レント、ふたたび盗み聞きする
レントが連れてこられたのは、城の外れにある高い塔だった。
古い城は、地下牢ではなくこういう塔の最上階に罪人を閉じ込めていたというから、そのための部屋なのだろう。
石造りの素っ気無い部屋で、壁には手錠が取り付けられている。
レントは両腕をそれで拘束されてしまった。
「うわ、この手錠、魔力を封じる術式が刻まれてる」
「そういうこった。外には見張りも立てる。脱走しようなんて考えないことだ」
魔族の男にレントは言う。
「ねえ。そもそも、ニーナリットの公式書簡のフリをして、マナカン王国に苦情の手紙を出したのはなんのため? それだけじゃ、俺やルイン王子が来るかどうかはわからないよね」
魔族たちは偽の宿を用意してまでレントたちを分断し、ルイン王子を捕らえた。レントももともと捕らえるつもりだったようだが。
なんにしろ、マナカン王国へ書簡を送っただけでは、誰が使者になるかはわからないはずだ。
「マナカンの王族なら誰でもよかったんだよ。お前は使者じゃなくてもとっ捕まえるつもりだった。都合がいいから連れてきただけだ」
「はぁ、なるほど……マナカンの王族が必要なのはどうして」
「そりゃあおめえ——」
「おい、余計なこと喋るなって!」
ほいほい答えそうになった魔族の男をべつの魔族が止める。
「いっけね……こいつ! 調子に乗るなよ!」
レントを怒鳴りつけると、魔族は部屋を出ていった。
「……わりと統制は取れてないのかな」
レントは呟く。
魔族たちは、魔王の思念が取り憑いているビルデのもとに集まってきているようだけど、指揮系統がしっかりしている様子はあまりない。
ビルデ以外はみんな同格のようだ。
レントにどこまで情報を漏らしていいかとか、そういう管理もわりと曖昧っぽい。
「…………」
レントは先ほどビルデに見せられた過去の光景のことを思い出す。
あれはビルデの中の魔王の思念に残された記憶なのだろう。
新たな事実を知ることはできたが、同時に疑問も生まれた。
たとえば、魔王は魔力を吸収することで世界に満ちた魔力の暴走を止めたらしいが、そもそも魔力の暴走はどうして起こったのか、とか。
あるいは、レントが闇属性魔法を使える理由はわかったけど、では光魔法のほうはどうして使えるのか、とか。
あの光景だけでは、全容を理解することはまだできない。
「ビルデに訊けばわかるのかな」
正確にはビルデの中にいる魔王に、ということになるか。
しかし、そんな疑問も気になるけど、今の問題はこれからどうするかだ。
魔族たちはルイン王子をなにかに利用するつもりらしい。
ニーナリットの王族や、もともと城にいた人たちはずっと捕らえられているらしいので、ほかのみんなもすぐに処刑される、なんてことはないだろうけど。
なんにしても、この手錠のせいで魔力を使えないというのが困る。
レントは手首に魔力を集中させて、手錠に刻まれている術式を解析する。
「……使われた魔力の属性と反対の属性の魔力を疑似的に発生させて打ち消すタイプの障壁か。同時に一種類の属性にしか対応できない構造だな。だったら——」
レントは火属性の魔法と水属性の魔法を同時に発動させる。
手錠はガチン! と音を立てて壊れてしまった。
現代魔法の使い手は、基本的に一属性の魔法しか使えない。
ミリア教官は火と風の二属性を扱えるし、サラは土属性を使えるようになりつつあるが、どちらも隣接する属性である。
属性の分布の正反対の位置にある魔法(火と水、風と土)を両方とも扱える魔法使いは現代ではほとんどいない。
そんな数少ない魔法使いに対応する手錠を用意するのは金がかかるということなのだろう。
「魔族がうっかりしてて助かったな……」
ところどころ抜けているのは、やはり急造の集団だからなんだろう。
レントは扉のところへ行って外を窺う。
下へ降りる階段の手前に、魔族の男が二人立っている。
気づかれずに廊下に出るのは難しそうだ。
「だったら——グランドムーヴ」
レントは床に手を当て魔法を発動させる。
土属性・第四位階魔法。
土属性の性質を持つ物質を自在に操り、変形させることができる。
石造りの床がもりもりと動いて、丸い穴を作った。
レントはそこから下の階に飛び降りる。
すぐに上に手をやって穴を塞いでおいた。
「……よし」
部屋から出て、階段を降っていく。
塔の出口にも見張りが立っていたので、レントは一階の部屋に入り、その壁にグランドムーヴで穴を開けて外に出た。
辺りを見回しつつ、塔から城本体へ移動する。
城の壁に手を触れ、そこに施されている術式を解析していった。
「城全体に施されている大規模な術式……この部分が幻惑魔法か……こっちが魔法障壁……」
魔法の術式を解析するには、魔力を流し込んで、その反応を見る必要がある。
この城に施されている術式はかなり大規模なので弱い魔力では調べきれないし、かといって強すぎると術式が本格的に反応してしまって気づかれてしまう。
微妙な加減を保つのが難しい。
「あーあ、見回りとか退屈だよな」
「こんなとこ、誰も来ないってのな」
「っ!」
そんな声が聞こえて、レントは慌てて塔の陰に隠れた。
すぐ横を魔族が二人歩いていく。
「まあビルデ……っていうか、魔王様が言ってるんだから仕方ねえだろ」
「そうだけどよ。だいたい、ありゃどこまで魔王様なんだ?」
魔族二人の会話をレントは聞く。
「どこまでってどういうことだよ」
「つまりさ、ビルデはなんでもかんでも魔王様の命令だって言ってるけど、あいつ自身の意思はあるのかってこと。あいつ自身もどこまで自分の言葉で、どこからが魔王様の言葉なのかわからなくなってんじゃねえか?」
「あー、そうかもな。けど、どっちでもいいだろ。魔王様が生まれたらあいつはお役御免なんだ」
「まあそうだな」
「…………」
不穏な発言にレントは耳をそばだてる。
「魔王様が復活したらあいつの身体は魔力を奪われて消える——あいつはそのこと知ってるのかな」
「さあな。知ってても止められないだろ。俺たち魔族にとって魔王様は絶対的存在だ。逆らえねえよ」
「まあ、あの小娘にこき使われるよりは、魔王様に命令される方がマシだしな」
「違えねえ」
魔族二人は笑いながら立ち去っていった。
「…………」
レントはふたたび城の壁面に戻って術式の解析を続ける。
その表情は、まるでその術式を恨んでいるかのように険しくなっていた。
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