111「館内放送」★海神織歌
ダミアンとシュヴァリエ――ついでにコクレン――と共に車を買い取りに行った帰り。
大人しく待っているはずの父たちの状況は混乱を極めていた。
「おめでとうございまス! これが商品のハーブデス~!」
「あ、どうも」
「おるかあ~! ちいさくなっとる」
「織歌くん!? きみ、今どういうことになっているんだ!」
「海神織歌! よくわたくしの前に顔を出せましたわね!」
「織歌、知り合いか?」
「レッド・ボーン~!」
「セレスト……」
「兄さま!」
「”増えた” ”なあ”」
人が多すぎる! その上それぞれ好き勝手に喋るせいで、誰の声も聞こえてこない。
どうやらいつの間にか一六八閣下とも合流していたようで、見知った顔も増えている。
幼馴染の水虎、一六八閣下、隣に控えている娘はおそらく乙女嬢……そして、日本人ばかりの集団で異彩を放つ薄紫色の髪の少年。
「君は――」
シュヴァリエが呟いた名前からすると、セレストという子だろう。シュヴァリエに姿が似ているが、兄弟だろうか。
そう思って彼に話しかけようとした。
――その時だった。
バシャァァァァン!!
突然、屋根を叩き割るような土砂降りの音が会場を支配した。
照明が一度だけ明滅し、すべての喧騒が飲み込まれる。
「ちっ、いきな雨かよ」
「織歌あ、濡れるぞう」
「もう濡れてる!」
不機嫌そうなダミアンも、へべれけだった水虎も、みんな一斉に空を見上げて黙り込む。
次の瞬間――館内放送が、不気味なほど静かに落ちてきた。
【ニューヨークより愛を込めて。本日は“特別なお知らせ”がございます】
その声は、ここにいる誰もが知っている者の声だった。
透き通るような清純な響き、少し低い穏やかなトーン、心まで掴まれそうになる、美しい声。
「エンゼル神父」
異形と化してしまった彼の姿を思い出すと胸の奥がひゅっと冷たくなる。
だがそれと同時に「会いたい」という強い思いが熱となって心臓を満たした。
そして続けざまに、第二の声が放送を満たした。
【次の季節。新たなる“夜の公演”を始めよう。そこが――最終の“別れの場所”となる】
高くもなく、低くもなく。時に性別さえ忘れてしまいそうな正体不明な響きは、ウヅマナキの声だ。
日本の邪神は、ニューヨークから遥か先にあるこの街まで電波に乗せて言の葉を伝える術までもつようになってしまっていた。
雷鳴が轟き、地面が震える。まるでパーク全体が、海の底に沈んでいくような錯覚さえ覚える。
まさかこの雨さえ、奴の仕業だというのか。
【僕の名前は渦津真鳴神。全ての迷子たちへ。海に帰る準備を始めよう】
言いたいことだけを言って、放送がぷつりと切れた。
テーマ―パークの観客たちは意味を理解しておらず、新しい催しものかとそわそわしている。
だが、すべてを理解できている私たちは沈黙に包まれた。
とうとう神が動き出した。
雨音だけが世界を満たす。一六八閣下の喉がひくりと動いた。
「ウヅマナキ……だと」
隣に立つ父が、静かで低い声で呟く。
『20年前に俺を殺した海魔の王……奴がまた現れた』
ダミアンも、シュヴァリエも、エヴラードも。
誰もが、ただ一点――織歌を守るように立ち位置を変えていく。
誰ももう、喋らなかった。
嵐の音が、最終戦の幕を上げていた。
「あら、恐れることは何もございませんわ」
ぱちぱち、と軽い拍手があたりに響く。それは乙女の声だった。
「わたくしたちにはヒロインがおりますものね」
「おいっ!」
乙女の軽口にセレストが咎めるように声を上げる。
だがそれを無視して、乙女は静かにステップを踏むように前へ出る。
深々とした礼の姿勢をとったあと、顔を上げたその瞳は氷のようだった。
「……海神織歌。ずっと申し上げたかったのです」
「乙女ちゃん?」
「おいっ、何を言うつもりだ」
水虎が酔いがやや冷めたように目を細め、セレストは警戒して乙女に一歩近づく。
だが乙女は誰も見ない。
まっすぐ、織歌だけを見つめていた。
「あなたが……わたくし、ずっと憎かったのですわ」
雨音が一瞬だけ止んだように感じた。
「調子に乗って、目立って……。“ヒロイン”だなんて持ち上げられて……すべてがあなた中心で世界が回っていく」
乙女の声は震えていなかった。
むしろ、ずっと言えなかった本音を淡々と読み上げるように。
「でも、あなたの快進撃はもう終わり。破滅ルートはずっと続いているのよ。あなたが気づいていないだけで」
「乙女嬢?」
私たちは今が初対面のはずだ。だが、彼女の台詞は何度も何度も私が無自覚に彼女を虐げてきて、そう言いたそうな口ぶりだ。
何の話だ? そう言おうとするした時、私は小さく息をのんだ。
「だから――」
ぱん、と乙女が指を弾いた瞬間。
空気が揺れた。
圧縮された衝撃波が一直線に織歌へと走る。これは、圧縮された霊力。
「織歌!!」
水虎が叫ぶ。
ダミアンとシュヴァリエも同時に動き出す。
だが――
もっと早い影があった。
「織歌くん!」
一六八閣下の身体が風を切って飛んだ。
影が私の前に跳び込み、そのまま乙女の衝撃波を正面から受け止める。
轟ッ!!
地面が波打ち、一六八閣下の背中が大きくのけぞる。
しかし倒れない。私を抱くようにして衝撃を受け止めた。
「大丈夫かい。織歌くん」
私の目の前で、一六八閣下は鮮血を散らしながら私を庇う様に立っていた。
ハーブを受け取ったのはエヴラードです。
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