7 そしてプライベートタイムです
「まあ、たとえ半分ずつに分けたとしても、そなたの魔力のもともとの強大さを考えれば十分な力となろう。重病人や重傷者を癒し、死んだ者の《魂戻し》すら可能だと思われる。同じ力を持つ『聖女』が互いの国にひとりずつ平等にいるという状況のほうが、今の不均衡よりはよほどマシだ。そうは思わぬか? 帝国の皇帝よ」
魔王の最後の言葉は、俺から陛下に向かっていた。
「そうなるならば初めて、魔族はそなたらとの停戦条約を結び、いずれは国交を開き、経済的な交流も視野に入れようと考えている。今のままではシルヴェーヌ嬢をなんの制約もなしにそちらに返すことは叶わぬぞ。もし、それでも戻すのだということならば、例えば魔力を制限するための強力な軛をつけるといったような話になるだろう。それでもよいのか?」
《よいわけはない》
答えたのはクリストフ皇子だった。
ようやく剣から手を放し、席についている。それでも顎のわきに浮かんでいる筋からして、奥歯を噛みしめているのが如実にわかった。
《シルヴェーヌの身柄は、できうるかぎり早く帝国に戻していただかねば困る》
「いやあの、皇子……??」
俺、焦る。
こんな場面で、当の陛下を差し置いて勝手に口を出すのは不敬なことだ。
なのに、この場でそれを咎める人はだれもいなかった。彼がシルヴェーヌのこ、こここ恋人で、ぞっこん愛してて、いずれは結婚まで考えていることは、すでに帝国のみんなの知るところだからだろう。
……うう、めちゃくちゃ恥っずいな、自分で言うと。
《まあ待て》
皇子を制したのは陛下だった。
《この件は一度、持ち帰って検討させていただくわけには参らぬか、魔族の王よ》
「それは構わぬが。あまり時間はとれぬぞ。……さてと。ということで、公式の会談はここまででよろしいかな?」
「……は?」
場の一同、目が点になる。
公式? ってことは、まだ私的ななんかがあるわけ??
「余と娘、そしてシルヴェーヌ以外の者は退室せよ。そちらも、皇帝と皇子と魔塔の御仁、そしてシルヴェーヌの家族のみ残るとよろしかろう」
《……いや。一体どういう──》
さすがの陛下も面食らってるようだったけど、やがてあっちの部屋からもみんなが退室していった。ちなみに「魔塔の御仁」てえのは宗主さまのことだったみたいね。
(……ふう)
俺は呼吸を整え、気合を入れなおした。
どうやらいよいよあの話が始まるようだ。《魔力分けの儀》についちゃあ初耳だったわけだけど、ここからの話は一応、俺もウルちゃんも事前に魔王からきかされている。
「単刀直入に訊くが。この場にいる者で、現在のシルヴェーヌのまことの状態を知らぬ者はどれほどいるのだ?」
《シルヴェーヌの、状態ですと……?》
陛下、困惑した顔だ。あと皇后陛下とパパンとママンも似たような顔。
皇子とベル兄、それに宗主様については、前に魔塔で話したときにこの事実については知らせたから、「ああ、あの話か」ってなぐらいの落ち着いた顔だ。
魔王はごくあっさりと俺の正体についてみんなにバラした。
《な、なんと──》
《シルヴェーヌ嬢が、異なる世界からの訪問者……?》
《本当は男で、娘はあちらの世界にいると……!?》
……とりあえず。
俺を含めた事情を知っている人間は、この人たちが落ち着くのをしばらく待たなくちゃならなかった。
でも魔王はわりとあっさり話を進めた。時間がもったいないらしい。
「ということで、だな。ここからはもう一人、この会談に参加してくれる者がいる。……さあ、もういいぞ。シルヴェーヌ」
言って魔王がぱちんと指を鳴らすと、巨大な《魔力の珠》が今までとはちょっと違った色で光りはじめた。
《ええっ》
《いま、なんと──》
あっちの人々が驚いているうちに、あの品のいい声が部屋に響いた。
《……お話の途中、失礼をいたします。シルヴェーヌにございます》
《な、なんと……っ!》
帝国側の人たちが一様に目をひん剥く。
パパンとママンは腰を浮かせ、ベル兄と皇子もびっくりした目だ。さすがに宗主さまは落ち着き払っていたけどな。
《皇帝陛下、皇后陛下にはまことにお久しゅうございます。マグニフィーク公爵家の二女、シルヴェーヌからご挨拶を申し上げます》
《シルヴェーヌ……? まことに本物のシルヴェーヌなのか》
《シルヴェーヌっ……!》
ママンが身を乗り出し、その体をパパンが支えた。
それからちょっとの間、シルちゃんはあちらの皆さんのために、彼女と家族しか知らないような情報を話して、自分が正真正銘のシルヴェーヌであることを証明してみせた。
《大丈夫なのですか、シルヴェーヌ。そちらで本当に困っていることはないの……?》
《ええ。大丈夫ですわお母さま。こちらでは、健人さんのお姉さまにずいぶんお世話になりまして──》
という親子なら当然の近況報告などなどが続く間、魔王はずっと、ほとんど「耳ホジ」せんばかりにめんどくさそうな顔をしてた。
「くあ……」
しまいには場もはばからずに大あくびだ。あのなあ。
「そろそろよろしいか? ご家族の納得がいったところで、話を先に進めよう。実はあまり時間がない。あちらとこちらの世界では時間の進み方がずいぶん違うらしいのでな。あちらが三倍速いのだ。話が長引いてはシルヴェーヌ嬢がお困りだろう」
《左様ですか。で、お話と申すのは?》と陛下。
「ほかでもない。ここにいる『ケント』とあちらの『シルヴェーヌ』の《魂替えの儀》だ」
《……!》
「これはなるべく早急に行わねばならぬ。しかもできるだけ秘密裏にな」
あっちのみんなが度肝を抜かれるのがはっきりわかった。
まあ、すでにそういう話をしていた皇子とベル兄、宗主さまは別だけどな。





