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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第十章 問題解決に向けて突っ走ります
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6 ドラゴンチームで飛行します


 翌朝。

 俺は早朝から起き出した。身の回りの世話係の人たちがやってくる前にさっさと身支度を整え、部屋を出る。ドットはいつものように、当然の顔をしてついてくる。


「あっ、シルヴェーヌ様!」

「あ、おはよー。ウルちゃん」


 数名の侍女をつれてこっちへ向かって来ていたウルちゃんに出会って片手をあげ、俺の方からにっこりと笑いかけた。

 ウルちゃんは余計なことは何も言わなかった。俺の表情をじっと観察するような目をしただけで、品のいい一礼を返してきただけだ。


「おはよう存じます、シルヴェーヌ様。よきお目覚め、なによりにございます」

「ありがとうー」

「あのう……ご体調はいかがでしょう」


 うん。ウルちゃんは明らかに探りを入れてきている。まあ、控えめすぎるぐらい控えめな「探り」だけどな。

 一番背の高い本人は申し訳なさそうに背中を丸めているのに、うしろに立ってる魔族の侍女らしいのは胡散臭そうな目で俺をじろじろ盗み見ていた。ってか、まあこっちの方がフツーなんだろうけどな。

 俺はその視線をはね返すように、あえてにっこり笑って見せた。


「うん、元気だよー。んで、今日は俺、どんな仕事をすりゃいいの?」


 自分でも目のところが腫れぼったいのはわかってる。泣きすぎて頭まで痛い。こんなのはじめてだ。

 どんなに()()()()を出してみせたところで、ウルちゃんにはお見通しだろう。それもわかってた。

 ウルちゃんは気の毒そうな目で俺をちらっと見たけど、なにも言わなかった。その代わり、魔王が今日、俺に求めている仕事の内容を教えてくれた。





「うっひょお! すげえなあ……!」


 耳もとをビュンビュンと風鳴りが走っていく。うしろでくくった長い髪が、ひきちぎられそうに後ろへ吹き流される。


 朝食のあと、ウルちゃんは俺をつれて大きな黒いドラゴンに乗った。

 それはちょうど、ドットが小さくなる前みたいな、巨大で立派なドラゴンだった。翼も立派だ。一応、馬につけるみたいな鞍をつけられているんだけど、それがやたら小さく見える。黒光りしている全身の鱗がすんげえきれいで、めっちゃかっけえ。なんかもう、俺の語彙力のなさが悲しくなるぐらいだ。

 さっきまで落ち込んでいたこともつい忘れて、俺の目は美しいドラゴンに釘付けになっちゃった。めっちゃ興奮する。


「ふわあ……! かっけえ、すげえ! これに乗れるの? マジ最高!」

「ビュビビイ、ギギイ!」

「あ()って! なにすんだよー、ドット!」


 途端、側頭部をどげし、とドットにキックされて閉口した。

 見れば、なんとなく「ぷんすこ」みたいな顔でそっぽを向いている。

 たぶん嫉妬したんだろう。可愛いよなー。


 このブラックドラゴンは王族を乗せる特別な個体だから、もちろん十分訓練されている奴だ。そうでなければ大柄な魔族でさえ、近づいた途端にひと飲みにされたり、火炎だの雷撃だので丸焼きにされたりすることもあるらしい。ううっ、()っええ。

 要するにドラゴンはそれぐらい誇り高く、他種族には(なつ)きにくい性質なんだよな。唯一そうできるのは、ドットみたいに「赤子のころから親身に世話をしてやること」だけらしい。


「んで? どこまで行くんスか」

「もう少しです。北部の国境あたりまでご案内する予定です」

「ふーん……」


 魔王の命令だとは言ってるけど、今回はウルちゃんの意向も反映されているのかもしれない。ウルちゃんは俺のことを、敵ではあるものの恩人でもあると認識してくれているから、そんなに心配する必要はなさそうだった。ま、そんなに安心してちゃダメだろうけどな、俺も。


 眼下の魔族王国の景色がどんどん過ぎ去っていく。

 帝国に比べて、やっぱり農作物とか牧場とかの規模は大きくない。働いている魔族の人々の着ているものも、なんとなくおんぼろなのが多いし、子どもも痩せ細っている。

 魔王が言ったとおり、こちら側の国は貧しい地域が多いんだなと再認識させられた。


「さあ、そろそろですわ。降下を始めますので、鞍につかまっていてくださいませね」

「あ、うん」


 やがて黒いドラゴンがゆるやかに下降体勢に入った。

 俺たちだけじゃなく、後ろにはほかにもいろんな色や大きさのドラゴンたちが続いている。乗っているのは魔族の兵士や魔導士たちだ。そりゃまあ、魔王の娘と俺だけを遠くに行かせるなんてありえねえもんな。

 黒いドラゴンが目指しているのは、魔族の人たちが暮らすエリアからはだいぶ離れた場所だった。黒々とした深い森を麓にしたがえた、高い岩山のつらなりがどんどん迫ってくる。


 森の手前にある少し開けた草原に、ドラゴンチームは着地した。

 彼ら──いや、性別とか正直よくわかんねえけどなんとなくだ──は、でかいジェット機よりもずっと静かな着陸シークエンスを披露してみせ、俺はそのあいだ、ほとんどなんの衝撃も圧力も感じずにすんだ。

 反対に、彼らが降り立つと周囲の木々にぶわっと強い風圧がかかって激しく梢が揺れたのが見えた。そこにいたらしい鳥やら、翼のある小さな魔物が迷惑そうな声をあげて飛び立っていく。


「さあ、こちらです」


 ウルちゃんにうながされ、俺は赤っぽくて岩だらけの地面を恐るおそる踏みしめながら後についていった。


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