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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第十章 問題解決に向けて突っ走ります
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9 びっくりの巨大化です

 異変の(しら)せが入ったのは、そこから十日ほどあとのことだった。

 俺がいる部屋は朝から静かなもんだったんだけど、魔王城の中がなんとなくざわついているのが、俺にでさえも「空気で」わかったんだ。これはもう、本当に「空気でわかった」としか言いようがない。

 いつもならもう少しゆっくりした足取りの使用人たちが、なんとなくせかせかした歩き方でドアの外を行ったり来たりしているのがはっきりわかった。


 そのうち誰かが何か報せにくるんじゃねえかと思って、俺はその日、朝からなんとなく騎士団としての軍服を身につけ、身支度をととのえて待ち構えていた。胸のポケットに例のものがちゃんとあるかどうかを確認する。

 うん、ちゃんとあるな。よしよし。

 ああ、別に軍服は汚くも臭くもねえよ? 

 洗濯は、基本的にウルちゃんや身の回りの世話についてくれてる人たちがしてくれることになってるんだけどさ。「これだけは自分の目の届かないところに持って行ってほしくない」って無理を言って、魔法で《洗浄》をしてもらってたから。


 じりじりと何時間も待った挙げ句、遂に魔王からのお呼びがかかったのは、午後もだいぶ回ってからのことだった。


「シルヴェーヌ様。父が呼んでおります」

「うん。すぐ行く」

「どうぞこちらへ」


 ウルちゃんのひと言で、俺はぴょんと部屋から飛び出た。もちろんドットもついてくる。ウルちゃんの表情はなんとなく冴えなかった。どこか緊張して、顔色が悪く見える。

 例によって魔王の執務室にいくもんだと思ったら、ウルちゃんは俺をそのままドラゴンたちの発着場へと連れて行った。

 少年魔王はそこで、出陣するときの装束を身につけ、黒いマントを肩に流して、あの黒いドラゴンの背の上にいた。体は小柄なのに、魔王は全身から物凄い威圧感を放っている。どこから見ても堂々とした「この国の魔王」で、ちっとも小さくは見えなかった。


「来たか。さっさと乗れ」

「ん? 乗れって、どこに」


 まさか魔王と一緒に黒いドラゴンに? それはちょっとごめんこうむりたい……と思ったら、魔王は意味深な目でこっちを見てにやりと笑った。


「……貴様。いい加減、実態どおりの姿にならんか」

「は?」

「使い魔のドラゴンごときに、余の目がごまかせると思ったのか」


 そう。

 魔王の目が見てるのは俺じゃなかった。俺の肩にとまって、いつもみたいにしれっとした顔をしているドットのほうだったんだ。


「え、ちょっと待ってよ。ドットはまだ子どもで──」

「ハッ! 子どもなものか」


 魔王はさもめんどくさそうに自分の長髪を払って腕を組み、くいと顎を上げた。


「ドラゴンは、肉のみならず自分の主人(あるじ)の魔力をも(かて)にする。魔力の多い主人を持てば、それだけ成長も早くなる」

「……え!?」

 なに? そんなの初耳なんですけど。

「そやつはもう十分、空を飛べる程度には成長しているはずだ。それを己が意思によって抑え込み、いつまでも子どものみてくれを維持していたまで。……そなたが、その姿の方を好んでいたがゆえだろう」

「えええ?」


 マジかよ。

 

「いつまでも左様に甘やかしておくな。そなたの使い魔なのだから、使役するのが当然である」

「べ、べつに甘やかしてるつもりなんて──」


 と言いかけた時だった。


「え……うわ!?」


 ドットがいきなり俺の肩から飛びあがると、五メートルほど離れた空中でくるんと一回転したんだ。

 つぎの瞬間。


「う、うおおおおっ!?」


 翼が、腹が、腕が、爪が。

 頭が、尻尾が、緑の瞳が。

 風船が膨らむみたいにぬうっと盛り上がって巨大化していく。

 赤く輝く鱗の面積が、見る間に座布団ぐらいの大きさになる。

 気が付いたらもうそこには、魔王の黒いドラゴンと遜色ないぐらいの大きさのりっぱな赤いドラゴンがどっしりと座り込んでいた。

 そう。

 それは最初に北壁で出会ったときの、あの大人のドラゴンそのものだった。


「ど……ドット? ほんとにお前、ドットか」

「グルグル、ギュルルウン」


 赤いドラゴンは面白そうに首を微妙に揺らしている。完全に遊んでるな。

 声は低くなってるけど、やることなすことドットそのままだ。

 なんだよ、こいつ。大きくなれるんなら、もっと早く言ってくれりゃあよかったのに!


「先日、そなたが娘の黒い竜をそやつの目の前で褒めたであろう? おおかた、それで気が変わったのであろうよ」

「は……はあ~ん……」


 なるほどね。

 なんとなく、ドットならやりそうだと納得する。あの時、なんだかんだ嫉妬してたもんな~、こいつ。

 とかなんとかやってるうちに、魔族の侍従や兵士たちが手早くドットの背中に人間用の鞍を設置してしまった。鞍なしで乗るにはちょっと怖いからな、ドラゴンは。


「それだけ心を共にしてきたドラゴンだ。初飛行といえどもさしたる問題はあるまいよ。……では、参るぞ」


 俺が鞍に尻を落ちつけたかつけないかってタイミングで、魔王はもう黒ドラゴンを高く舞い上がらせていた。黒い翼が凄まじい風圧を周囲を吹き飛ばしそうになる。

 でも、ドットは平気な顔だった。どうやらこいつは自分の周りに結界を張れるらしい。城のものは風で奥へと吹き飛ばされているのに、俺の髪はほんのわずかもそよぎすらしなかった。

 ウルちゃんはウルちゃんで、自分用の黒ドラゴンに乗っている。


「さ、参りましょう。シルヴェーヌ様」

「あ、うんっ!」


 ドットは苦もなく、魔王とウルちゃんのあとについて舞い上がった。まるでこれまで何度も飛行してきたドラゴンみたいに落ち着き払って。


(……まったく、こいつはよー)


「んで? どこに向かってんです? いったい何があったんスか」

「西方の国境……といいますか、魔獣の森から魔獣が溢れ出ているそうです」

「えっ?」

「我が国の国力の低下により、防御力がおちているところにつけこまれたのでしょう。本来であれば警備隊が撃退できるところなのですが……そこを突破された模様です。近隣の村々が襲われ、多数の死傷者が出ているとのこと」

「うわ。そりゃ、大変じゃん!」


 てなわけで。

 俺たちは急ぎ、魔王の国の西方を目指した。



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