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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第三章 なにがあっても拒否ります
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2 とりあえず軽~くお仕置き、いってみましょう


 翌日の午後。

 俺は自分の部屋に、シルヴェーヌちゃん担当の侍女とメイドたちを全員集めていた。自分はソファに座り、あとの全員は立っている。

 シルちゃんづきの侍女は三人。プラス、メイドのエマちゃん以下、本当は数人の専属メイドがいる。一応な。

 でも、みんな普段はほとんどこの部屋にやってくることすらない。入浴のときと、パーティがあるとかなんとかいう特別な日でもないかぎり。

 それはもちろん、シルヴェーヌちゃんが内気で優しいのと、アンジェリクからきついイジメにあっても何も言わない押しの弱さもあって超()められてたからだ。

 そんなわけで身の回りのことは、ほとんどエマちゃんが一手にやってくれている。本来ならありえない話だ。


(ふんっ。でもま、そういう奇妙な主従関係も今日で終わりだぜ)


 その根拠となるのはもちろん、クリストフ殿下から預かったこの《魔力の珠》だ。


「さてと。みんな集まったな……ですわ」


 俺は敢えてめちゃくちゃにこにこしながら彼女たちを迎え、じろりと見回した。たぶん目だけは笑ってないやつだ。これは姉貴譲りかもしれない。いやまちがいなくそうだろう。

 侍女たちも、エマちゃん以外のメイドたちも、なんとなく落ち着かない表情でちらちらとお互いの様子を探り合い、俺の表情を盗み見ている。

 この子たちにとって、こんなに堂々とした態度のシルヴェーヌちゃんは珍しいんだろな。

 そりゃまあそうか。今のこれはシルちゃんじゃないし。


「さっそく本題に入ろっか。みんな、これがなんだかわかる?」


 テーブルの上に()えた《魔力の珠》を視線で示す。いま、珠は一応天鵞絨(ビロード)でできた小さい座布団みたいなもんの上にある。でも、そこからはちょびっと浮かんだ状態でゆっくりと回っている。

 女の子たちはそれぞれにうなずいたり「はい」とか「《魔力の珠》ではないでしょうか」などと答えた。なるほど、さすがに貴族の娘ならこれが何かぐらいは知ってるわけか。どの子も目にしたのは初めてらしいけど。


「理解が早くてよかった。んじゃエマちゃん、カーテン閉めてくれる?」

「はい、お嬢様」


 エマちゃんがささっと動いて、大きな窓を覆うための長くて立派なカーテンをつぎつぎに閉めていく。

 やがて部屋の中は、隅にあるいくつかのランプの照明だけを残して暗くなった。

 女の子たちは、固唾を飲んで俺の様子をうかがい、今からやることを細大もらさず見ようと目を大きく見開いている。かなり緊張している様子だ。


「さてと。んじゃ、まずはこれを見てくれるかな、みんな」


 言って俺は、昨日もやったように《魔力の珠》を操作した。

 空中に映像が浮かび上がる。

 最初のうち、それは全体が灰色で、何が映っているのかよく分からない感じだった。たぶん《魔力の珠》が物陰にあって、そろそろと移動していたからだろう。

 映像は調度品の陰らしい場所から始まって、少しずつ明るさを増した。それとともに、ひそひそと低い声で話をする女の子たちの声が聞こえはじめた。


《……本当に、みっともないったらないわよね。あのウエスト! なにを食べたらあんなに醜く太れるのかしら?》

《ほんとほんと。どんなにコルセットで絞っても意味がないんじゃなくて?》

《公爵令嬢として恥ずかしくないのかしらねえ》

《まったくよね。こんなに綺麗なドレスを着たってしょうがないのに。ほんとうにもったいないわ》

《あーあ、私も早くこの仕事を終わらせて、アンジェリク様づきに配置換えしていただきたいわー》

《そうよねえ。アンジェリク様はお顔も広くていらっしゃるし。私たちにも、ちょうどいい結婚相手を探してくださるっておっしゃってたしね》

《さ、早くやってしまいましょ》


 部屋に響く、女の子たちの楽しそうな笑い声。ほんとうに好き放題だな。

 彼女たちの会話の内容も、その時の表情もばっちり記録されている。もちろん、いま目の前に並んでいる子たちだ。

 なんにも知らない人がこの笑い声だけ聞けば微笑ましく感じるかもしれない。だけど、これはそんなもんじゃなかった。どう甘く見積もってもだ。

 無礼で下品きわまりない。ましてやそれが、自分たちの主人のことなら大罪に問われてもしょうがないことだ。少なくともこの世界じゃな。

 それが証拠に、目の前の侍女たちやメイドたちの顔色がどんどん悪くなっていく。


「……こ、これは」

「まさか──」


 お互いの脇腹をこづきあいながら、なにかをヒソヒソやっている。

 俺は知らん顔をして、しばらく映像が流れるに任せた。場面はこれひとつだけじゃなく、ずっと古いものもあった。数年前のものからずっと記録されていたんだよな。


 シルヴェーヌちゃんに対する、ありとあらゆる嫌がらせとイジメの証拠。

 彼女が楽しみにしていたデビュタントの日、新品のドレスが置いてあった部屋での映像。侍女たちが手にした鋭いハサミが、ドレスをズタズタにしていく様子。

 彼女が飲むものに、奇妙な薬を混ぜている侍女の映像。

 プラス、シルヴェーヌちゃんの体形や性格のことを馬鹿にする、耳を覆いたくなるようなひどい言葉の数々。


(……ほんと、えっぐ)


 女の子の、愚かで汚い部分が満載だ。

 いやまあ、男にだってイジメはあるし、汚さと愚かさについちゃあどっちもどっちだとは思うけどな。

 最初にこの映像を見た時の胸のむかつきが、また俺のなかに再燃しそうになる。それをこらえて、俺はじっと笑顔をうかべたままでいた。……もちろん()えてな。


「さてと。実際はまだまだあるけど、これっくらいで十分かな。エマちゃん、カーテン開けてくれる?」

「はいっ」


 部屋がもとどおりの明るさを取り戻しても、目の前の女の子たちの顔色はいっさいもとに戻らなかった。

 青白い色からすでに土気色に変わってしまっている子もいる。ほとんど倒れそうな子もいるみてえだな。

 ……可哀想だけど──いや、ちっとも可哀想じゃねえか。

 それを言うなら、長年こんな目に遭わされ続けてきたシルヴェーヌちゃんのほうが何千倍、何万倍も可哀想だわ。


 俺は、まだ再生をつづけていた《魔力の珠》を操作して映像を止め、一度じっと女の子たちを見回した。

 そうして、ゆっくりと口を開いた。


「いまさら確認する必要もねえとは思うけど、一応きく。みんなの主人(あるじ)はこのわたしだよな?」

「…………」

「主人であるわたしを陰でこんな風に(おとし)めて、なおかつ主人の大切なものを損なってきた。しかもこんなに嬉しそうに。デビュタントのドレスはその最たるもんだ。これが重罪なのはわかってるよな? みんな」

「…………」


 女の子たち、死んだようにものを言わない。

 いや息ぐらいしろって。ほんとに死ぬぞ?


「なんか弁解したいことがあるなら、一回だけ聞いてやる。ただし、一回だけな」


 言って俺は、一度腕を組みかえた。


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