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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第九章 魔族の世界でも頑張ります
106/143

10 帝国のみんなとの連絡です


(あっ……!)


 俺はベッドから転がり出た。

 それはここへきて初めてきた、《魔力の珠》による通信だった。


「シルちゃん、ごめん! 《魔力の珠》の連絡がきた!」


 俺が叫ぶと、シルちゃんはハッと息を呑んだようだった。ドットもびっくりして目を覚ます。


《わかりました。すぐに出て差し上げてくださいませ。では、わたくしはこれで》

「うんっ、ごめんね……! また次のときに報告すっから──おっとととっ」


 慌てすぎて、今にも《珠》を取り落としそうになる。お手玉をするみたいに右手から左手へとぽんぽん跳ねさせた挙げ句、俺は光っている珠をすんでのところでがっちり受け止め、ベッドの中に頭からもぐりこんだ。

 あの少年魔王はもちろんこれの存在を知っているはずだ。けど、わざわざ俺から取り上げることはしなかった。

 っていうか、どうせあいつは俺がやっていることの全部を、きっとどこかでちゃんと監視しているに違いない。だから本当は別に隠れる必要もなかったけど、これはやっぱり気分の問題だよ。


「もしもしっ、もしもし? 俺です、シルヴェーヌですっ。聞こえてます?」

《シルヴェーヌ!》


 聞こえてきたのは、俺がいま一番聞きたかった声だった。


「皇子いっ……!」

《よかった……。無事につながったな。そなたは無事か? シルヴェーヌ》

「う、うん……」


 皇子の元気そうな声を聞くだけで、どっと安堵が押し寄せてくる。胸がじいんと熱く、そして痛くなる。

 ついまた目のあたりが危なくなっちゃって、俺はごしごしと目のところを(そで)でぬぐった。


「皇子、元気なの? 怪我、ちゃんと治ってた? 後遺症とか出てない……?」

《ああ。なにも問題ない。すべてそなたのお陰だ》


 皇子の声は、なんかものすごくほっとしたみたいに聞こえた。「ケント」と呼んでくれねえのは、たぶん周りにほかの人たちがいるからだろうなと推測する。


「よかった……ほんとよかった」

《あのままでは恐らく、すぐに命を喪っていたことだろう。本当に感謝する》

「そんなの──」


 皇子の声は、なんかこれまで聞いたことがないぐらいに優しかった。心から俺のことを心配してくれてるのが、それだけでもビンビン伝わってくる。俺は《珠》をほとんど耳にくっつけるみたいにして目を閉じた。こうやってると、なんか本当に皇子が耳元でしゃべってくれているみたいなんだ。

 なんかよくわかんないもんがうわっと胸に迫って、俺の声は急にうまく出なくなった。カッスカスでよれよれの声。なんとか震えないようにするだけで必死になってしまう。だって、この人に余計な心配はかけたくない。


「礼なんか言わないでくれよ。だってあんた、俺のせいであんな目に遭ったんだから。ほんとごめん。俺のせいで、あんなひでえ目に遭わせちまって。仲間の騎士のみんなだって、俺のせいで──」

《それはもう気にするな》

 皇子の声は、とても静かで落ち着いていた。きっと、事前に俺からそう言われることを想定してたんだろう。

《そなたこそ。そちらでつらい目には遭っていないか。決して無理をするんじゃないぞ。どんな些細なことでもいいから、私には本当のことを言ってくれよ》

《そうですよ、シルヴェーヌ。本当に大丈夫なのっ?》 

《どうなんだ、シルヴェーヌ?》


 次に聞こえてきたのはママンとパパンの声だった。ママンのは完全に涙声だ。


「あ、ママン、パパン……。ごめんね、心配かけて。俺、本当に大丈夫。なんかこっちで色々仕事はさせられてっけど、怪我人や病人の治療だけだし。食事とか待遇とかはめっちゃいいし。ぜんぜん元気だからさ」

《シルヴェーヌっ……!》

《シルヴェーヌ……》


 ママンが泣き崩れるのがわかる。それをパパンが抱き留めたらしいのも。

 それから皇帝陛下や皇后陛下、宗主さまやベル兄がつぎつぎに《珠》の向こうから声を掛けてきてくれた。みんな、この通信のためにわざわざ集まってくれたんだろう。俺はそれにいちいち「大丈夫。本当に大丈夫ッスから」と安心させてあげなきゃならなかった。

 俺はそこからみんなに、こっちへ来てからの様子やら魔王の様子なんかを簡単に語って聞かせた。


《そうか。新たな魔王は少年の姿をしていると……。しかし、中身は見た目通りではないのだな。しかも相当なやり手のようでもあるな、今の話を聞く限り》


 陛下が重々しい声でそう言うと、みんながうなずいているらしい気配がした。

 ちなみに、今は一応、北壁での戦闘については一時休戦のままの状態だそうだ。


「とにかくですね。今んとこ、魔王がどうするつもりかはわかんないんスけど、俺からもなんとか説得したいと思ってるんで。前の魔王の時みてえに、もう一回和平交渉ができねえのかどうか、とかも」

《うむ。それは心強い》

「それでその……一応、確認なんスけど。陛下」

《ん?》


 俺はそこで、ちょっとだけ下腹に力を入れた。


「陛下は、もう魔族との戦争をしたいとは思ってないんスよね……?」


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