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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第二章 一念発起いたします
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5 試作品をためしてみましょう


「いーち、にーい、さーん、しー。いちにっさんしっ、にーにっさんしィ!」


 今日も今日とて、俺はひとりランニングをやっております。

 この掛け声は、うちの学校の野球部が使ってるやつ。

 これ、学校によって色々あるよな?「かーちゃん泣いてもがんばるぞー!」みたいなのとかさ。いや、かーちゃん泣かしたかあねえけどさ。


 あれからさらにひと月が経った。ランニングの足取りはだいぶ軽くなってきた。最初のころみたいに五分で息があがるなんてこともなくなって、かなりのペースで長時間走れるようになってきたし。

 実は最近、エマちゃんも一緒に走ってる。

 とはいえ、途中で抜けて飲み物の準備なんかをしてくれてるから、一緒なのは半分ぐらいだけどな。

 エマちゃんに言わせると、俺の体はここのところ、明らかにほっそりとしなやかになってきているそうだ。


『急に痩せてしまわれたら、皮膚にたるみが出てまずいとお医者様もおっしゃっていましたから……。このぐらいがちょうどよいかもしれませんね』


 うん。確かに皮がダルダルのブヨブヨは勘弁してほしいから、俺も。

 しっかり筋肉つけて無理なく痩せていってるから体調も悪くないし。

 なかなか、イイ感じ!


「いちにっさんしっ、にーにっさんしィ!」


 結局、あの後ある程度の金を支払って、俺とヴァラン男爵家との婚約はチャラになった。バジルのパパは最初こそ激怒したらしいんだけど、俺の提示した違約金の額を聞いたとたんにぺろっと手のひらを返したらしい。

 やれやれだぜ。

 よかった、相手が商魂を優先してくれて。


 それから。

 あれから俺はエマちゃんのパパが経営している下町の小さな皮革加工の店に出向いて、あれこれと試作品を作ってもらえるように交渉した。もちろんエマちゃんも同行した。

 エマちゃんのパパは、思った通りの温厚そうなおっちゃんだった。

 でも経営はけっこう大変そうで、だからこそエマちゃんは家計を支えるために貴族の家でメイドをする道を選んだわけだな。


『こ、これはなんでしょうか、お嬢さま』

『えっと、こっちが一応「ボール」で、こっちが「グラブ」っていうんだけど──』


 「野球」というスポーツのなんたるかを簡単に説明して、どんなボールが欲しいのか、どんなグラブを作ってほしいのか、俺はまた色々と絵をかいたり身振りを交えたりしてパパに説明をしたわけだ。

 実は野手とピッチャーのグラブだけじゃなしに、キャッチャーが使うキャッチャーミットも欲しかったので、ついでにそれも説明してみた。


『もちろん、報酬は十分支払います。仕事の合い間にちょっとずつでもいいので、なんとかお願いします! これ、このとおり!』


 俺がいま出せる金額を提示してぺこっと頭を下げたのを見て、エマちゃんのパパは度肝を抜かれたようだった。


『めっ、滅相もないことです! 公爵家のお嬢様にそのような……どうか頭をお上げくださいっ』

 俺は頭をさげたまま、片目だけでちろっとパパを見た。

『あのう……作ってもらえるんでしょうか』

『もちろんですとも!』


 パパは笑って言ってくれた。

 娘のエマちゃんとも目を見合わせてうなずいている。


『お代もこんなに頂けるなんて、夢のようです。少しお時間は頂いてしまいますが、誠心誠意、やらせて頂きます』

『うわあ! マジっすか? ありがとうございます、エマちゃんのパパー!』


 思わずどすーんって抱きついたら、めっちゃびっくりされた。それに俺、そのままこの体重でパパを押しつぶしちゃったし、わははは。



──てなわけで。


 なんと俺は今日、試作品のグラブとボールを手にしているのだー!

 おお、いい色、そしてツヤ!

 絵に描いて説明したとおり、エマパパは牛革や馬革なんかをいろいろと試して継ぎ合わせ、なんとかそれらしい形のものを作り上げてくれていた。

 グラブはエマちゃんと俺のためにふたつ。

 エマちゃんのパパも中庭の隅から俺を見ている。

 最初のランニングと準備運動が終わって、俺とエマちゃんはグラブを手にちょっと離れて向かい合った。


「んじゃっ、エマちゃん。投げるよー」

「は、はい……!」


 エマちゃん、ちょっと緊張してるっぽい。

 俺はまず、とてもスローなボールを投げた。弓なりに、ぽぉん、って。


「ほ~い。捕って、エマちゃん」

「は、はいっ!」


 右へ左へ、あわあわしながらグラブを上に構えて、すぽん。


「と……とった? 捕りましたあ、お嬢様あ!」

「おー。上手、じょうず~! そんな感じ!」


 俺、ぱちぱち拍手をする。

 エマちゃん「きゃあああ!」って嬉しそうに跳びはねている。かっわいー。


「んじゃ、今度は投げ返してみてー」

「はいいっ。え、えーいっ!」


 ひょろひょろっとボールが上がって、俺は余裕でそれを捕った。

 ふむ。グラブの感触、悪くねえぞ。今はまだ硬いけど、こなれてくれば柔らかくなるだろうし。


(でも……)


 俺は今度はバットを持って同じ場所に戻ってきた。

 バットはうちの管理員のおっちゃんによるお手製。あ、おっちゃんにはもちろん、手間賃としてお礼を渡してるよ? シルヴェーヌのこづかいからね。


「エマちゃん、ちょっとすみっこにいてね」

「は、はい……」


 ボールを軽く投げあげてバットに当ててみる。

 ぽこん。

 ぽて、ぽてぽて、ぽてん。


「うーん……?」


 俺、(あご)に手をあてて考えこむ。

 バットは問題なさそうなんだけど。

 なんか、アレだな。あんまり弾まないな、このボール。

 砂袋を打ったみたいな感触……。

 はじっこでずっと俺たちのやることを見守っていたエマのパパが、ものすごく真剣な顔でこっちを見ている。


「えーと。エマちゃんのパパ」

「は、はいっっ!」


 すっ飛んできたパパに、俺はまたあれこれと注文を出した。

 バットで打った時の跳ね具合。そのためには、芯やその周りにどんな素材を使ったらいいか、ちょっと考えて欲しいってこととか。

 パパは真剣な目をして色々とメモを取り、「では、また次の試作品を作って参ります」と言い、ふかーくお辞儀をして帰って行った。


(……あれ?)


 それと入れ違いになるようにして、複数の人影がやってくる。

 その中に思わぬ人の顔を見つけて、俺は首をかしげた。


「おーい、シルヴェーヌ。なにやってんだお前」

「……ベル兄?」


 そう。一人はベル兄。

 けどなんかもう一人、すげえイケメンが歩いてくるんだけど。

 ベル兄と同じ騎士団の軍服を身にまとったひとりの青年。

 癖のない黒髪に、涼しげな蒼い瞳。


 あれ、だれ……???


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― 新着の感想 ―
[一言] ランニング(軍ならミリタリー)・ケイデンスですね。 ハートマン軍曹の真似はダメだぞ! 公爵令嬢が歌っていい歌詞じゃないぞ!w
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