勝ったな!
「嫌な予感がするな」
「といいますと?」
「ハイターは、貴族の居住区を大まかに掴んでいるか?」
「え、ええ。一応は」
「ならば、デーオチの屋敷はどこにある」
「デーオチ準男爵でしたら、貴族街の一番南端ですね」
「次に、あの男爵の邸宅は」
ライザーは兵を指さしながら尋ねる。
「たしか……デオーチよりも少し北です」
「ではその子爵は」
「さらに北かと」
「侯爵は……ここから三ブロック南だな」
「――ッ!?」
「気づいたか?」
「そんな、まさか……」
武装派の私兵を次々に殲滅している男の報告が、徐々に北上している。
それはつまり、男が今まさにこちらに近づいて来ているということだ。
しかし、何故そのようなことをするのかがわからない。
「よもや王の刺客でしょうか?」
「いいや、それは考えにくい。たった一人で多くの兵を屈服させられる者など、〝この国には〟おらぬからな」
「その通りでございますな。しかし、そうなると相手の狙いがますますわかりませんな」
「ああ。確認したいが、狙いを迂闊には動けぬし……」
ここで大きな動きを見せればレナードに気づかれる。
であれば、可能な限り少数で確認に当たらせるしかない。
「斥候をここへ!」
「はっ!」
「今すぐトバッチーリ伯爵邸へ向かえ。軽くでいい、様子を探ってこい」
「承知しました!」
ライザーは手短に指示を出し、斥候を見送る。
これで、何が起っているのかが少しは把握出来るだろう。
(これがただの、武装派のボイコットであればいいのだが……)
先ほどまで誰も集まらないと憤っていたとは思えぬ心変わりに、ライザーは鼻で笑った。
(まさか皆に馬鹿にされた方がマシだと感じる日が来ようとは、な)
それから数分後、放った伝令が戻って来た。
その表情を見ただけで、ライザーは彼がどのような情報を持ち帰ったのかがわかってしまった。
「か、閣下、お伝えします。トバッチーリ伯爵邸にて、伯爵私兵と男が一人交戦。伯爵私兵は――」
――全滅。
その一報に、さすがのライザーも天を仰いだ。
「あ、あたり一面、血の海でした……」
斥候が青ざめた顔で唇を震わせた。
どうやら、かなり凄惨な現場だったらしい。
戦争でもないのにこれほど怯えるとは。ここ数十年、本格的な争いが起っていないせいで、精神が軟弱になってしまったようだ。
王になった暁には、王国兵や私兵ともども厳しく鍛えなおさねばなるまい。
ライザーはそう、心に誓う。
「トバッチーリ伯は?」
「残念ながら……」
「そうか」
トバッチーリとは、長い付き合いだった。
お互い、気の置けない仲であったと思っている。
ライザーは僅かなあいだ瞑目し、彼の死を悼む。
「して、男が何者かはわかったか?」
「い、いえ。全身黒い装備で身を包んだ、屈強そうな男だったこと以外は……。申し訳ありません」
「いや、よい。軽く探れと指示したのはわたしだ」
「まさか、トバッチーリ伯ですら太刀打ち出来ないとは思いませなんだ……」
「わたしもだ、ハイターよ」
トバッチーリ伯爵は、武装派の中でライザーに次ぐ武力を保持している。
領地にいる兵は二万を数え、その練度も国内で三本指に入るほどである。
王都に帯同した兵は千にも満たないが、それだけにより腕の立つ者を選んでいたはずだ。
その私兵が破れるとは、予想だにしていなかったのは事実。
「だがしかし、トバッチーリ伯が倒れた今、男の快進撃はここで終わりだ」
「呪い、ですか」
「左様。王国貴族は古くから、呪法を宿している故な。伯が殺されれば呪が孵り、男は絶命するはずだ」
イングラム王国のみならず、この大陸の古い貴族家には、当主の体に呪法を宿す風習がある。
当主本人には無害だが、当主を害した人物にのみ跳ね返る呪いだ。
その呪いを宿すことで、他家からの暗殺を牽制していると言われている。
新興貴族や子爵などには、この呪法を所持していない者がいる。
そのため、男の快進撃はここまで続いた。
しかし伯爵は歴史ある貴族の一人だ。彼の体には呪法が確実に宿っている。
そんな伯を討ったとなれば、男の快進撃もここで終わりだ。
今すぐ伯爵を討った下手人を確保し、その首を街の広場に晒してやろう。
これは、弔い合戦だ。
親族のみならず、国にも責任を追及するべきであろう。
ライザーが口を開きかけた、その時だった。
再び広場の隅に黒い影。
強烈な違和感。
激しい頭痛。
仮面の男が手を振ると、
蟲が蠢き、
気が変わる。
「これでクーデターに集中出来るな」
「左様でございますな」
「冷たいと思うか?」
「いえ。フラグナー公が王になるため、必要な犠牲でございます」
「そう言ってくれると救われる」
いま、歩みを止めるわけにはいかない。
伯爵の死に捕らわれて足を止めるより、このまま前進して大きな目的を達成するのだ。
「改めて皆に誓おう。わたしはレナードを下し王となる。たとえどのような障害が立ちはだかろうとも、この誓いは必ず果たす! 故に、皆の者。わたしの後ろについてまいれ!」
「「「「おおっ!!」」」」
「よいか。今宵の戦に首代はいらぬ、すべてその場に打ち捨てよ。この戦いに参加した皆の者には等しく温床を与え、末代まで英雄として語り継ごうぞッ!!」
「「「「おおっ!!」」」」
大将首の成果がなくても、皆に大金を渡す。
その言葉で、兵のやる気が最高潮まで高まった。
(……ふっ。勝ったな)
ライザーが確信した、その時だった。
門の方から聞き覚えのない男の声が響いた。
「気合いはいってンなあ、お前ら」
伯爵「ひどい、とばっちりだ!」
フラグ「おまたせ」




