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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第九章 魔族の世界でも頑張ります
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9 いったいどちらが「悪い」のでしょう


「なっ……ななななに、なんなのよー!」

「〇△××※!」


 ウルちゃんの鋭い一喝で、みんなは急にハッとして静かになった。俺たちを囲むようにして、次々に床に跪いていく。なんとなく、みんな目がキラキラしているような……?

 ウルちゃんがちょっとだけ困ったみたいに溜め息をついた。


「申し訳ありません。みな、『奇跡の癒し手』シルヴェーヌ様にぜひとも感謝を示したいと申しております。少しの時間、お許し願えますか?」

「へ? ……あ、ああ。それはいいけど」


 いやその渾名(ふたつな)はいらねーけどさ。

 なんなのよ「奇跡の癒し手」ってよ。恥っっず! やめてー!

 ……というわけで。

 俺はそこから、聞き取ることもできない魔族語による山ほどのお礼の言葉に包まれてしまった。ウルちゃんも最初のうちこそひとつひとつ通訳してくれていたんだけど、そのうち追いつかなくなってやめちゃった。そりゃそうだわな。


「いやいや、気にしないで。魔王様に言われてやっただけなんだし。ああ、あんた歩けるようになったんだね。もう大丈夫? そう、よかったよかった。え? ちょっと若返った気分って? 顔のシワが消えた? へえ、シミも? なんか体も軽いって? うんうん、そりゃそーかもしんねーわ、わははは」


 俺は大体そんな感じのテキトーな返事をしながら、へらへら笑うしかできなかった。

 はあ。なんかもう、なんべんやっても、これだけは慣れないわー。





《なんだかもう、驚きの連続ですわね。わたくし、もうこれ以上は何を聞いてもさほど驚かないのではないかという自信が湧いてきましたわ》

「いやいや。それは言い過ぎっしょー? シルヴェーヌちゃん」


 その夜。

 あの後、あっちやこっちの医療施設や病院やらを回って《治癒》をおこない、俺はウルちゃんに連れられてまた魔王城へもどってきた。

 冷たくて暗い地下牢とかに押し込められるのかな、って一応覚悟はしてたんだけど、俺の待遇は第一級の客人を迎えるためのソレだった。

 ……あうう。なんか非常に申し訳ない。だって、きっと皇子はまっすぐ地下牢パターンだったと思うからさ。しかもめちゃくちゃに拷問までされちゃってさ……。ほんとにほんとに申し訳ない。俺ばっかこんな好待遇で。

 皇子、もう体は大丈夫かなあ。あのときはドサクサでちゃんと後の状態を確認もできなかったし。ちゃんと怪我は全部治ってたのかな。後遺症なんて出てないかなあ?


 とか言いつつ、やっぱりふかふかのベッドの誘惑には勝てなかった。

 食事と入浴が済んだらすぐ、俺は自分に与えられた寝室に戻り、天蓋つきの豪華なベッドにダイブして、ドットを抱きしめて眠ってしまった。そのぐらい、たった一日であまりにも多くのことが起こったからだ。疲労はピークに達していた。

 夜半になって、頭の中で聞き覚えのある声が聞こえて、俺は目を覚ました。もちろんシルヴェーヌちゃんの声だった。

 ここまでの顛末を話して聞かせると、さすがのシルヴェーヌちゃんも驚いたようだった。


《魔族の国がそこまで貧しく、環境が厳しいなんて初めて聞きました。本当に知らないことだらけですわ。そちらにはそちらの事情があるのですね》

「そーなのよー。そもそも、『何百年も前に人間が魔族の子どもを(さら)って都合よく育てて労働力にしようとしたことが原因だ』ってウルちゃんなんかは言ってるんだよな。そこから魔族と人間との確執が始まったんだ、って──」

《わたくしたちの側では、ある日突然、魔族たちが北の山脈を越えて人間世界を蹂躙しはじめた……という話になっておりますわ。農地や家畜や食物を奪い取り、子どもを攫っていったと。いったいどちらが正しいのでしょうね》

「ん~」


 俺はちょっと考えた。


「もしかしたら、どっちも正しいし、どっちも間違ってる……のかもしんねえよな」

《えっ? どういうことですか》


 それで、俺はぽつりぽつりと説明をした。

 たかが高校生の俺の知識なんてハンパなもんだけど、それでも学校の歴史で習ってることだけ見ても、色んな事がわかる。

 戦争は、お互いが自分のことを「正義だ」と信じ込むことで起こるもんだ。少なくとも為政者は、自分の国の国民にそう信じ込ませて戦地へ送る。そこに大義名分がなかったら、国民はついてくるはずがない。

 だから為政者たちは、常に「我々こそ正義だ」っつって国民を煽動するんだろ。そこで教えられることは、大体自分に都合のいいことばっかのはずだ。

 静かに俺の話を聞いて、シルヴェーヌちゃんはしばらく考え込んだみたいだった。


《……そうですわね。わたくしも、こちらの学校や図書館などでこちら世界の歴史を学んでおりますけれど。やっぱりケントさんと同じような感じを抱いておりますわ》

「そうなの?」

《ええ。戦争が起こるとき、どちらかが百パーセントいい、悪いと言い切れるものではありません。そこに至るまでにお互いが何十年、何百年と傷つけあい、恨みを積み重ねあい、互いに何かの失敗を繰り返し……遂にどこかで、決定的に間違ったスイッチが押されてしまう。禁断の扉が開かれる……。そんな気がいたします》

「そう、そうなんだよなあ……」

《為政者が、つねに完璧な人間であるなど、ありえない話でもありますしね。人間である以上、誰にでもミスはあります。そうならないための政府であるはずが、そこが機能しなくなることで悲劇へと転がり落ちる。……こちら世界の歴史も、そんなことの繰り返しのようですわね……残念ながら》

「……うん」


 俺は頬をぽりぽり掻いた。

 ドットは俺の枕の脇で、体をまるくしてすやすや眠っている。

 一般の兵士や平民のみなさんを見ている限り、俺には魔族だからって、こっちの人たちがひたすら悪いとか、めちゃくちゃズルイとかいうようには見えなかった。むしろ、完全に真逆に思えた。

 平民の普通の家庭から連れてこられた子どもの患者もいたけど、親は子どもを心配して必死に俺に《癒し》をお願いしてきたし、治れば涙を流して感謝してくれた。そういうところは、人間と魔族との間に違いなんてまったくない。


《片方の側からしか物事を見なければ、判断はどうしても間違うものですわよね。今回はそのことを大いに学ばせていただきましたわ》

「……うん」


 ベッドの上に座り込み、俺がうなずいた時だった。

 ベッド脇のテーブルに置いてあった俺の小さなバッグの中から、きらきらと明るい光が漏れ始めたんだ。


(あっ……!)


 俺はベッドから転がり出た。

 それはここへきて初めてきた、《魔力の珠》による通信だった。



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