89「代わってしまう」★海神勝
KKKとの狂騒が幕を開ける前。
ダミアンと共に車に身を隠しファーマーズマーケットに向かう織歌たちを見送った俺は眠りについた。
夢は死と生の狭間。
そこに囚われている乙女に会いに行くためだったが、ダミアンからすればただ俺が寝ているだけのように見えるだろう。
「俺が見てるから寝てな」なんて兄貴ぶった声を聞きながら、俺は目を瞑った。
◇ ◇ ◇
死の世界、海の底――
ここは乙女の世界の一部でもあり、好き放題に空間を作ることができるらしい。
ただ暗闇だけが広がる世界の中、日本風の大きな屋敷が構えられていた。
「ねんねしなっせ、おとねんね、おつきさんが、みちばてんきゃる――♪」
どこか懐かしい面影を残す屋敷の門を通ると、庭では着物姿の幼い少女が赤子をあやしていた。
アレは確か、竜宮城よろしくタイとヒラメによる人形劇。
今度はどんな劇をしているんだか……と呆れながら、俺は乙女に会いに行った。
「あ、お疲れ様です……」
乙女は縁側でぼんやりと庭を見ていた。
俺が呼び掛けても振り返ることなく、暗い雰囲気でうつむいては時折膝を抱えてうずくまっている。
「今日は特別暗いな」
「メンブレしてるんです。ここだと薬無いから」
「めんぶれ?」
「エヴラードのこと、どう考えても新キャラだなって。私がこの世界に転生している間に、私を置いてどんどんアプデしていっちゃうんだ」
「しんきゃら、あぷで」
相変わらず何を言っているかわからないが、俺は乙女の隣に座り、小さな肩をポンポンと叩く。
何の慰めにもならないだろうが、乙女はやっと顔を上げてこちらを見てくれた。
「私が攻略対象として作ったキャラは、ダミアン・シュヴァリエ・エンゼル・水虎だけなんです」
「水虎にはまだ会えてないな」
「そうなんです。なのにエヴラードが出てきたり、他にもなんかいっぱい人が出てきて……。そりゃ当然っちゃ当然なんですけど、私のいない世界で変化があって、さらに発展していくことが、どうしても苦しくて」
その気持ちが、今の俺には少しわかる。
俺は今までずっと、すべてが他人事のように感じていた。
雲が千切れては空を流れるが如く、世界は俺という存在がいようがいまいが何も変わらないものだと思っていた。
(でも、それは違うと知ることができたのは、同じ痛みを教えてくれたのは、俺を見つけてれた乙女のおかげだ)
「…………」
と、言ってやりたいのだが、女を慰める気の利いた言葉が出てこない。
気まずい沈黙が流れた後、乙女はうすら笑いを浮かべてまたうつむいてしまった。
「あーあ、死にたい。いや、死んだも同然なんですけどね。存在に価値がないならいてもいなくても意味ないじゃんって」
「待て待て待て、何かいい慰めをするから」
「気なんて使わないでいいですー、どうせ死ねもしないし」
「あー、もう。どうすりゃいいんだ」
「ねんねしなっせ、ねむたかろ? あたのすきな、みかんもやるけん――♪」
俺が頭を抱えている間にも、屋敷の庭では人形劇が続いている。
幼い少女が歌っているのは熊本の南の方の訛りで紡がれる、子供が考えたデタラメな歌詞の子守歌。
「――あれ、俺の姉なんだろ」
俺は、それを知っていた。
「あ、わかりました? あなたの過去設定を見直そうと思って、ずっと人形劇させてるんです」
「汐姉さん。2歳のころに別れたっきり、二度と会ってねえ」
「最後に関わったのは、拾った織歌を遺書と一緒に届けたくらいですからね。ごめんなさいね、もう少し関り持たせればよかった」
「そんなもんだよ、人生なんて」
ずっと歌っていた少女は優しそうに赤子に歌いかける、その赤子は幼い頃の俺だった。
「お前がいなくても世界は進むかもしれねえけど。お前がいなくちゃ俺はいなかったよ」
懐かしいとすら思わない、記憶から消えてしまった光景。
それを見ていると、乙女にかけるべき言葉が自然と出てきた。
「俺は何者でもない。大都市を支配するマフィアでもないし、功績ある軍人じゃない、信仰に生きる神父様でもない……それでも、家族のことを思い出すと、生まれてよかったなって思う」
ぐすりと乙女が鼻をすする音が聞こえる。
気の利かない台詞だが、心には届いたらしい。
「……ふふ、そうですね。私、あなたを作ったんですもんね」
乙女は顔を上げると、やっと俺と目を合わせてくれた。
泣きはらして赤くなった瞳に俺の姿が映っている。
「着実に攻略を進めて、物語は第二部に入りました。エヴラードはきっと新しい攻略対象です。キャラは商材ですから、他にも攻略対象は増えていくかと思います」
「まさか……」
「はい、もちろん全員攻略! 織歌は全員と付き合って、スーパーハッピーエンドを目指してくださいね!」
「……これ、終わりは来るのか?」
だが、俺はそれでもいいと思った。
織歌は変わった。
初めて会った時の傲慢な性格から、ダミアン・シュヴァリエ・エンゼルと出会って相手を知ることやあえて無様を選ぶことを学んだ。
攻略という行為が彼女を強く美しくしていくのなら、それで皆が幸せになれるのなら、それは喜ばしいことなんだろう。
「わかったよ」と俺は返す、乙女は静かに笑う。
「おねは、やまさ、いっちくっけん、ないても、はよもどらんばい――♪」
人形劇の姉も静かに歌っている。
穏やかな風が静かに流れた、そんな時だった。
<見つけた>
姉の声が変わる。
幼い少女のあどけない声ではなく、脳に直接響くような不愉快な音が流れる。
その声を、俺は知っている。
「ウヅマナキ……」
<やあ勝くん。そしてキミは乙女ちゃんかな、はじめましてだね>
「お前……ぽっと出の……!」
乙女が何か言う前に、姉の姿をしたウヅマナキがこちらを指さす。
バタン! と音がして扉を締められたかと思うと、「封」と書かれた札が壁一面に貼られる。
何もできない。
手ひとつ動かすこともできないまま、俺達は屋敷の中に閉じ込められてしまった。
<結果はあとで教えてあげる。今は、静かにしていてね>
扉の向こうでウヅマナキの声がして、消える。
何が起きたのか、これから何が起きるのか、俺と乙女には何もわからなくなってしまっていた。
◇ ◇ ◇
そして、時間はKKKから逃走中の車の中へと戻る。
眠ったままの勝を後部座席に横たわらせたまま、たどり着いた時からひとり減った車内でダミアンたちは話し合っていた。
「ベインブリッジ殺しで琅玕隊が追いかけてきて……」
「だから。考えなしに行動するなって言いましたよね。サー・ヘイダル」
「でも、あいつらも話聞かねえからよ」
「レディもいない、最高責任者の少将は死んで監督役の大佐は左遷……日本軍側からしたらふざけた状況ですからね」
話というよりは、ダミアンがエヴラードに怒られている方が近い。
ひとこと話す度ねちねちと皮肉を言われる状況に、ダミアンは居心地悪そうに状況報告をする。
「もう新しい責任者が立ってるらしい。ヒメミヤ・イロハとかいう……」
「いろはおいたん! おとうさんのおともだち! わたしをね、おかあさんのとこにつれていってくれたの」
「勝の知り合いか。勝が起きてりゃよかったんだがな」
「ボス、勝はまだ起きませんか……?」
織歌も話に割り込み、話が展開していく中でも勝は静かに横たわるだけだった。
膝を貸していたエヴラードが勝の脈を診るが、死んではいなさそうだ。
だが、揺すっても声をかけても起きない状況に一行の中に不穏な空気が流れる。
「……このまま起きないってことは、ないでしょうね」
エヴラードが絞り出すようにそう言った。
勝の姉・汐さん。織歌の育ての母でもあります。
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