53「シュヴァリエにひたすら怒られる回」★海神織歌
「――というわけで、新たな婚約者のエンゼル神父様です」
父への説明が終わり、私たちは地上の教会へ戻ってきた。
そこには炊き出しの手伝いが終わったシュヴァリエと、仕事終わりのダミアンもいた。
婚約者3人に囲まれ、私は新たな婚約者のエンゼル神父を紹介することになった。
「婚約者は追加されるもんじゃねえんだよ」
「聖職者も落とすとは……」
ダミアンとシュヴァリエは、唸るように低い声を絞り出す。
私とエンゼル神父は決して友好的な関係ではなかったので、突然婚約者云々と言われても戸惑うのはわかる。
「”してください” ”許可”」
「……お父さん、自分で言いますから」
私が頭を下げる前に、父が先に頭を下げる。
シュヴァリエの時といい、この人は私の恋愛を妙に応援してくれている。
ありがたくもあり、妙な気分でもあった。
「全員幸せにしますので、認めてください!」
「3人も4人も変わんねえよ。織歌の好きにしな」
「私も構わない。が……何が起きたのかは教えてほしい」
ふたりは新しい婚約者に文句は言わなかった。
それよりもなんでびしょ濡れなのか、私が怪我をしているのかの方が気にかかるらしい。
「ああ、すべて話すよ――」
こうして、私は父に話したエンゼル神父とのすべてを彼らに伝えた。
エンゼル神父の願いもあり、彼の出自……半魔であることも、すべて。
***
「……この、ドジが…………」
すべての説明が終わった後、ダミアンは深い深いため息をついた。
「”冷静”」
「どこから怒っていいかわかんねえんだよ」
言いたいことは沢山ありそうだが、何から伝えればいいのかで悩んでいるようだ。
だがシュヴァリエは静かに怒っていた。
「エンゼル。私はお前でも殺すぞ」
「ごめんなさい……」
シュヴァリエの怒り声は淡々としていて、それが余計に恐ろしい。
エンゼル神父もシュヴァリエには頭が上がらないのか、しおしおと謝っていた。
「”まあまあ”」
「……Sir、あなたにも聞きたいことがある。今日はボスの護衛を依頼していたはずだが?」
シュヴァリエは仲裁に入る父にも容赦はない。
静かな怒りを含めたまま、淡々と彼を問い詰める。
「そういえばそうだった。お父さん・ダミアン。なんで別々で行動してるんです?」
「「あー……」」
私の言葉に、父とダミアンは互いに顔を見合わせる。
何があったんだ……?
だがどちらも口を開こうとせず、何か言い訳を考えているようだった。
「”落ちちゃった” ”海”」
「ちょっと知人に会って、こいつのこと忘れてた」
何だこの違和感……
嘘ではないのだろうが大事な部分はきちんと端折られた説明にもやもやする。
(私に隠し事……? このふたりが?)
「ボス、あまりにも軽率です。ご自分の立場は理解されてますか?」
「いや、本当にたまたまで……もう二度とないからよ……」
「一度目で死ぬ可能性は考えなかったと?」
「……いや、それは」
「休暇をいただいた私が悪いのです。二度目は起こさせません」
「悪かったよ」
しかしシュヴァリエは容赦なかった。
感情のこもらない淡々とした責め口に、あのダミアンですら渋い顔で謝っている。
「サー。レディとエンゼルを助けてくれたことには感謝しています」
「”ごめんなさい”」
そして次、シュヴァリエは父に語り掛ける。
父は完全に叱責の流れが来ることを理解しており、早めに降伏した。
「ですがあなたにはボスを託していたのです」
「”……はい”」
「次やったら、私はあなたでも殺しますよ」
「”ごめんなさい……!”」
「完全降伏してるから許してやってくれ……」
場の空気が完全に凍ってしまった。
無理に話題を変えようとしてみたが、シュヴァリエの矛先は私に向いてしまった。
「そ、そんなことより! エンゼル神父の情報提供で大切なことが分かったんだ」
「あなたの命の危機なのに”そんなこと”ではないだろう」
「ごめんなさい……」
冷たくも暖かい目で諭されると、他の人たちと同じように謝ることしかできない。
(よく考えればシュヴァリエは元海軍大尉。滅茶苦茶上官じゃないか……)
静かな威圧感が恐ろしい。
体が勝手にシュヴァリエを上官判定して服従してしまう。
だが、気後れしていては話が進まない。
「海魔の王でありエンゼル神父の血縁上の父・ウヅマナキ。奴を殺せばこの海魔騒動すべてに決着がつくはずだ」
「だが、エンゼルの話によると人に化けて社会に溶け込んでいるんだろう」
「はい、今もニューヨークにいるかどうかすら定かでなく。同じ形でいるかどうかも……」
「「”………………”」」
まただ。
父とダミアンは意味深な顔で黙っている。
「お父さん、ダミアン?」
さすがに任務の話となれば聞かないわけにはいかない。
ふたりの名前を呼ぶと、観念したようにダミアンが喋りだした。
(……お父さんは口を開いてはくれいんだな)
「深海教団」
「それは……!」
深海教団。
それは海魔と軍とつながりのあるカルト団体であり、シュヴァリエが身を堕とした原因の一因。
「さっき、それの関係者に会った。そいつらの口ぶりからして、ウヅマナキはニューヨークで活動を再開している」
「向こうも何らかの活動を始めているようだな」
シュヴァリエの声が、この場に張りつめたような緊張感を作る。
ボスのダミアンに対してもかしこまった口調ではなくなっている。
まるで昔の彼――海軍大尉だった頃のミシェル・イスに戻っているようだった。
「シュヴァリエの話からして、軍の上層部はきな臭い。この件は私たちだけで調べよう」
◇ ◇ ◇
海神勝は非常に困っていた。
ウヅマナキ本体と邂逅してはいるが、それを伝えると悪役令嬢の代行で物語の改変をしていることまで話が及びかねない。
ウヅマナキはそのことを知っていて自分に会いに来ているのだから。
自分は最も真実に近いのに、それを隠しながら味方の顔をして隣にいなければいけない。
これは確かに”悪役”の所作だろう。
この行為が正しいのか、勝にはもう自信がなかった。
ラスボスのしっぽを掴んで、物語はボス攻略へ動きつつあります。
次話、勝とダミアンに何があったのかが明かされます。
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