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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第一部【攻略編】第五章・三人目「堕ちた海軍将校」攻略

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44「down there」 ★海神勝

「休憩後は”上”に来なさい」


 支配人に命じられるがまま、俺は地下の灼熱地獄から地上に上がってきた。

 ――なぜか汗に濡れたシャツを支配人が持って行ってしまったので、上裸の状態で動く羽目になっている。


「ジャパニーズ?」 

「かわいー!!」

「いいの見つけたじゃん!」

 

 舞台裏に連れていかれると、バーレスクのショーを終えた踊り子たちが裸同然の格好でくつろいでいる。

 その脇を通るとわいわいと囃し立てられて居心地が悪い。

 舞台の片づけでも手伝うのかと思ったが、観客はまだ残っているようだった。

 

「まっすぐ歩いて中央で止まれ。犬でもわかる命令だろ?」

「”まだ” ”人が……”」


 だが支配人はそんなことはお構いなしに、俺に舞台まで歩けという。

 まだ人がいるぞ、と言い切る前に背中を押され、俺は上裸という情けない姿で舞台に放り出された。


「お集りのVIPの皆様、お待たせいたしました。

 閉店後のお楽しみ、特別なショーの一番手を飾るのは、オリエンタル・ドラゴン──刺青のファミリアを、今宵あなたのものに!」


 舞台に裸のヤクザが現れたからか、司会らしき人間が叫び、客席が沸き立つ。

 

(乱入しちまった)


 慌ててその場から離れようとしたが、黒いスーツの男たちに抑え込まれて舞台に縫い付けられる。

 これはまずい。

 花形の演目を潰してしまうなんて、仕事を紹介してくれたドムの顔に泥を塗ってしまう。


 「しつけ前の極東のヤクザ! 抱くのか、壊すのか、それとも跪かせるのか──今夜はあなた次第。舐めて、掘って、跪かせて……“極道”を“極楽”に変える覚悟のある方はぜひどうぞ!」


 視界の男が何か言っているが、聞いたことのない単語ばかりで意味はさっぱりわからない。

 だが観客席では男女が手を振り上げて騒いでいる。

 ……観客も怒らせてしまったのだろうか。

 

「両手あげて万歳。脇も見せろ。胸、引いて。腰は前に」


 俺を抑え込む黒服の男が、俺にもわかるよう単純な言葉で命令してくる。


(しょっ引くから抵抗するなってことか……?)


 言われたとおりの姿勢を取ると、観客の舐めるような視線が突き刺さる。


「指、口にくわえて。それ、おろして、ズボンの裾、ちょっと引っ張れ」


(なんで……?)

 

 こんなことする必要あるか?

 だが舞台を邪魔してしまった以上、言うことを聞くしかない。

 よくわからないまま言われたとおりにすると、黒服の男は「いい子だ。日本人は従順だな」と満足そうにしていた。


「脚、広げてしゃがめ。両手で自分の内腿、ぐっと開け。見せつけろそこを(down there)

「…………”なんで?”」

「いいからやれ!」

 

 さすがにそれは俺でも恥ずかしい。


(……まあ、俺のことなんかどうでもいいか)

 

 が、まあ言われたならやっておくか。

 ぼんやりしていると後ろから黒服が小突いてくるので、とりあえず言う通りの体勢になった。


「……買った。言い値でいいよ」

「ま、待て……!」


 二人の男が何か喚いているのが聞こえる。

 視線を外すと怒られるので見ることはかなわない。

 何やらもめた後、他の観客も「おおおー!」と盛り上がる。


(いつまでこの大勢でいりゃいいんだ……?)


 勝手に盛り上がる奴らを尻目に、俺はこの謎の時間がいつ終わるのかだけを考えていた。


 その時だった。

 ブツン、と電気が切れ、あたりが暗闇に包まれる。


「なんだっ!?」

「クソ、停電だ!」

「お客様、どうか落ち着いてください。すぐにムーディーなろうそくをご用意いたします」

 

 よくわからんが停電したらしい。

 騒ぎ立てる客をなだめるため、スタッフがあわただしく動く足音が聞こえる。

 

(逃げとくか……)

 

 これ幸いとこの場から逃げようとしたが、劇場の人間もそこまで馬鹿じゃなかった。

 逃げようとした矢先に、ぐい、と手を掴まれる。

 

 ――♪♪

 

「逃げるなよ」

「”わかった” ”怒らないで”」


 この声はさきほど手を挙げていた金縁メガネの男だろうか?

 奴は暗闇の中で手を引き、俺をどこかへ誘導する。

 ほかの人間よりも俺は夜目が効くようで、真っ暗な道でも躓くことなく進むことができた。

 

 向かった先は地下二階のボイラー室ではなく地下一階の扉の前――警察に引き渡す前の監禁場所だろうか?


「”謝る” ”ごめん”」

「やだな、怒ってないよ」

 

 闇に目が慣れると男の姿がうっすらと見えてくる。

 

「へえ……こんな顔してるんだ。あの子と似てないね」


 男もまた俺の顔が見えるのか、俺の顔について何かつぶやいている。

 暗闇でばれていないと思っているのか、舐めるような視線が絡みついて居心地が悪い。


「龍の牙のような歯も神秘的だね。この傷は戦争でできたのかな?」

「”へんほう(戦争)” ”はいはほ(海魔と)”」


 金縁メガネの男は俺の唇に指を這わすと、口の端をぐいと引っ張って犬歯を露出させる。

 傷の理由を聞いていることは分かったので、正直に答えると男は嬉しそうだった。

 

 なんだか嫌な予感がする。

 だが脳が理解を拒み、「いやいや」「警察に引き渡す前の隔離部屋だろ」などと必死に違う想像を掻き立てようとする。

 

「いいね、もっとキミのことが知りたいな」


 金縁メガネの男はとろけるような瞳で何かしら囁き、髪に触れる。


【だが訳アリの場所だ。トラブルは自分で解決しな】


 ――ドムの言葉を思い出す。


(男娼にされた……!)

 

 この店は閉店後に従業員に客を取らせており、俺は商品価値を見出されて、まんまと市場に出されたというわけだ。

 上手く立ち回るべきだったのに、ぼんやりしてるうちに完全に売られてしまっている。

 何もかもが後手に回っていて、自分で自分が情けない。


「”ダメダメ” ”ノー”」


 慌てて覚えている限りの言葉で体を売らないと伝えるが、男は薄ら笑いを浮かべたまま取り合ってくれない。


「もう心配いらないよ。これからは──君は、僕のものだ」

「”ちがうよ” ”帰る” ”俺は”」

 

〈ああ、”そういう”ことじゃないよ。それはこの作品のルールから離れるじゃない〉


 つたない英語で否定を繰り返す俺を嘲笑うかのように、男は日本語で返してくる。

 ……いや、〈これは〉日本語じゃない。なのに、なぜか俺はこいつの言葉を魂で理解できる。

 

 『なんだ、お前…………』

 〈そんなに怯えないでよ〉

 

 思わずつぶやいた日本語を男は完ぺきに理解していそうだった。

 ぞわりと背筋が怖気立つ。

 吐き気がこみ上げるほど、嫌な空気がした。


〈ボクの名前はウヅマナキ……初めまして、”お父さん”〉


 真っ暗な闇の中で、ぎらりと奴の金色の目が光った。

勝パパ危機一髪!

ぽっと出ラスボスもやっと登場しました!


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【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。

次回は8/22(金) 21:10更新です。

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