なぜ胸が高鳴るのかしら?
控え室に戻る前にレストルームに行き、身だしなみを整えた。
この後、美青年リアスのエスコート&ダンスで、プレデビュタントが終わる。毎度エスコートする相手が違い、ダンスのパートナーが代わるのは、かなり疲れることを実感した。
(デビュタントでも舞踏会でも、ダンスは三曲連続の演奏で、その後休憩タイムに入るけど……理にかなっているわね)
控え室に戻ると、既にプレデビュタントを終えたジャスパー、アンバー、セーブルは用意されている軽食を摘み、談笑していた。この後、夕食があるので、ドライフルーツやナッツなど本当に軽いものしか置かれていないが、それを口にしながら、寛いでいる。三人のそばにいて、会話に混ざりながらも、何も口にしていないのは美青年リアス。彼は私が控え室に戻って来たことに気付くと、スッと立ち上がり、私のそばに来る。
「サンフォード公爵令嬢、椅子にどうぞ。短い休憩を挟みながらだけど、三人とダンスをしたんだ。集中しただろうし、疲れたのでは?」
私は椅子に座りながら「そうね。疲れていないと言ったら、嘘になるわ」と答える。
「足は大丈夫? 靴擦れはしていない?」
「! ええ、平気よ……。でもよくそこに気付いたわね」
「エントランスホールで会った時、身長が普段より高くなっていた。僕はよくサンフォード公爵令嬢をエスコートしているから、その差に敏感だったかな」
(なるほど。そう言われるとそうだけど、さりげなく気づけるようで、気づけないことだと思うわ。リアスは……公爵邸に到着した瞬間から、臨戦態勢だったのかもしれないわね)
「それで少し疲れているということだから、これをどうぞ」
美青年リアスがテールコートの内ポケットから取り出したのは、手の平に収まる小さなブリキ缶。そして蓋をスライドさせると、そこには……。
「レモンキャンディだよ。さっきから水分は摂っているから、キャンディで疲れをとるのはどう? この後、夕食だろう? だからこれぐらいがちょうどいいかなと」
「! レモンキャンディは酸味もあるけど、甘みもある。ナイスチョイスよ、レイノルズ侯爵令息。いただくわ」
「ではオペラグローブをつけているから、僕が食べさせるよ」
「!」
ただ、レモンキャンディを食べさせてもらうだけだった。でも美青年リアスを見上げ、口を少し開けることに、なんだかとてもドキドキしてしまう。
「はい、召し上がれ」
少し前かがみになり、口にレモンキャンディを入れてくれる美青年リアス。鼓動は速いがレモンの酸っぱさに目が覚める心地になる。
「結構パンチがある酸味だろう?」
「ええ、目が覚めた心地だわ」
でもサイズは小さいのであっという間に舐め終わった。すると美青年リアスはこんなことを提案した。
「少しストレッチをすると楽になるよ。座ったままでいいから、まずはこうやって伸びをして」
自身もその動作をして見せてくれる。
「次に首を回して。そう。それを十秒ずつ」
「こうね」
「うん。それで肩をこうすくめるようにして、ストンと落とす」
「こうかしら?」
「そう。それを五回」
言われた通りにストレッチをすると、レモンキャンディを食べたこともあり、本当になんだかスッキリした。
「どう、気分は?」
「不思議とさっぱりした気持ちだわ」
「よかった! ではそろそろホールへ向かう?」
「ええ、行きましょう」
元気に席を立つ私を見て、ジャスパー、アンバー、セーブルは驚き、美青年リアスは慣れた動作でエスコートを始める。
そう、美青年リアスは何かあると、私をエスコートするのが当たり前になっていた。三年前に知り合い、毎朝の訓練以外で会う時。彼は「僕は貴族だから。令嬢をエスコートするのは当然だと思う」と言って、当たり前のように私をエスコートしていた。子分三人が出来た時、それは既に確立したもの。ゆえに三人は美青年リアスがエスコートしていることに、口出しはできなかったのだ。
ということで正直、美青年リアスのエスコートは完璧。私も彼のエスコートに慣れているので、姿勢、速度、タイミングなど、全て文句のつけようのないものになっていると思う。
「ではホールの中央へ行こうか」
「ええ、そうしましょう」
エスコートは慣れたものでも、ダンスは違う。
ダンスを私は美青年リアスと踊ったことがない。
今日が彼との初めてのダンスだった。
ホール中央に到達し、向き合ったところで前奏が聞こえる。
(スローワルツね。曲調としては深みのある感情を表現したものが多い)
曲が始まり、ゆったりした旋律に身を委ねて踊るようになるのだけど……。
チェロの旋律と共に、向き合った姿勢から、さらに距離が縮まる。三拍子のリズムに合わせ、重心を移動させたとき、美青年リアスのつけている爽やかな香水がほのかに漂う。その香りを感じると、背中に触れる彼の手が意識され、なんだかドキドキしてくる。
メロディに合わせ、旋回する中、美青年リアスの透明感のある瞳と視線が絡まる。
流れる曲は、想い合うのに気持ちを伝えられない、男女の切なさを描いたもの。美青年リアスの表情も、曲に合わせたかのように憂愁を帯びていた。それを見るとなんだかキュンとしてしまう。
そこで床を打つステップと共に、体を引き寄せられ、互いの吐息が届きそうになりながらも、ゆっくりと離れていく。お互いの手が触れ合い、今にも抱擁しそうな距離なのに、そうなることはない。
(ダンスをしているだけなのに! なぜこんなにもトクトクと胸が高鳴るのかしら!?)
美青年リアスのリードはお見事で、ステップにミスもなく、その表情は曲に合わせた完璧なもの。最後のポーズを決める時は、パーフェクトな踊りに満足し、高揚感で、恍惚な気分になっている。
「サンフォード公爵令嬢、ありがとう。とても胸が躍るダンスだったよ」
「私も……とても気持ちが昂ったわ」
見つめ合うとお互いに頬が上気し、達成感のある笑顔になっていた。
本当はこのまま抱きつき、この喜びを分かち合いたい気持ちになっている。
それは……美青年リアスも同じだったのか。
腰に回された腕に、一瞬力がこもった。
でも彼はハッとした様子でその力をすぐに抜き、代わりに私の手を取り、オペラグローブをつけている手の甲へキスを落とす。
「また……僕とダンスを踊ってほしいな、サンフォード公爵令嬢」
「ええ、喜んで。また踊りましょう」
こうして四人とのプレデビュタントが終わった。
お読みいただきありがとうございます!
いよいよデビュタントのパートナーが決まる!
もう1話は夜に更新頑張ります=3























































