108「スチェンカ! 少年たち編」★海神勝
「Стенкаは男たちが壁となって押し合い、相手の壁を崩す伝統ある戦い! 今回は遊園地仕様で本場のルールとはチョット違いますヨ!」
「コクレン……おめーどこにいたんですか」
いつの間にか現れたコクレンが司会役に収まり、つらつらと説明をしている。
(あいつも攻略対象なのか……?)
俺の知っている乙女がいないせいで、もう誰が出てきても織歌の婚約者候補にしか見えなくなってきている。
できればあんな得体のしれないのはやめて欲しいが……、そんなことを思っている間にもコクレンの説明は続いた。
「今回は3対3なのデ、先に全員が膝をついたチームが勝ちデス!」
要は全員倒れるまでの殴り合いか。
途端に簡潔になったルールに、水虎がへらへらと笑って答えた。
「そうじゃなあ~、たがいにお荷物おるんじゃあ、試合にならんのう」
へべれけな男の言葉に悪意はない。
心からそう思っているから言っただけ――なのだろうが、”お荷物”の自覚があるキラー・ホエールとセレストがびくりと肩を撥ねさせた。
キラー・ホエールもセレストも少年らしい瑞々しい肌を持ち、細見ながらも筋肉は程よくついている。
だが健康状態のいいエヴラード、超巨体の水虎、極道の俺、軍人の一六八と比べればそんな筋肉は無いのと同じだった。
「”俺” ”やる” ”から”」
キラー・ホエールの小さな肩を叩いて、俺が先陣を切ると伝える。
だが、その言葉はキラー・ホエールの面子を潰してしまったらしい。
「うるせーです!」
キラー・ホエールは俺の手を払って、明後日の方向――おそらくは、セレストがいると踏んだ方向――に指をさす。
「セレスト・イス! キラー・ホエールと勝負しやがれ!」
「なっ……、こんな茶番に乗るなよ! 馬鹿野郎!」
セレストは完全に”見”に回っていたのだが、思わぬ指名により舞台の中央に引きだされる。
キラー・ホエールの位置もちょっとずらし、互いを向き合わせる。
「キラー・ホエールはレッド・ボーン……ダミアンの家族になった」
「……ハァ?」
ダミアン、と言う言葉にセレストの天使のような表情が崩れる。
怒り心頭と言った形相でキラー・ホエールを睨みつける。
「だからこれは、禊――」
「このクソ野郎!」
ドンッ、と音がしてセレストの拳が飛ぶ。
威力はあまりないが、まっすぐに放たれた迷いのない一撃を肩に喰らい、キラー・ホエールが体勢を崩す。
「おおっとー! ゴング前に開始してしまいマシタ! フランス系は手が早イ!」
それが合図、と言わんばかりに会場が湧く。
キラー・ホエールは幸いエヴラードに体を支えられたので膝をつくことは防げた。
「目が見えないんじゃ不利です。僕が彼を――」
「いやです!」
「ならせめて【歌】を」
「それも、だめだです」
キラー・ホエールはふらふらと立ち上がると、セレストがいるであろう方向を向いて拳を構える。
「あいつは……一応……友達でした。だから、別れはきちんとする!」
ヒュン、と音をたててキラーホエールの拳が飛ぶ。
まさか拳が戻ってくると思わなかったのか、セレストは不意を突かれて腕を殴られた。
「こいつっ!」
セレストという少年は、儚げな外見に反してかなり気が強いらしい。
殴られた瞬間には再び拳を繰り出す、キラー・ホエールも打たれた感覚で相手の位置を掴み、すぐに拳を返す。
「嘘つきインディアンめ!」
「うるせー! 高慢白人!」
「お前には期待していたのに!」
「おめーが役に立たねーだけだろうがです!」
キラー・ホエール対セレストは……面白いくらい互角だった。
異種族の美少年の殴り合いに観客は湧く。
俺たちも自分の殴り合いなど忘れて呆然と二人を見守っていた。
「英語もまともに話せないくせに!」
「アメリカ人の癖にフランス語話せるのが自慢のテメーに言われたくねーです!」
2人はぶつかり合う。
セレストの拳は速く、キラー・ホエールの動きは勘だけで当ててくるから予測不能、おもわぬ好試合に固唾を飲む。
(仲、いいなあ)
思わずそんな呑気な感想も出てしまう。
互いに自分でも分かっているだろう。
嫌いだと思っていたはずの相手と、誰よりも殴り合いのテンポが合うことを。
だが、それももうすぐ終わりだ。
連撃をかけたセレストに疲労が見える。
キラー・ホエールはじっと耐え続けていたが、セレストの息づかいに疲れを感じると、攻撃に転じる。
「キラー・ホエールは……家族ができた」
ぽつりとつぶやくと、キラー・ホエールは大地を踏みしめて拳を振り上げる。
「この拳は! 家族のための拳です!」
細身の体からは想像できない重い一撃が、まっすぐセレストの胸に入った。
「──ッ!」
足がもつれて、セレストが後ろへ倒れこむ。
背中から倒れまいと体勢を崩した時に膝が地面につく。
審判の声が上がる。
「セレスト、敗北!」
「ぐっ……」
「や……やったです!!」
跳ねるように喜ぶキラー・ホエールに、膝をついたセレストは鬼の形相だ。
「家族のためだと……血の繋がりもないような、ごっこ遊びと比べるな……」
血の繋がり……そう言えば奴の名前は「セレスト・イス」。
「”お前” ”シュヴァリエの”」
「兄さまはシュヴァリエなんて名前じゃない!」
セレストは高い声で怒鳴ると、ぎろりと俺を睨みつけてきた。
「ダミアンのせいだ。兄さまのキャリアを穢して裏社会に引き込んだ薄汚いインディアン……」
年端も行かない子供とは思えないくらいの迫力に、思わず身じろぎしてしまう。
「僕は負けを認めない……絶対に殺してやる!!」
彼は呪いの言葉を吐いて場外に出ていく。
観客たちは小さな戦士の雄姿を褒めたたえるが、ツンとすましたまま誰の相手もしなかった。
「魂を穢すのは、この世で最も罪深い」
セレストの背を見つめていると、低い声が当たり響く。
その声もまた呪詛に満ち、俺という存在を完全に否定するような冷たいものだった。
「来い、勝殿型海魔。貴様はこの姫宮一六八が祓ってやる」
次は、俺と一六八の番だった。
キラホもセレストもあんまり強くないので子供の喧嘩です。
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