44「down there」 ★海神勝
「休憩後は”上”に来なさい」
支配人に命じられるがまま、俺は地下の灼熱地獄から地上に上がってきた。
――なぜか汗に濡れたシャツを支配人が持って行ってしまったので、上裸の状態で動く羽目になっている。
「ジャパニーズ?」
「かわいー!!」
「いいの見つけたじゃん!」
舞台裏に連れていかれると、バーレスクのショーを終えた踊り子たちが裸同然の格好でくつろいでいる。
その脇を通るとわいわいと囃し立てられて居心地が悪い。
舞台の片づけでも手伝うのかと思ったが、観客はまだ残っているようだった。
「まっすぐ歩いて中央で止まれ。犬でもわかる命令だろ?」
「”まだ” ”人が……”」
だが支配人はそんなことはお構いなしに、俺に舞台まで歩けという。
まだ人がいるぞ、と言い切る前に背中を押され、俺は上裸という情けない姿で舞台に放り出された。
「お集りのVIPの皆様、お待たせいたしました。
閉店後のお楽しみ、特別なショーの一番手を飾るのは、オリエンタル・ドラゴン──刺青のファミリアを、今宵あなたのものに!」
舞台に裸のヤクザが現れたからか、司会らしき人間が叫び、客席が沸き立つ。
(乱入しちまった)
慌ててその場から離れようとしたが、黒いスーツの男たちに抑え込まれて舞台に縫い付けられる。
これはまずい。
花形の演目を潰してしまうなんて、仕事を紹介してくれたドムの顔に泥を塗ってしまう。
「しつけ前の極東のヤクザ! 抱くのか、壊すのか、それとも跪かせるのか──今夜はあなた次第。舐めて、掘って、跪かせて……“極道”を“極楽”に変える覚悟のある方はぜひどうぞ!」
視界の男が何か言っているが、聞いたことのない単語ばかりで意味はさっぱりわからない。
だが観客席では男女が手を振り上げて騒いでいる。
……観客も怒らせてしまったのだろうか。
「両手あげて万歳。脇も見せろ。胸、引いて。腰は前に」
俺を抑え込む黒服の男が、俺にもわかるよう単純な言葉で命令してくる。
(しょっ引くから抵抗するなってことか……?)
言われたとおりの姿勢を取ると、観客の舐めるような視線が突き刺さる。
「指、口にくわえて。それ、おろして、ズボンの裾、ちょっと引っ張れ」
(なんで……?)
こんなことする必要あるか?
だが舞台を邪魔してしまった以上、言うことを聞くしかない。
よくわからないまま言われたとおりにすると、黒服の男は「いい子だ。日本人は従順だな」と満足そうにしていた。
「脚、広げてしゃがめ。両手で自分の内腿、ぐっと開け。見せつけろそこを」
「…………”なんで?”」
「いいからやれ!」
さすがにそれは俺でも恥ずかしい。
(……まあ、俺のことなんかどうでもいいか)
が、まあ言われたならやっておくか。
ぼんやりしていると後ろから黒服が小突いてくるので、とりあえず言う通りの体勢になった。
「……買った。言い値でいいよ」
「ま、待て……!」
二人の男が何か喚いているのが聞こえる。
視線を外すと怒られるので見ることはかなわない。
何やらもめた後、他の観客も「おおおー!」と盛り上がる。
(いつまでこの大勢でいりゃいいんだ……?)
勝手に盛り上がる奴らを尻目に、俺はこの謎の時間がいつ終わるのかだけを考えていた。
その時だった。
ブツン、と電気が切れ、あたりが暗闇に包まれる。
「なんだっ!?」
「クソ、停電だ!」
「お客様、どうか落ち着いてください。すぐにムーディーなろうそくをご用意いたします」
よくわからんが停電したらしい。
騒ぎ立てる客をなだめるため、スタッフがあわただしく動く足音が聞こえる。
(逃げとくか……)
これ幸いとこの場から逃げようとしたが、劇場の人間もそこまで馬鹿じゃなかった。
逃げようとした矢先に、ぐい、と手を掴まれる。
――♪♪
「逃げるなよ」
「”わかった” ”怒らないで”」
この声はさきほど手を挙げていた金縁メガネの男だろうか?
奴は暗闇の中で手を引き、俺をどこかへ誘導する。
ほかの人間よりも俺は夜目が効くようで、真っ暗な道でも躓くことなく進むことができた。
向かった先は地下二階のボイラー室ではなく地下一階の扉の前――警察に引き渡す前の監禁場所だろうか?
「”謝る” ”ごめん”」
「やだな、怒ってないよ」
闇に目が慣れると男の姿がうっすらと見えてくる。
「へえ……こんな顔してるんだ。あの子と似てないね」
男もまた俺の顔が見えるのか、俺の顔について何かつぶやいている。
暗闇でばれていないと思っているのか、舐めるような視線が絡みついて居心地が悪い。
「龍の牙のような歯も神秘的だね。この傷は戦争でできたのかな?」
「”へんほう” ”はいはほ”」
金縁メガネの男は俺の唇に指を這わすと、口の端をぐいと引っ張って犬歯を露出させる。
傷の理由を聞いていることは分かったので、正直に答えると男は嬉しそうだった。
なんだか嫌な予感がする。
だが脳が理解を拒み、「いやいや」「警察に引き渡す前の隔離部屋だろ」などと必死に違う想像を掻き立てようとする。
「いいね、もっとキミのことが知りたいな」
金縁メガネの男はとろけるような瞳で何かしら囁き、髪に触れる。
【だが訳アリの場所だ。トラブルは自分で解決しな】
――ドムの言葉を思い出す。
(男娼にされた……!)
この店は閉店後に従業員に客を取らせており、俺は商品価値を見出されて、まんまと市場に出されたというわけだ。
上手く立ち回るべきだったのに、ぼんやりしてるうちに完全に売られてしまっている。
何もかもが後手に回っていて、自分で自分が情けない。
「”ダメダメ” ”ノー”」
慌てて覚えている限りの言葉で体を売らないと伝えるが、男は薄ら笑いを浮かべたまま取り合ってくれない。
「もう心配いらないよ。これからは──君は、僕のものだ」
「”ちがうよ” ”帰る” ”俺は”」
〈ああ、”そういう”ことじゃないよ。それはこの作品のルールから離れるじゃない〉
つたない英語で否定を繰り返す俺を嘲笑うかのように、男は日本語で返してくる。
……いや、〈これは〉日本語じゃない。なのに、なぜか俺はこいつの言葉を魂で理解できる。
『なんだ、お前…………』
〈そんなに怯えないでよ〉
思わずつぶやいた日本語を男は完ぺきに理解していそうだった。
ぞわりと背筋が怖気立つ。
吐き気がこみ上げるほど、嫌な空気がした。
〈ボクの名前はウヅマナキ……初めまして、”お父さん”〉
真っ暗な闇の中で、ぎらりと奴の金色の目が光った。
勝パパ危機一髪!
ぽっと出ラスボスもやっと登場しました!
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【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。
次回は8/22(金) 21:10更新です。




