幕間 君だから
大きな杉の木の上で、小太郎はぼんやりと遠くの空を眺めていた。ふとした拍子に頭を過ぎるのは、昨夜の真希の言葉。
痛かった。よそ見して大木にぶつかった時よりも、剛錬の鉄拳制裁を受けた時よりも、ずっとずっと痛かった。
「………………」
ごそごそと懐をまさぐり取り出したのは、一本のシャープペンシル。あの日、二人で行った店で買った品。黒色の中に赤線が引かれた、不思議な一本。
自分が好きだと言った黒色。
彼女が好きだと言った赤色。
二つの色を併せ持つ物。今となっては皮肉にしか思えない。
「っ……」
衝動的に手に持つシャープペンシルを投げ捨てたくなって、小太郎は上半身だけで振りかぶる。だがその手は振られる事なく、彼は力を抜いて最初の体勢に戻った。
無言のまま、手の中でシャープペンシルを弄ぶ。
ふと、昔の光景が頭を過ぎった。
生まれたからずっと、人間の行いを観察してきた。自然を破壊するその行いを、憎み続けた。
そんな日々の中で、小太郎に転機が訪れた。
人間が捨てたゴミの山と格闘する一人の少女。戦う理由は埋もれるように生える一本の苗木。
最初にその行為を見たとき、小太郎は激しい怒りを覚えた。人間がした事で死にかけている苗木を、人間が助けようとしている。傲慢だと。偽善だと。胸の内でののしった。
だが、小太郎にとって少女の行いは初めて見るものだった。その時の彼はそんな事をする人間がいるとは考えもしなかった。
その身を汚し、全身に傷を刻みながらも諦めない少女の純粋なひたむきさに、知らぬ間に心打たれていた。
結局、少女の祖父らしき老人が迎えに来て疲れ果てた少女が背負われて帰って行くまで、小太郎はずっと観察を続けていた。
死にかけの霊樹の苗木を持ち帰ったのは、たぶん少女に感化されたからだ。助けなければならない。自分に出来る全てを用いて。そう、強く思った。
それ以後、何度か同じ場所に行ってみたが、二度とあの少女を見つける事は出来なかった。ただ、少女の祖父であろう老人の名前だけは知った。
その名は――
――ふん。我ながら女々しいのう。こんな時に昔を思い出すとは。
自分で自分を嘲笑い、小太郎はお面の下で目を閉じた。




