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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第十一章 両国を巻きこんで動きだします
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5 魔王がとんでもないことを言いだします


「さて。議論も白熱してきたところで、余からひとつ提案があるのだが。よろしいかな? 帝国の皆々さま」


 「議論が白熱」どころかいい加減煮つまってしまったこの場面で、魔王がゆったりと口を開いた。

 およそ「煮詰まった議論」に参加していた人とは思えないほど余裕の口調で。

 皇帝陛下がひとつ(まばた)きをする。


《ご提案ですと? それはいかような》

「決して楽な方法とは言えぬが。そちらとこちらの魔導士が力を合わせれば成し遂げられぬこともなかろう」

《ほう。なかなかに興味深い。お聞かせ願えるかな》


 陛下の声は落ち着きはらっていたけど、言葉どおりその目にわずかに興味を引かれた色が浮かんだのを俺は見た。


「古来より、《魂分(たまわ)けの儀》というものが存在するのはそちらもご存知であろう。そして《魂分け》が可能であれば、《魔力(マナ)分けの儀》も不可能ではないはず。無論《魂分け》よりは困難な術式ではあるが」

「《魔力分け》ですと……!?」


 ザワッと周囲に驚きと緊張のざわめきがおこった。こっちもだけど、あっちもだ。


《左様なことが可能なのか?》

《そんなことをして、シルヴェーヌは無事で済むのか!?》

《そうでございますよっ!》


 後半のはベル兄とママンの叫びだった。俺も完全に呆然としている。

 そんな話、はじめて聞いた。

 ほとんど本能的に皇子を見たら、彼も血の気のひいた顔で頬を緊張させ、やっぱり俺を見つめていた。やがてその口がゆっくりと動いて、押し殺した声が漏れでた。


《左様なこと……シルヴェーヌの身の安全が保証されぬ限り、到底承服できるものではございませぬ》

《そうですとも、殿下。わが娘に左様に危険なまねはさせられませぬ!》


 叫んだのはパパン。


「まあ聞け」


 魔王はサラッとそれらをいなして、自分の手元にあった茶を飲んだ。本当に落ち着きはらってるな。あっちもこっちも、場はしんと静まって視線が魔王に集中している。


「結局は、魔力と手際の問題よ。口幅(くちはば)ったいことを申すようだが、我らには帝国のそなたらよりも魔術の点で一日(いちじつ)の長がある。術式は古来より受け継がれてきた古文書にもあり、手順さえ間違わねば安全性はまずまず保証される。そのための伝承だからな。ただ、術者には大きな負担がかかることと、膨大な魔力が必要になるのは確かだ」

「…………」


 むこうもこっちも、ひたすら沈黙が続いた。

 宗主グウェナエルさまが不思議な目の色をして、ずっと魔王を見つめている。なにを考えてらっしゃるのかは、俺なんかにはわからない。やがて宗主さまが静かに口を開いた。


《事前にそちらの術式をこちらで確認することは叶いましょうか》

「秘中の秘だからな。それはなかなか難しい」

《では承服いたしかねます》


 穏やかに微笑んだような表情をいっさい崩していないけど、宗主さまの声は冷たく響いた。


「おいおい。それをお前が勝手に決めていいのか? そちらでは宗主というのはそこまでの権力者だったかよ」

《魔力と魔術に関するご意見番であることは確かです。詳しい術式の精査もなしに、生身のシルヴェーヌ嬢を危険に晒すなどは言語道断にございましょう》

《そ、そうです。娘の身の安全を保証していただかねば、とても──》


 苦しそうにあとを引き継いだのはパパンだ。後ろでママンも「そうですともっ」とハンカチを握りしめて(うめ)いている。

 やがて陛下が重々しく言った。


《グウェナエルの申し条はもっともである。そちらにはどうか、我々が決定を下す前に《魔力分けの儀》についての術式の開示を求めたい。重々、ご検討いただけまいか》

「うーん……」


 「めんどくさいな」と言わんばかりの顔で魔王が苦笑している。相変わらずの二十代の超イケメンづらだけど、雰囲気は老成した恐るべき魔王以外ではありえない。

 俺、恐る恐る手をあげてみた。


「あの~。発言、いいッスか」


 実はさっきからとある疑問を覚えていたんだよな。これだけは聞いておきたかったんだ。


「なんだ、シルヴェーヌ。なんでも申してみるがよい」


 魔王が変に優しい目でこっちを見た。声も優しい。

 なんだなんだ? こんな態度、初めてだ。なんか背筋がぞぞぞっとしたぞ。


「え、えっと。《魔力分け》ってのをやったとして、俺の魔力が半分になる、ってことはまあわかるんスけど」

「ああ、そうだな」

「んじゃあ、残りの半分ってどーなるんスか? どっか行っちゃうってことじゃないんでしょ?」

「ああ、それか。ことは簡単。我が娘に分け与えようと思っている」

「ええっ!?」


 思わず声をあげたのはウルちゃんだった。魔王のたった一人の娘ですら、これは初耳だったらしい。

 魔王はなんか腹たつぐらいのニコニコ顔だ。


「よい考えではないか? これで互いの国に《聖女》がふたり生まれるわけだ。もとのシルヴェーヌほどではないにせよ、ともかく同等の《癒し》の力をもち、互いの国民を救うこともできる。両国の力の均衡にも寄与するであろう?」

「……はあ。なるほど、そーゆーことを考えてたんスね」

(しか)り」

 魔王、ふははっと楽しそうに笑った。

「どうだ、《奇跡の聖女》としてはそれは不満か?」

「え? いや、ええっと……」


 いや、ちょっと待ってよ。話の進みが急に早くなりすぎてね?

 俺、ちょっと考え込んじゃった。



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