69「溶けて消える」★ダミアン・ヘイダル
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【ご覧あれ! 遥かなるインディアンの大地からやって来た、“サベージ・ボーイ”!】
1904年、シカゴ。
ギャングに攫われた6歳のダミアンが、見世物として初めて舞台に上げられた場所。
【”消えた民族”の最後の戦士! 幼いその雄姿をご覧ください!!】
バーレスクの司会が下衆な台詞で場を盛り立てる。
ランプに布を張って妖しい色で彩った派手な舞台。
幕が上がると、そこには安い造形の原始の森のセットが備えられている。
天井からぶら下げられた羽飾り、ティピーを模して造られたであろう謎のテント、申し訳程度の焚火が舞台を照らしている。
ダミアンは無理矢理に背中を押され舞台に立たされると、観客から笑い声が漏れる。
(こわい、こわい、こわい……)
客席は真っ暗で、舞台の上からは誰の顔も見えない。
それでも、みんなが嗤っているのがわかった。
恐ろしくて立ちすくんでいると観客から野次が上がる。
【歌え!! 踊れ!!】
【犬を持ってこい! 一緒に躍らせろ!】
めいめいに喚く観客を前に、すがるように舞台裏を見ると、ギャングが折檻用の鞭を持って俺を待っている。
幼いダミアンは喉を震わせて歌った。
一族に伝わる勇猛な戦士の歌、だが歌うたびに客席からは嗤い声が湧いてくる。
殴られたくないから、怒られたくないから。
いい子にしていれば、死なずに済むのだから。
◇ ◇ ◇
1923年、シカゴ。
(あれから街は発展を続け、黄金期に突入した……)
かつて俺が落とされた地獄は、今やアメリカでも指折りの都市に成長していた。
世界一の映画館、豪華な美術館、高級レストラン。
その裏では禁酒法を利用して暗躍するマフィアたち。
(6歳でここに落ちて、20歳で組織を乗っ取るまでここにいた。俺の地獄の全てがここにある)
華やかなシカゴのどん底に、光は届かない。
スラム地区の廃屋。まばらに人が出入りする、澱んだ空気の不気味な場所。
俺はそこに迷いなく入っていく。
ここは街の掃きだめ。
仕事を求めて流入したネイティブアメリカンたちが小さなコミュニティを作っている場所だ。
「何の用だ」
遠慮なしにずかずかと入っていくと、門番のような役割の若い男が道を阻む。
俺は敵意のないことを示すために、さっきレストランで大量にもらったパンの入った麻袋を差し出す。
「仕事が欲しいんだ。死体処理でも何でもする。まわしてくれねえか?」
若い男はパンの匂いを嗅いで、それが腐っているわけでも毒が入っているわけでもないことを確認する。
貢物を持ってきたことで、相手の警戒心が下がったのがわかった。
「紹介は?」
「ねえよ。この街には来たばっかりだ」
「……なら無理だ」
しかし、そう簡単には受け入れてもらえない。
男は律義にパンの入った麻袋を返すと、暗に帰れと伝えるように俺の体を押した。
「悪いが、よそ者を受け入れる余裕はない」
「冷たいな。同じネイティブだろ?」
「この街に部族の団結はない」
「………………」
この街の光で、ネイティブアメリカンは溶けて消える。
権利も文化も結束も失って、追い詰められたネズミのように闇の中で身を寄せ合う。
そんな地獄で、俺は長い間ギャングの奴隷をしながら、同じ境遇の奴らと血の報復をしてのし上がった。
組織を奪い取り、ギャングごっこをしていたらたまたまマフィアの大物が面倒を見てくれた。
「そうだな。悪かった」
だが、それは俺の実力だけじゃないことは十分理解している。
俺は幸運だっただけだ。
何もなければ暴力の果てに全てを失って、俺もここに流れてきただろう。
(目立ちたくねえが、ギャングにあたるか……)
ここで生きる同胞の邪魔をしたくはない。
危険はあるが身分を明かしてギャングの伝手を使おう。
そう思って踵を返そうとしたとき、懐かしい声が聞こえた。
「おい! ”レッド・ボーン”だろ!?」
「……ダクウェラン?」
レッド・ボーン……俺のネイティブ名だ。
こんな掃きだめの中に響く、喜びが混じった懐かしい声。
それは俺の見世物奴隷時代に同じ境遇を過ごした弟分だった。
「レッド・ボーン、ニューヨークに行ったって聞いたぜ! 戻って来たのか!」
ダクウェランは仕事の帰りなのか、同じくらい若い歳の男たちを引き連れていた。
彼らは俺の名前を聞くと戦慄し、ひそひそと相談しあっている。
「レッド・ボーン……」
「マフィアだ。なんでここに」
「厄介ごとか?」
まずった。ここに顔見知りがいるなんて。
わざわざ身分を隠して、襤褸い服を着て、ネイティブの同胞の輪に紛れようとする怪しい動きが「マフィア」の単語ひとつで線のようにつながる。
「おぼえてるぜ、この腕の刺青……。“偽インディアンショー”の為に一緒に彫られたんだよな。ニューヨークでもやってんのか?」
「やってるわけねえだろ」
「だよなあ! 土地買い漁ってんだって? デラウェアを取り返したら呼んでくれよ。ばあちゃんが喜ぶ」
「……マンハッタンしか買えてない」
厄介ごとを持ち込んできたであろう俺を前に、ダクウェランは明るく振舞ってくれる。
こいつだって警戒心がないわけじゃない。
それでも、俺と話したいことが沢山あるのか、能天気な振りをしてまわりの警戒心を解こうとしてくれている。
俺との再会を、懐かしんでくれている。
「会えてよかった、ダクウェラン。俺はもう行く」
胸が熱くなって、懐かしい気持ちでいっぱいになる。
俺も会えて嬉しい。
だが、だからこそ、可愛い弟分のいるコミュニティを荒らせない。
ダクウェランによって暴かれた俺の正体に若い男たちは警戒心を露わにし、女たちは小屋の奥に引きこもってしまっている。
「いい。入れ」
これ以上俺といればダクウェランの立場が危うくなる。
その場を離れようとした俺を、しわがれた低い声が呼び止めた。
「じいちゃん! いいのか!?」
「ダクウェランの知り合いだろう、入れてやれ」
「わかった……」
声の主はコミュニティの長らしい老人だった。
腰の曲がったまともに労働などできないような体の老人を、若い男たちが支えている。
(なにが「団結はない」だ……)
知恵と人望のある老人を長としてコミュニティの調和を図る――それは俺の知るネイティブアメリカンの風習だ。
何も消えてはいない。
ただ、見えなくなってしまっているだけなのだ。
「ありがとう」
俺は静かに礼をすると、コミュニティに入れてもらった。
◇ ◇ ◇
俺たちは火囲むように並んで座る。
俺は客の扱いを受けているのか、長老の隣に席を与えられた。
円陣の端では女たちが調理をしており、三姉妹のスープが入った器が俺の前に置かれる。
(……最後に食べたのは、織歌たちと一緒の時か)
スープを見ると、幸せの絶頂にいた記憶がよみがえる。
織歌がいて、友人たちがいて――全員織歌の婚約者という、わけのわからない関係だが――、俺たちは自分の歴史と文化を共有しあって、尊敬しあっていた。
(早く織歌に会いたい)
あの子といると、俺は俺の形を取り戻せる気がする。
あの子がいなくなったら、俺は……
「この三姉妹のスープは、3つの野菜が互いを助け合い成長し、我々の命へとつながる」
そんなことをぼんやりと考えていると、長老が静かに語りだす。
長老は最も尊敬される存在だ。
静かにその声に耳を傾けると、幼い頃の爺さんのことを思い出す。
(あれから20年近くたってる。もう、生きちゃいないだろうが)
「差し入れにパンがある」
長老の語りが終わると、俺は貢物を差し出した。
白人の食いさしではあるが、高級レストランの逸品だ。
子供たちは色めき立ち、男達も食べたそうでそわそわしている。
「出所は?」
だが、長老は俺に厳しい声で訪ねてきた。
「白人の施しだ」
俺が正直に答えると、男たちのパンに伸びかかった手が引いていく。
皆何も言わないが、悔しそうに拳を握っている。
自分たちをここまで追い込んだ白人の憐れみを受け取るべきかどうか、悩む瞳が揺れている。
「誇りはどこに落としてきた」
長老の冷たい口ぶりに、心が冷えた。
怒りはわかる。
だが、奴らの施しがなければ生きていけないことも事実だ。
俺たちは敗北者なのだと認めるべきだ。
そんな怒りで、俺もまた冷めた口調で返してしまう。
「地獄の入り口に」
静かな食卓で、これ以上誰も口を開くことはなかった。
「俺は食うよ。腹減ってるしな」
ダクウェランがそう言ってパンを手に取る。
その姿を見て、おずおずと子供たちがパンをもらいにやってきた。
「食べていい?」
「食いな。力をつけろ」
「うん」
俺は子供にパンを差し出すと、子供は笑顔でパンをかじった。
すべて失った中で、小さな希望すらも白い色をしている。
それでも俺達は、その光を掴む。
そうしなければ、生きることはできないから。
ネイティブアメリカンたちは保留地という辺境の地に追いやられていましたが、そこは瘦せた土地でまともな生活はできませんでした。
一部の人々は出稼ぎをして暮らしていましたが、大都市に彼らの居場所はほとんどなかったようです。
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