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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第二部【アメリカ横断編】第一章・シカゴ狂騒曲

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66「エヴラードは聞き上手」★海神勝

 シカゴ劇場。


 「世界の不思議な劇場」と銘打った世界最大級の映画館は、数年前にできたばかりのシカゴの新名所だ。

 3600席の観客を収容する7階建ての劇場はこの街に悠々と聳え立ち、“CHICAGO”の7文字が垂直に並ぶネオン看板が人々の注目を集める。

  

 足元には深紅のカーペットが敷かれ、観客たちがぞろぞろと吸い込まれていく。

 誰でもウェルカム――そんな宣伝文句とは裏腹に、観客は大多数が白人だった。


「いずれ映画にも音がつくだろう。そうなると、生の演技はもう流行らないと思わないかね」


 最上級VIP席であるボックス席へ案内されたシュヴァリエを迎えたのは、ベインブリッジだった。

 彼は案内人に一瞥して人払いをさせると、ベルベット張りの椅子にシュヴァリエを誘う。


「……」

 

 シュヴァリエは一瞬だけ逡巡したのち、静かに席に座る。


「あなたは何を望んでいる」


 シュヴァリエはベインブリッジを見ることなく、目線を眼下に広がる超巨大スクリーンに向けたまま問いかける。


「望みはワダツミマサルの情報だろうが、奴は口を割っていない。私はあなた方の望む情報は持っていないのに、なぜ呼び出した」

「はは。人形の様だった貴様が、よく口が回るようになったな。恋は人を変えるか」


 ベインブリッジの言葉ひとつひとつがシュヴァリエの神経を逆なでる。

 今すぐにでも懐に忍ばせた銃を抜き、脳天をぶち抜いてやりたい。

 だが、そんな激情を表情に表せるほど、シュヴァリエは素直な男ではなかった。


「琅玕隊は崩壊寸前だ。織歌嬢の指揮では“特殊な問題”に対処しきれない。私は総責任者として現場を立て直す指揮をしなければならなくてね」

「どの口でほざいている」

「そう怒るな」


 劇場の賑わいが潮の音のように広がっているのに、ボックス席は水を打ったように静かだった。

 張りつめた空気が広がり、シュヴァリエからは静かな殺気が漏れている。

 ベインブリッジは静かに怒るシュヴァリエを笑った。

 

「ミシェル・イス大尉、今日から現場復帰だ。君が隊長になり、ワダツミマサルをこちらに引き渡せば、織歌嬢は無事に返す」

「ウヅマナキの要求か」

「ああ。だが”君が決断すること”に意味がある。君がその口で日本の不穏分子を処し、日本の哀れな子供を守ると決断することに」

「なぜそれを私に求める」

「琅玕隊には、君しかまともな人間(優秀な白人)がいないからさ」


 ベインブリッジは静かに笑う。

 

「彼女は騎士の助けを待っているよ」


 シュヴァリエはその言葉には答えず、静かにその場を後にした。


 ◇ ◇ ◇

 

 「シュヴァリエさん、軍に復帰されるようですよ」


 1日目を移動に、2日目を情報収集に費やした結果、織歌が攫われてもう3日目になる。

 シュヴァリエはシカゴに移ってから情報収集に奔走しておりほとんど顔を合わせていない。

 時間だけが無駄に過ぎていく中で、俺はエヴラードと共に高級ホテルの一室で待機を命じられていた。

  

「もうシュヴァリエさんではなくてイス大尉かサー・イスとお呼びしないといけませんね」

「”なんで” ”いきなり”」

「ベインブリッジ少将直々のご命令だそうですよ」

「”会ったの?”」


 俺が無駄な一日を過ごしている間にも、状況は大きく変わっていっている。

 奴らの要求ははっきりとせず、俺に「待っている」とだけ伝えていただけだった。


(人間型の海魔である「俺」がどうできたかを知りたい、それがウヅマナキの要求だ。だが、はっきりと伝えてこないということは、ウヅマナキも大っぴらにしたい情報じゃないんだろう)

 

 だがここにきてベインブリッジがシュヴァリエに接近した。

 俺の近くにいるシュヴァリエを手元に置いておくことで交渉を進めたいのか。

 そしてシュヴァリエはそれを受けたは何故だ? 軍に復帰するということは、ダミアンと手を切るということなのか。


 くそっ……わからん。


(俺の頭が悪すぎる……!!!!)


 自分にも他人にも興味がなかった性格が災いして、こういう政治めいた駆け引きは苦手だった。

 誰が何を求めて、どう動けばいいのか、ごちゃごちゃした状況に頭を抱える。


「状況がごちゃごちゃしていますね」


 黙ってしまった俺を見て、エヴラードは呆れたように笑う。

 

「でも簡単な話ですよ。我々は大切な女性を攫われている。攫った相手はあなたの情報を欲しがってる。

 今は情報を手に入れるために、シュヴァリエさんを揺さぶっている段階でしょうね」 

 

 今この状況で、この男だけは冷静だった。

 もともと織歌とは面識がなく、緊急事態で駆り出された弁護士役という立ち位置のせいか、俺やシュヴァリエのように変な焦りがない。

 俺が秘密を抱えていることも、シュヴァリエが揺さぶられていることも、こともなげにさらりと説明されてしまった。


「”俺が” ”ついてるから” ”嘘”」

「嘘ついてるんですか?」

「”ついてない” ”言ってない、何も”」

「隠し事をしてるんですね」

「”どこまで” ”言えば” ”いいか”」

「わからないんだ」

 

 ごちゃごちゃした頭の中で、思いついた言葉を拙い英語で並べる。

 エヴラードは弁護士らしく、巧みな言葉遣いで俺の真意を探ってくる。


「隠しておかないといけないことは、誰のためですか?」

「”みんな”」

「なるほど。下手に知るとトラブルになってしまう話だと」


 ウヅマナキは俺のような存在の作り方を知って、自分の同族でこの世界を侵略しようとしている。

 ……という話をどこまで信じてくれるのか、信じてもらえたところで、神にどう立ち向かえばいいのか。

 

「”……俺に” ”ないから” ”力”」


 なんかすごく強い力(チート能力)を持たない俺では、できる事に限界がある。

 織歌を、織歌の婚約者たちを救う力を俺が持っていれば、こんな騒動は簡単に決着がつくのに。


「力って言うのは?」

「”神を” ”殺せる” ”くらい”」

「はは。私はプロテスタントなので、簡単に頷くことはできないですけど」

「”……忘れて”」

 

 エヴラードが聞き上手すぎて、うっかり神のことまで口を滑らせてしまったことにハッとする。

 意味不明であろう俺の言葉にも、エヴラードは耳を傾けてくれる。

 

(こいつと喋ってるとうっかり情報吐いちまいそうだ)


 これ以上口を滑らせない様に手で口をふさぐと、「尋問じゃないですよ」とエヴラードがぽんぽんと肩を叩く。

 

「強さっていうものを、あなたはきっと勘違いしておられる」

「…… ”それは”」


 ――コンコン


 会話を遮るように、控えめなノックの音が部屋に響いた。


「バーラム様、ワダツミ様、お車が来ております」

「ええ。ありがとう。では、ミスター・ワダツミ、続きは後で話しましょう」


 ホテルスタッフの言葉に、エヴラードは雑談を切り上げて立ち上がる。

 

 エヴラードの姿はいつにもまして整えられていた。

 奴曰く、洗練されたチャコールグレーのダブルスーツに、弁護士の定番の黒のオックスフォードシューズでWASPであることを強調。

 懐にはシルバーの懐中時計とプラチナのカフスで資金力をチラ見せ。

 近づいた人間だけが気づく程度の控えめな香水は、爽やかな柑橘の奥に森のような深みがある香り……らしい。


 これは奴の勝負服。

 

「D精神病院へ向かいましょうか」

 

 俺たちはこれから、織歌が囚われている精神病院に表から乗り込むのだ。

シュヴァリエは正式に軍に復帰して、イス大尉となりました。

ただ、ややこしいのでみんなはシュヴァリエと呼び続けます。


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次回は9/29(月) 21:10更新です。

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