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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第九章 魔族の世界でも頑張ります
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6 予想ナナメ上の命令です

(そっか。魔族たちの暮らしは、そんなにも厳しいのか)


 ただの噂や伝聞を鵜呑みにしてしまうんじゃなくて、ちゃんと当事者の話を聞くって大事なんだな。

 そんなことをぼんやり考えていたら、魔王はうっすらと口角を引き上げた。

 いやごめん。

 やっぱあんたは不気味だわ。怖え……。


「ついては、そなたに会いたがっている者のひとりを紹介しよう」

「は?」


 思わずキョロキョロした俺のところに、何かを察知したらしいドットがパタパタと戻ってくる。って言うか、皿の肉はきれいに平らげてるから、単純に食事が終わっただけかもしんねえけど。

 その皿の置いてあったテーブルからひょいと脇に視線をやったところに、なんか居た。


「ひょえっ……!?」


 一瞬、俺の尻が椅子から三センチほど浮く。

 暗がりの中からぬうっと現れたのは、身長三メートルぐらいありそうな生き物だった。


「なっ、なっ……なななな、なんなんスかあっ」


 俺は素早く立ち上がり、ドットを抱き締めて後退した。ドットは謎の影をじーっと見つめている。別に威嚇音はたててない。


「慌てるな。そなたを害する気はないと申しているだろうが。赤竜もそれは理解しているようだが?」


 魔王があきれたように苦笑する。いやあんた、ぜってー面白がってるだろ!

 黒い影が音もなく動いて近づいてくる。なんとなく、恐る恐るって感じだった。


(んん……?)


 目を凝らす。

 だんだんと暗さに目が慣れてきて、相手の姿が見えるようになってきた。

 それは魔族の老婆だった。俺には基本、男か女かの区別はあんまりつかねえ。だけどそいつは、全体に体が丸っこくて柔らかい雰囲気だった。帝国のとは違うけど、いわゆるドレスみたいなのを着て、上からローブを羽織っている。

 顔立ちは比較的、人間に似ていた。でも肌は魔王みたいな青っぽい色で、やっぱり耳は尖っている。

 すごいワシ鼻で、顔じゅうに深いシワが刻まれている。


(あれ……?)


 不思議に思った理由に気づいて、俺は改めて女を見た。

 この人、なんとなく魔王に似てる……?


「この者を若返らせてみよ」

「えっ!?」


 魔王の言葉に、ドクンと心臓がはねあがる。


「そ、そそそんな。ムリムリムリ」

 ブンブン首と両手を横にふると、魔王の金色の目がギラッと光った。

「断ると申すのか?」

「そーでなくて! 俺はまだ、その辺の調整とか甘くて──」


 そうだよ。下手したら「若返る」を通り越して、一気に赤ん坊とかにしてしまう。単純に「ちょっと若くする」程度でとどめられるか、ものすごーく不安なレベル。

 でも、少年魔王は特に動じる風もなかった。


「構わん。お前の魔力制御の程度は知っている。やれるだけやってみよ」


 片手をひらひらさせて悠然と座っている。


「ええ~。でもあの、この人もそれ了承してるんスか?」

「当然だ」

「そうなの?」

「なにしろ本人のたっての希望だ。遠慮することはない」

「ええ~……」


 ぶつくさ言ってるうちに、老女はいつの間にか俺のすぐわきに立っている。一応、魔王に向かって一礼をしたほかは完全なる沈黙の状態だ。


「さっさとしないか。余の気が変わらぬうちに」

「ヒエッ……」


 それはアレですよね?

 ゴーモンとか処刑とかのアレですよね……?


(ああもう。しょうがねえ)


 俺はガシガシ頭を掻いて、腹をくくった。


「いいッスか? 思ったような効果が出なくても恨みっこなし。おばちゃんも陛下もっスよ。いいですね?」

「くどいと言うのに。さっさとやれ」


 少年魔王の機嫌が急降下し始めたのがはっきりわかる。

 俺は仕方なく立ち上がると、老女の前に立った。


「すんません。ちょっとだけ触りますね。手とかでいいんで」

「…………」


 老女はやっぱり黙りこくったままひとつうなずき、片手を俺に差し出してきた。

 その手は顔よりもっともっと皺だらけだった。

 田舎のばあちゃんを思い出す。皮膚が固くなってて皺だらけの手。それはまじめな働き者の手だ。


 俺はほんの指先だけを彼女の手の甲に触れさせて目を閉じた。


 ──集中。

 魔力の蛇口を究極まで引き絞る。

 雫がゆっくりと落ちるイメージを作り、彼女の様子を見ながらほんの少しずつ蛇口を緩めていく。


(やりすぎるな。ほどほどでいいんだ、ほどほどで)


 慎重に緩めた蛇口を、ある程度のところで止め、俺は彼女を観察することに集中した。


「……ふむ。そこまで」


 背後で少年の満足そうな声がして、俺はサッと手を引いた。


(おお……?)


 何度も目を瞬かせて相手を見つめる。

 そこには、服装は元通りのまま、でもまったく違う人物が立っていた。


 魔王によく似た美少女。

 青い肌につややかな紺の髪。

 年の頃はエマちゃんぐらいか。

 いや、でもやっぱり身長は三メートルなんだけどな。


「成功したじゃないか。まったく、もったいぶりおって」

「い、いや。そんなつもりじゃ……。でもあの、この人って──?」

「余の娘だ」

「ああ、娘さんッスかなるほど──って、えええっ!?」


 次の瞬間、俺は素っ頓狂(とんきょう)な叫びをあげていた。

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