10 西の果てで目にしたものです ※
※残酷描写があります。
ドットは驚くほどスムーズに飛行した。まさか、赤ん坊になる前の記憶が残ってるってわけじゃないと思うんだけどな。
俺が「右へ」「左へ」「上へ」「下へ」と言うだけで、余裕の顔で言うとおりに飛んでくれる。
ためしにと思って、ちょっと心の中だけで言ってみたら、なんとその通りに動いてくれてびっくりした。
でもこれ、魔王に言わせると「当然だろう」ってことらしい。「主人と竜は心でつながっているのだから」だってさ。
ほーん。思った以上にすげえことなんだなあ。
当のドットはって言うと、終始得意げだった。
俺の言うとおりに軽々と全部やってみせてから、巨大になった目でチラチラとこっちを見ている。それがわかったんで、俺はもうベタ褒めしてやった。
「すげえ! ドット最高! めっちゃ賢い、めっちゃかっけえ! 世界中で一番かっけえドラゴンだ、トップ・オブ・トップ!」って。
そりゃもうドットは大喜びだ。浮かれてビュンビュン飛びまくり、でかい図体で宙返りまでかますもんだから、俺は危うく振り落とされそうになったわ。
まったくよー。生きたジェットコースターかよ。
魔王のドラゴン隊が西方に向かうにつれて、きれいだった青空が次第にくすんでくるのがわかった。なぜかはわからない。でも、確かに空気のなかにピリピリと肌を刺すような緊張が漲っているのがわかったんだ。
魔族の国の西側は、北側よりもさらに荒涼としていた。森や草原の緑がなんとなく重苦しいものに見え、遠目にも畑が荒れ果てているのがわかる。
畑に出ている魔族の民たちはまばらで、建物の陰にうずくまっている小さな影がときどき見えたぐらいだった。
いったいどうしたんだろう。ほかの地域はここまでひどい感じじゃなかったのに。
と、隣を飛んでいたウルちゃんが自分のドラゴンをこっちに寄せてきて言った。
「このあたりは、長年の飢饉に見舞われてかなり土地が痩せてしまっております。働くものも多くが餓死したり、病にたおれたりし、人口も激減してしまったのです」
「そ、そうなの……」
「ええ。それは国境の向こうがわも同じことだったようですね。こうして定期的に、魔獣たちが防御シールドを越えてなだれこんでくるようになってしまいました。……食料を求めて」
食料、というところに意味深な強調をつけて、ウルちゃんは苦しげな顔でうつむいた。
ハッとする。
「え、それ……って」
だって、魔獣には肉食のやつが多い。食うものがなくなって、食料を求めてこっちへ入ってくる、っていうのはつまり──
ウルちゃんはいつになく暗い瞳を俺に向けた。
「……こちらでは、親を亡くした子、子を亡くした親、恋人やつれあい、友人を亡くした者が大勢いる、ということですわ」
「…………」
絶句した。
ドットの背中で酔うことはなかったのに、急に胃のあたりがむかむかしてえずきそうになる。
……そうか。ここはそんなに厳しいのか……。
それはきっと、俺みたいにぬくぬくと育って、今は貴族の令嬢になっちゃってる人間には想像のできない苦しみに違いない。
「このこともあって父は、ずっと王座を襲うことを、躊躇いつつも考えてきたのだと思います。為政者の失政は、身分の低い弱き民たちを誰より一番に苦しめますから」
「……うん。そーだよね」
ウルちゃんはふと黙って、俺の表情を探るようにしばらく見ていた。でも、すぐに表情をきりっとあらため、前を向いて前方を指さした。
「さあ。そろそろ見えて参りましたわ。あそこです」
皮肉なほどきれいな青空に白い雲が流れている景色の向こう。
その地平線のあたりが変に茶色く霞んで見えた。なんとなく、そこだけココアパウダーをパッとふりかけられたみたいに。
(え……)
ドラゴンたちが近づいていくにつれ、次第にそれがなんであるかが分かりはじめる。
「ううっ……!」
俺は思わず口を覆った。
そこには、人に飼われているのとは違う、完全に野生の魔獣どもが、ひしめきあって動き回っていた。
大きいのも小さいのもいる。種類も色々だ。
ねじれたでかい角を生やした牛頭の巨人。トラみたいな姿をした翼のある生き物。ドラゴンはいないみたいだったけど、爬虫類系のは色々いる。そのほか、ありとあらゆる種類の魔獣がそこに集まっているようだった。
魔獣たちは、しきりに地面のあたりを腕で掬い上げたり、噛みついたりしている。
それから、かすかな悲鳴と激しい咀嚼音がバリバリと──
「ヒッ……」
今度は思わず目を覆った。
奴らが奪い合い、追いかけまわし、捕まえては食いちぎっているモノ。
……それは、やせ細った貧しい身なりの魔族の人々だった。





