6 予想ナナメ上の命令です
(そっか。魔族たちの暮らしは、そんなにも厳しいのか)
ただの噂や伝聞を鵜呑みにしてしまうんじゃなくて、ちゃんと当事者の話を聞くって大事なんだな。
そんなことをぼんやり考えていたら、魔王はうっすらと口角を引き上げた。
いやごめん。
やっぱあんたは不気味だわ。怖え……。
「ついては、そなたに会いたがっている者のひとりを紹介しよう」
「は?」
思わずキョロキョロした俺のところに、何かを察知したらしいドットがパタパタと戻ってくる。って言うか、皿の肉はきれいに平らげてるから、単純に食事が終わっただけかもしんねえけど。
その皿の置いてあったテーブルからひょいと脇に視線をやったところに、なんか居た。
「ひょえっ……!?」
一瞬、俺の尻が椅子から三センチほど浮く。
暗がりの中からぬうっと現れたのは、身長三メートルぐらいありそうな生き物だった。
「なっ、なっ……なななな、なんなんスかあっ」
俺は素早く立ち上がり、ドットを抱き締めて後退した。ドットは謎の影をじーっと見つめている。別に威嚇音はたててない。
「慌てるな。そなたを害する気はないと申しているだろうが。赤竜もそれは理解しているようだが?」
魔王があきれたように苦笑する。いやあんた、ぜってー面白がってるだろ!
黒い影が音もなく動いて近づいてくる。なんとなく、恐る恐るって感じだった。
(んん……?)
目を凝らす。
だんだんと暗さに目が慣れてきて、相手の姿が見えるようになってきた。
それは魔族の老婆だった。俺には基本、男か女かの区別はあんまりつかねえ。だけどそいつは、全体に体が丸っこくて柔らかい雰囲気だった。帝国のとは違うけど、いわゆるドレスみたいなのを着て、上からローブを羽織っている。
顔立ちは比較的、人間に似ていた。でも肌は魔王みたいな青っぽい色で、やっぱり耳は尖っている。
すごいワシ鼻で、顔じゅうに深いシワが刻まれている。
(あれ……?)
不思議に思った理由に気づいて、俺は改めて女を見た。
この人、なんとなく魔王に似てる……?
「この者を若返らせてみよ」
「えっ!?」
魔王の言葉に、ドクンと心臓がはねあがる。
「そ、そそそんな。ムリムリムリ」
ブンブン首と両手を横にふると、魔王の金色の目がギラッと光った。
「断ると申すのか?」
「そーでなくて! 俺はまだ、その辺の調整とか甘くて──」
そうだよ。下手したら「若返る」を通り越して、一気に赤ん坊とかにしてしまう。単純に「ちょっと若くする」程度でとどめられるか、ものすごーく不安なレベル。
でも、少年魔王は特に動じる風もなかった。
「構わん。お前の魔力制御の程度は知っている。やれるだけやってみよ」
片手をひらひらさせて悠然と座っている。
「ええ~。でもあの、この人もそれ了承してるんスか?」
「当然だ」
「そうなの?」
「なにしろ本人のたっての希望だ。遠慮することはない」
「ええ~……」
ぶつくさ言ってるうちに、老女はいつの間にか俺のすぐわきに立っている。一応、魔王に向かって一礼をしたほかは完全なる沈黙の状態だ。
「さっさとしないか。余の気が変わらぬうちに」
「ヒエッ……」
それはアレですよね?
ゴーモンとか処刑とかのアレですよね……?
(ああもう。しょうがねえ)
俺はガシガシ頭を掻いて、腹をくくった。
「いいッスか? 思ったような効果が出なくても恨みっこなし。おばちゃんも陛下もっスよ。いいですね?」
「くどいと言うのに。さっさとやれ」
少年魔王の機嫌が急降下し始めたのがはっきりわかる。
俺は仕方なく立ち上がると、老女の前に立った。
「すんません。ちょっとだけ触りますね。手とかでいいんで」
「…………」
老女はやっぱり黙りこくったままひとつうなずき、片手を俺に差し出してきた。
その手は顔よりもっともっと皺だらけだった。
田舎のばあちゃんを思い出す。皮膚が固くなってて皺だらけの手。それはまじめな働き者の手だ。
俺はほんの指先だけを彼女の手の甲に触れさせて目を閉じた。
──集中。
魔力の蛇口を究極まで引き絞る。
雫がゆっくりと落ちるイメージを作り、彼女の様子を見ながらほんの少しずつ蛇口を緩めていく。
(やりすぎるな。ほどほどでいいんだ、ほどほどで)
慎重に緩めた蛇口を、ある程度のところで止め、俺は彼女を観察することに集中した。
「……ふむ。そこまで」
背後で少年の満足そうな声がして、俺はサッと手を引いた。
(おお……?)
何度も目を瞬かせて相手を見つめる。
そこには、服装は元通りのまま、でもまったく違う人物が立っていた。
魔王によく似た美少女。
青い肌につややかな紺の髪。
年の頃はエマちゃんぐらいか。
いや、でもやっぱり身長は三メートルなんだけどな。
「成功したじゃないか。まったく、もったいぶりおって」
「い、いや。そんなつもりじゃ……。でもあの、この人って──?」
「余の娘だ」
「ああ、娘さんッスかなるほど──って、えええっ!?」
次の瞬間、俺は素っ頓狂な叫びをあげていた。





