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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第十一章 両国を巻きこんで動きだします
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11 悲しい悲しいさよならです


 しゃくりあげる声がいっそう大きくなった。


「戻ってくるシルちゃんのことも、俺と同じ……いや、もっともっと優しくしてあげてくれよな。頼むよ》

《はいっ。も、もちろんです……っ》

「パパンもママンも、ベル兄も、お願いな」

《当然だろ。あいつは我が家の家族なんだからさ》


 ベル兄はどこまでも爽やかに笑ってる。かっけえ兄貴だ。


《ほんとにありがとうな、ケント。お前のこと忘れないぜ。こっちの騎士団のみんなと、それから庶民のチームとも、これからもヤキュウを楽しむわ。そのうちチーム戦なんかも企画すんぜっ》

「マジで? やったぜ。ありがと、ベル兄っ……!」


 それいい! それ、俺的には胸アツなシチュエーション!


《あっちに行ってもお前は俺の妹……いや、弟だからな。いいもの教えてくれてありがとうな。色々楽しかったぜ。あっちに行っても元気でな》

「……ありがと、ベル兄」


 俺はぐっと嗚咽をこらえた。

 本当にいい兄貴だ。あっちの俺にも、こんな兄貴がいればよかったなあ。

 本当は「騎士団のみんなによろしく」って言いたかった。けど、第一騎士団はベル兄を除いてほとんどみんな死んじまったから、それは言えない。


 それに、俺が本物のシルちゃんじゃなかったことは、私的な会談の場にいた人たちしか知らされてない。もちろん緘口令も敷かれている。これからも、このことは秘密にされるらしいし。

 ちょっと寂しいけど、こればっかりはしょうがないよな。


 パパンやママン、それからエマちゃんにもいっぱいお礼とお別れと「シルちゃんのことよろしくな」を言って、とうとうみんなは名残惜しそうに皇子の部屋から出ていった。

 急に周囲が静かになった。


「皇子……いや、クリス」


 返事はない。聞いてるんだろうけど、こっちに聞こえてくるのは耳が痛くなるような沈黙ばかりだった。


「その……。お疲れ様」


 ほかになんて言ったらいいかわかんなくて、やっとそう言ってみた。けど、皇子はやっぱりしばらく沈黙していた。


《本当に戻ってしまうのか……? ケント》


 捨てられた子犬みたいな声。胸がずきりと痛む。


「……うん。シルヴェーヌちゃんのためにも、俺は戻らなきゃ。それに、これはもう俺たちだけじゃなくて、帝国のためでもあるんだし。そういうことになっちゃったわけだし──」


 頑張って明るい声を出そうとしたけど、たぶんそれは失敗している。


《ケント。私は……いやだ。そなたと離れたくない》

「クリス……」


 ぐっと喉がつまった。

 俺だってそうだ。めちゃくちゃそうだ。

 もうここまできたら、男同士だからとかなんとか、そういうの全部超越したとこで、俺はこの人が大好きになっちゃってたから。

 許されるもんなら、この人と一緒にいたい。ずっとずっと一緒にいて、一緒に笑って、一緒に泣いて、ときどきケンカなんかもしてみたい。


 ──でも。


 あっちの世界に戻りたい気持ちも本当だった。あっちで元の仲間と野球やって、甲子園を目指す。そのために何年も一緒に練習してきたんだからな。

 それに、シルヴェーヌちゃんはちゃんとこっちに戻してあげなきゃ。そのためにはこの体が要るし、だったら俺はこの体を明け渡さなきゃいけないし。


「ごめんな……クリス。ほんとにごめん。でも、こればっかはどうしようもない。……そうでしょ?」

《ケント──》


 俺は自分の声が涙でゆがむのを必死に(こら)えた。たぶん、やっぱり失敗していたけど。

 《魔力の珠》をぎゅうっと額に押しつける。


「好きだよ……クリス」

《ケント……!》

「俺もあんたと同じだよ。男だからとかなんとか、もうどうでもいい。俺も……俺も、あんたが好きだよ」

《…………》


 敢えて口角をひっぱりあげる。そんで、無理やり笑顔を作った。


「こんなこと言ってももう無理だけど……。あんたが皇太子になって、そんで……いつか皇帝になるの、見てみたかった……な」

《…………》

「きっとかっけえよな、あんただし。女の子はみ~んな、よろめいちゃうよな~。──見たかった……な」

《ケントっ……!》


 叫んだ皇子の声もやっぱりひび割れていた。


《愛してる。そなたがどこへ行っても。どんな姿になっていてもだ。これからもずっと……愛してる。ケント》

「ふへっ……うへへへ」


 もうダメだった。

 顔も声も、どんどんグシャグシャになっていく。

 視界が熱くゆがんで、膝のところにいっぱいぬるい染みができた。

 《魔力の珠》の上にも、気がついたらいっぱい(しずく)が落ちている。

 俺は手のひらの腹のところで、グシグシと力まかせに目もとをこすった。


(よかった……)


 むしろ、こうして離れてて。

 でなきゃ俺、もう脇目もふらないで皇子にしがみついちゃっていただろうから。

 「やっぱ離れたくない」ってワガママ言って。

 「もう会えなくなるなんてやっぱやだ」とか言って。

 皇子の顔を触って、髪を触って。

 抱きしめあって。

 それから、それから──


(……うん。ダメだ)


 だから、これでいい。

 シルヴェーヌちゃん本人の意思を無視して、この体で男に触ったり触られたり。

 そんなことしちゃまずいもんな。

 そんなのやっぱり、ダメだもんな。


「大好きだよ……クリス。俺も大好き」


 あいしてる。

 だけどそのものすごく掠れた言葉は、あっさりと《珠》の中に吸い込まれていった。


《ケ──》

「あっちに行っても絶対ぜったい、あんたのこと、忘れないよ……っ」


 ……愛してる。


 でも、さよならだ。


 本当にごめん。


 ごめんな……クリス。


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