし、作った数だけちゃんと経費は払うんで」
「ま、まことでございますか」
「もっちろん」
それを聞いて、男はほっとしたようだった。なるほど。そりゃ商売人だもんな。気がかりなのはまずそこだよな。
「それにしても、お嬢様。このようなデザイン、いったいどのようにしてお考えになられたのでしょう」
「いや、単純に自分が楽したいだけなんスけどね」
けろっと答える俺。まさか「異世界の資料でこんなデザインの服を見たことある~」とか言えねーし。
「でもまあ、マジで寝間着に見えちゃうとまずいんで、そこはそれなりにおしゃれに、センスよく作ってもらえばいいんで。公爵令嬢としての品を損なうと、ママンにどちゃくそ怒られるし~。そのへんはお任せするんで!」
「は、はあ……」
「とにかく」
言って、俺はひとつずつ顔の前で指を立てた。
「まず『楽に着られる』! そんで『涼しい』、『動きやすい』! おれ……いやわたし個人はこの三つが満たされてりゃオーケーなんで」
「は、はい」
「あとはまあ、あんまりゴテゴテしてるのは勘弁かなあって。キラキラした飾りも控えめで。なるべくシンプルな感じのが好みなんで、そういう方向性でヨロ」
「さ、左様にございますか……」
服屋さん、なんとなくガッカリしている様子。
気持ちはわかるんだけど、しょうがねえ。
その後、ひととおり今のシルヴェーヌちゃんの体形をしっかりと採寸してから、キラキラ店長は帰っていった。





