12 ついに秘密兵器の登場です
「待った! そこ、ちょっと待ったあああ────!!」
気がついたら、もう大声で叫んでいた。
だって、もういい。
もうたくさんだ。
これ以上ムダに殺すな。
これ以上、だれかを傷つけんなよ……!
周囲を見回っていた兵士と魔導士たちは、ごく自然に魔王を見上げた。ちょうど、指示をあおぐみたいに。
まあ当然だ。俺は別に、彼らに命令できる立場じゃない。っていうか、ただの捕虜なんだしな。逆にこれだけ優遇されてることが変なんだよ。
魔王は軽く肩をすくめた。
「よい。その者の言うとおりにしてやれ」
「は、ははっ!」
いわゆる鶴の一声だ。
ドラゴン隊の連中は、即座に動いた。驚くほどの素早さで魔撃跡から引いていき、場には俺だけが残る。焦げ臭く生暖かい風が吹き上げてくる。
「だが、どうするのだ? 帝国の姫よ」
珍しい呼び方をするなと思って見上げると、魔王はやっぱりこっちを見てすらいなかった。その視線は、戦場のさらに西方、ずうっと遠い場所にじっと向けられているみたいだ。
「のんびりしている暇はないようだぞ。新手がこちらへ迫りつつある」
「新手? マジかよ」
その通りだった。
まだずっと遠くにいて魔王の魔撃を逃れた奴らが、また地響きと土煙をたててこっちへ向かってきているんだ。やっぱり、何千という魔獣の群れだ。
空気そのものが怒りと食欲と興奮の入り混じった「殺意」になり、強引に吹きつけてくる。
だけど魔王の声は、可愛い子犬の群れでも見てるみたいに楽しげだった。
「いい加減、そろそろ胸のそれを披露すべき時なのではないか? 後生大事にいつまで隠しておくつもりなのやら」
「って、おい──」
(ちっ。やっぱ気づいてたのか)
まあ当然か。
てか、魔族が「後生」がどうのこうの言うもんなのかなあ。それ仏教用語じゃなかったっけ。変なの。まあどうせ、俺に分かりやすいようにまた都合のいい翻訳がされちゃってるんだろうけどさ。どうでもいいけど。
なんか、こう言われてから「それでは仰せの通りに」とばかりに取り出すのも癪な気がしたけど、今はそんなことを言ってる場合じゃない。
ドットに頼んで少し上昇してもらい、俺は鞍の手綱を自分のベルトにくくりつけた。そうして軍服の胸元から、ずっとそこに入れていたとあるものを取り出す。
それは、俺の小指ぐらいの長さの、小さな木の棒だった。
宗主さまに教えられていた通り、口のなかで《解除》の呪文を唱える。
途端、棒がにょきにょきと大きくなりだした。
(……ああ。やっぱキレイだ)
美しいライン。俺の手にしっくりくる、絶妙な太さのグリップ。ぴったりジャストな重心のバランス。
それは、エマちゃんのパパに頼んで作ってもらった、特注のバットだった。前に宗主さまに頼んで《縮小》の魔法をかけてもらい、ずっと持ってたんだよな。
俺はふたたび低い声で《保護》の呪文を唱え、バットにシールドをほどこす。
それから、片手をあげて魔力球を生成しはじめた。
「おお」
「あれは……?」
「あんな色の魔力球ははじめて見るぞ──」
兵士と魔導士たちの驚嘆の声がうっすら聞こえてきたけど、今はとにかく集中だ。
魔力球は野球のボールよりもはるかに大きくなっていく。野球ボールサイズじゃ、この状況には対応できないからだ。
明るく白く輝きながらも、オーロラみたいに七色に光っている。火傷するみたいな熱さはないけど、代わりにほっとするみたいな温かさを湛えている。
十分に球が育ったところで、俺はノックをやるときと同様、少し球を上に投げ上げてから、両足を踏みしめて振りかぶった。
救わなきゃなんねえ。
とにかく、これ以上の殺戮は止めなくちゃ。
「う……おおっ」
ギイイィン、と音を立ててバットが球に食い込む。
でも弾き飛ばすまではいかない。
それだけ球自体の力が大きいからだ。
「ぐうっ……う、おおおおおっ……!」
奥歯が軋る。手のひらが灼けるようだ。
それでも球を跳ね返すことができない。
ドットも必死でその場にとどまろうと、しきりに翼を動かしてくれている。
頭の芯がクラクラする。
凄まじいプレッシャーだ。
それでも俺は踏ん張りつづけた。
──逆転サヨナラ満塁ホームラン。
ここで出さなくてどーするってんだよ、俺!
口の中に、なにか鉄の味がする。どこかから出血しているんだろう。だからって構っているヒマはない。
「ううっ……ぬうう……ぬわりゃああああああ────ッ!!」
最後にとうとう、渾身の力で振りぬいた。
魔力の光球がぐうん、と周囲の空気を歪めながら突進する。
それはまっすぐに突き進み、魔王が作った血と炭の殺戮現場と、迫りくる魔獣たちの真上で一度ぴたりと静止した。
虹色の光が放散される。
あまりの眩しさに、目の見えるもので堪えられた者はいなかっただろう。
それから不思議に、ひらひらと輝く雪みたいなものが、戦場一帯に舞い散りはじめた。





