3 本当の理由を理解します
「ううう……」
「ぴぴい、ぴゅいぴゅいっ!」
やっとのことで朝餉の間から失礼して自分の部屋へ戻ったとたん、俺はその場にへたりこんだ。足がガックガクで言うことをきいてくれなかった。ドットがびっくりして頭の上を「アワ、アワワワ……」みたいな感じで飛び回る。
すぐ後ろから足音がして、ウルちゃんが飛んできた。
「大丈夫ですか、シルヴェーヌ様っ! どこかお具合でも……!?」
「あ……うん。ごめん、大丈夫……」
魔王の殺気にあてられて、今ごろ悪寒が襲ってきたなんてカッコ悪くて言えねえわ。いや、バレてるとは思うけどな。せっかく食ったうまい朝食を、今にも戻しちまいそうだし。ううっ、気持ちわるい。
「少し横におなりください。さ、わたくしにつかまって」
「あ、ありがと……」
言われるままに体を支えられ、ベッドに横になったら、やっとちょっと落ちついてきた。ドットはいそいそと、いつものように枕のところで丸くなっている。
ウルちゃんがものすごくつらそうな顔で俺を覗きこんできた。
「申し訳ありません……。父があなた様を無駄に脅すような真似をして──」
「や、いいんだよ。無駄につっかかった俺も悪ぃし。……それより、ごめんな。ウルちゃんを、父ちゃんと俺の板挟みみたいにしちゃって」
「そんなことは、どうかお気になさらないで」
困り果てた顔でウルちゃんがうつむく。この子がいい子だってことはよーくわかってる。だから、俺もひたすら申し訳ない気持ちだった。
外から入ってくる風が、うっすらとカーテンを揺らしている。今は北のこの国も比較的いい季節なんだそうだ。ただ、春や夏はあっというまに過ぎ去って、つらくて長い冬の季節がやってくる。そのへんは、地球で言う緯度の高い地域と同じような感じらしい。
「あの……でも」
ものすごく言いにくそうにウルちゃんが口を開いた。
「そのう……ひとつだけ、お話ししておきたいことがございます。ほとんど言い訳のようなものかもしれませんけれど……お聞きいただいてもよろしいでしょうか」
「ん? なに? ウルちゃん」
それでもやっぱりウルちゃんは、しばらく言いにくそうに口をもごもごさせていた。
「その……さっきのお話しなのですが。父は何も申しませんでしたけれど──実は口止めもされていましたし。でも、どうしてもお伝えしたいと思いまして」
「うん。……なに?」
俺はゆっくりと起き上がって、ウルちゃんに向き直った。気分はさっきよりはだいぶマシになってきている。
「あの……。そちらの皇子殿下をこちら魔族の者たちが無駄に害したという件なのですが。父は間違いなく、『抵抗をやめたならば、それ以上は無駄に傷つけるな』との命を出しておりました。と言いますか、第一騎士団の面々についても同様でした。やはり、『無駄に殺すな』と」
「ええっ? それって、どういう──」
俺は目を見開いた。
それは初耳だ。そして、かなり意外な話だった。
ウルちゃんは訥々と語ってくれた。
要するに、こういうことだ。
魔王は当初、周囲に影響を及ぼさずに俺だけを攫うことを考えていた。当然のことだった。でも、魔塔の宗主さまをはじめとする魔導士たちの防衛魔法がかなりすごくて、うまくいかなかったんだそうだ。つまり、セキュリティ・システムにはじかれたみてえなもんだな。
で、魔王は一計を案じた。
つまり、俺と関係が深い帝国の第三皇子を人質にして、俺がみずから魔族の国へやってくるよう計画を変更したわけだ。
そのため、第一騎士団が帝都の外へ出ているタイミングを見計らい、そこを襲った。
「本当は、あれほどひどい攻撃をするつもりはなかったはずなのです。第三皇子殿下を攫いさえすれば、本来の目的は果たされるはずでした。でも……隊が率いていた魔族と魔獣たちの質があまりに悪く──命令系統が混乱しがちで、うまく統制がとれていなかったらしいのです」
「……は? それってどういうことだよ」
「……つまり」
言ってウルちゃんはまたもや言いにくそうな顔になった。
「言ってよ。なんでそんな、問題だったの」
「そのう……。作戦遂行に向かった隊の将兵と魔獣が、あまりにも訓練不足だったことが大きな原因だったのですが」
「うん」
「もともとは、もっと時間をかけてきちんと訓練され、統制のとれた魔族軍の大隊があたるべきはずの重要な仕事でした。ですがあの時、そうした質の高い将兵も魔獣も、すべて全滅しておりまして」
「全滅……?」
「──つまり……すべて赤子になっていたものですから」
「……!」
その意味がやっとわかって、俺は思わず絶句した。
(なんてこった──)
つまり……つまり。
それはアレか。
俺が魔族軍をつぎつぎに赤子に変えてしまったせいで、こっちにはまともに訓練された兵や魔獣がもう残ってなかったと……?
「十分に訓練された魔獣であれば、将兵の命令を無視して自分の食欲や攻撃欲のままに動くということはないのです。将兵にしても同様です。もっとずっと統率の取れた動きができるのが本当です。あれが本来の、きちんと訓練された隊であったなら……第一騎士団の人々は、あそこまで死者を出さずともすんだでしょう。皇子殿下が無駄な拷問を受ける必要もなかったのではないかと思われます」
「…………」
(って、ことは──)
次第に視界が暗くなる。
じゃあ、騎士団のみんながあんな風に死んでしまったのも。
皇子があそこまで惨い目に遭わされたのも。
もしかして、全部、全部──
(俺のせい、だった……ってこと?)
急に目の前がぐるんと回り、完全に真っ暗になった気がした。





