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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第十二章 もとの世界へぶっとびます
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2 そこは自分の部屋でした


 目を開くと、まず低い天井が見えた。

 それから見慣れたシーリングライト。

 ゆっくり顔を動かして、周りを確認する。


 何年も見知った景色。枕元に目覚まし時計があって、窓際に勉強机や本棚があって、机の上に教科書やキズだらけのスマホがあって。

 自分のベッドから見える、いつもの景色だ。

 でも、いつもとちょっと違うのは、俺自身がそれをとても懐かしく感じてることと、いつもならもっと雑然としている六畳間が、妙にきれいに片付いていることだった。

 気のせいか、ちょっといい匂いまでする。

 カーテンのかかった窓の向こうからは日の光がさしている。時計を見直すと、七時半をさしていた。


「うう……っ」


 最初はもっと体が動かないかなと思ってたけど、全然そんなことはなかった。むくりとベッドの上で上体を起こし、ゆっくりと伸びをしてから部屋の隅の鏡を探す。

 前のとおり、細長い長方形の鏡がそこにある。

 ゆっくりとその前に立った。


「……もどって、きた……かあ」


 顎をちょっと撫でたら、うっすらと伸びた無精髭が指に触れた。

 ぬぼっとした普通顔。日焼けした高校球児としての体。どこといって特徴のない、イケメンでもなきゃブサメンってほどでもない、「田中健人」がそこにいた。

 それからこれはナイショだけど、ほんのちょっとだけパンツの中を覗いて、これまた懐かしいものも確認した。

 え、わかるよね? 男の子だったらみんな、わかるよね……??


「シルちゃん、無事にあっちに戻れたのかなあ──」


 なんか、自然に溜め息がでる。

 どうしてかわかんないけど、体の中がみんな空洞になっちまったみたい。

 こっちに帰れたことは正直うれしい。マジうれしい。けど、でも……なんか、失くしちまったものの方がずっとでかいような気がして、ちっとも喜びたい気持ちにならない。

 鏡の中のフツメンが、すん、と鼻の下をこすった。


  と、その時。

 「スターン!」と部屋の扉があいた。


「うぎゃっ!?」


 飛びすさった拍子にベッドにつまずき、あっけなく仰向けに倒れた俺を、懐かしい女の顔が見下ろしていた。懐かしい。でも小憎たらしい顔。年頃の弟の部屋にノックのひとつもしねえで乗り込んでくるのは、この人の通常モードだ。

 俺の実の姉、聡子(サトコ)

 普段着にしているグレーのパーカーと短パン姿。相変わらず化粧っけはない。重度の近視で、家では大抵メガネをかけてる。


「おーおー。ほんっとーに戻ったのねアンタ。つまんなっ」

「つまんなってなんだよ。シツレーな!」


 第一声がそれかい! ひっでえな。やっとのことで戻って来た実の弟に対して、それはねえべ? さすがにねえべ?

 手にした齧りかけのメロンパン──あっ、いいなあ。超懐かしい。俺も食いてえ──をもぐもぐやりながら、姉貴が遠慮のない動きで机の前の椅子にどかりと座った。


「しょーがないでしょ? シルヴェーヌちゃんの方が、あんたの何万倍も可愛くて賢くて、使える子だったんだもん」

「いや、そこは否定しねーけどよー」


 それにしたってひでえじゃん。さすがは姉貴だ。

 唇をとんがらしてふくれていたら、急に姉貴の目が優しくなった。


「いや。でもよかったじゃん、無事に戻れて。おめでと、健人」

「あ……うん。いや……」

「体とか、どっか異常はない?」

「あ、うん……。特にはねえよ」


 ぼりぼり後頭部を掻く。なんか調子狂うな。

 それから姉貴はちゃきちゃき動き回って、一応俺に体温を計らせたり、体に変調がないかどうかを確かめた。

 こんな風に心配されるの、ガキのころ以来かも。なんだかんだ言ってもやっぱり姉貴は姉貴なんだな。照れくさいのとちょっと嬉しいのが混ざりあって変な感じ。


「うん、良かった。成功したみたいじゃん」

「シルヴェーヌちゃんも、ちゃんとあっちに戻れてっかなあ」

「大丈夫なんじゃない? てか、あっちの少年魔王が自分のプライドにかけても成功させんじゃないの」

「は? 魔王って……そんな話まで聞いてんの? 姉貴」

「もーちろんよ!」と姉貴は胸を張った。「あたしとシルちゃんは、もはや無二の親友。いや戦友といってもいい仲ですからねっ!」

「戦友って……。ま、まさか」


 それはあれか? もしかしなくても俺と皇子のBL本の関係だったりするのか?

 姉貴がニヤーッと目を細めて、嫌な予感が的中していることを知る。

 うあああ。最っ悪。


「あのなあ! シルちゃんからちょこちょこ聞いてたけど、俺と皇子のことネタにすんのはやめろよなっ!」

「あらなんで? 別に実害はないじゃん。すでにかなりの文字数になってるし、友達の評判もいいし、このままあたしの今年のオリジナル本にして夏コミに持っていく予定だけど?」

「はあ? やめろっつうの! ふざけんなよっっ」

「ラストがハピエンじゃないのだけは気にいらないけどさあ。そこはあたしの筆力でちょちょいと色つけちゃおうと思ってるから安心して?」

「はああ? なにを勝手に──」


 ばちこーんとわざとらしいウインク飛ばされたって、一ミリも響かねえぞ。

 てかマジやめろ。人の恋愛、勝手に同人のネタにすんなあ!



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