107「本当の乙女」★海神勝
「キラー・ホエール! テメエなんで軍人殺しとつるんでんだ!?」
「げ、セレスト! 織歌サマが運命の人だからにきまってやがるでしょうが」
「おるかぁ~~? おるかはどこじゃあ?」
「うわ、あなた酒飲んでます!?」
「ま、勝殿型海魔め! 今日こそお縄につけ!」
――ごちゃごちゃしだした。
みんなが好き放題騒ぐせいで状況に全然追いつけない。
騒ぎに入る隙を見計らって……いや、見つけられなくて、おろおろとしていると、少女がしずしずと裾を引っ張る。
「キラー・ホエール様はセレスト様のお友達、本来わたくしの味方のはずなんですの。水虎様は酔っ払っていて、お父様はあなた様をお見かけして大変お喜びですわ」
「”ごちゃごちゃ” ”してるー”」
どうやら状況を教えてくれているようだ。
少女――姫宮乙女は薄紅色の着物を纏い、まだあどけない表情を残す幼い女子だ。
(だが俺はこの子を知っている)
この世界の”作者”だと、”転生悪役令嬢”だと自称して、死んだ俺を蘇らせ織歌の元へ導いてくれた女。
いわばこの世界の神にも等しい存在だ。
このごちゃごちゃした状況も、この子なら説明できるはずだ。
「”乙女” ”なんで” ”こんなことに”」
「吾の娘に障るな! 海魔め!」
「”一六八~~~”」
「お父様……姫宮一六八と海神勝様は親友でいらしたのですよね。かつての海魔大戦で肩を並べて戦っていたと」
乙女に詰め寄ろうとするとすかさず一六八が邪魔をする。
一六八……かつては犬養一六八という名だったが、俺が死んでいる間に結婚して子供までいたのか。
そしてその子供が――俺を導いた姫宮乙女の父親だったとは。
「そうだ! そして吾はあなたが死ぬのを見た!」
「”乙女が” ”蘇らせた” ”でしょ”」
「そんな話は知らん!!」
「”乙女~~~”」
状況を上手く説明してくれ! と縋るが、乙女はくすりくすりと笑うだけで相手をしてくれない。
何かおかしい。
俺の知っている乙女はこんな風には笑わない。
いつも下を向いて、暗くて、それでも根性だけはあった女――
「わたくしは、”あの”乙女とは違う……”らすぼす令嬢”の方ですわ」
乙女は静かに囁いた。
その声は冷たい。
こんな年下の女子供の声のはず……なのに異様な威圧感があり、聞いているだけで冷や汗が垂れてしまう。
「奴はわたくしを封じてあなた様を蘇らせましたが……ウヅマナキによりその封印が解けました」
「”ウヅマナキ”」
【乙女はヒロインと行動を共にする相棒でありながら、ヒロインをハメる破滅の元凶、最後の敵!】
いつだったか、乙女がそう言っていた。
本物の姫宮乙女が敵となり、織歌を破滅に導く物語があると……
「”まさか……”」
「海神織歌には破滅してもらいます。”破滅るぅと”、続行ですわ」
心臓が凍る感覚がする。嫌な予感に汗が止まらない。
転生悪役令嬢は消え、悪役令嬢だけがこの世に戻って来た。
そして奴は織歌を貶めるために、わざわざアメリカの大地まで赴いてきた。
破滅は、どこまでも追いかけてくる。
「捕まえましょう。お父様」
乙女はそう笑うと、一六八の後ろに隠れてしまう。
俺が何か言葉をかけようにも、一六八と水虎が大きな壁となって立ちはだかって聞いてくれない。
「……っ、【歌】を!」
「水虎さん! そのインディアンを捕えるんだ!」
「おうおう」
キラー・ホエールが咄嗟に【歌】を発動しようとするが、手の内を知っているセレストと水虎によって阻まれてしまう。
ここで戦うしかないのか……一六八の強さを知っている身からするとあまりやりたい手ではない。
「こい、勝殿型海魔よ。吾が再び海に送ってやろう」
だが、やるしかない。
俺は折神を握り締めて構える。
敵は一六八、水虎、セレスト……そして、おそらくは乙女も戦えるだろう。
「”エヴラード” ”構えろ”」
「いえ、構える必要はありません」
対してこちらはキラー・ホエールを奪われ、エヴラードと自分だけ。
戦力的には心許ない。
だがエヴラードは銃も折神も構えることなく、堂々と奴らに対峙する。
「あなた方は日本人と未成年でしょう。この国での逮捕権はありません。不当逮捕はむしろあなた方が不利になりますよ」
「なんだ貴様は!?」
「弁護士です」
「ぐっ……」
(さすが弁護士……一六八を黙らせた……)
淡々と状況を伝えるだけで、真面目な一六八は返す言葉がない。
「まずは話し合いましょう。不満があればそちらも代理人を立てて構いません」
「ええい、弁護士はうるさいな! ちょっと待て! 政府から通訳と弁護士を手配させる」
「ちょっとお父様!? 倒してくださいませ!」
それどころか上手いこと話し合いにもつれ込もうとしている。
乙女も想定外だったのか、氷の仮面が剥がれてわたわたと慌てている。
(さすがエヴラード。頼もしい……)
心強い味方にふと安堵した時だった――
「ああん? しらんしらん、そんなものぉ~」
ドカァッ!!!
「”ぐっ――”」
空から隕石でも降ってきたような剛腕が振り下ろされる。
咄嗟に右手で庇うが、びりびりとした感覚と骨が割れる音が聞こえてきた。
(なんて力だ――!?)
衝撃を受け止めきれずによろけたところに、丸太のような脚が降ってくる。
「”くそっ!”」
脚が俺の頭蓋骨を粉砕する前に身をひるがえし、再び体制を整える。
対峙した先には赤ら顔の大男が酒瓶を抱えながらへらへらと笑っていた。
「水虎! 弁護士先生の前だぞ!」
「わしゃ難しいことはわからんてのう。犯罪者がおるんじゃあ、殺して首だけもってかえりゃあええ」
「ちょっと! 人の国で私刑なんかしないでくださいよ!」
あたりは水虎の殺気に包まれている。
エヴラードの大声がまるで遠くで響いているようだ。
(こいつは、化物だ)
ヤクザやマフィアの無法者とは格が違う。
自分が最も強いと自負していて、この世の全ては己が法律である尊大な自尊心のなせる無法。
そしてそれは、己の強さに裏付けられている。
ビリリと殺気が走る。
これは殺し合いになる、俺と水虎は瞳だけで直感した。
一歩、誰かが足を踏み出せば殺し合いが始まる――
「膝を突いたら即敗退! 筋肉の唸りあい、ウォールラッシュ! いかがですか!?」
「はい! こちらの6名参加します!!」
しかし、エヴラードがさらに大きな声を張り上げて謎の催しに参加を名乗り出る。
「何のつもりだ!?」
「僕がいるうちは、絶対にルールの下で戦ってもらいます」
セレストが声を張り上げるが、エヴラードは意にも介さず、しれっと答えた。
参加表明をしたせいで周りからの視線が集まり、おいそれと手を出せない状況になった一六八が必死に水虎を留めている。
「では、みなさん参加ですね!! ささっ、こちらへどうぞ!」
あたりにはロープでできた簡易な壁。
そこに半裸の男たちがひしめき合い、俺達もあれよあれよという間に上半身を脱がされる。
「ロシア由来の格闘ゲーム! ルール無用の殴り合い! それはさながら壁と壁のぶつかり合い!」
司会が大きな声を張り上げると、会場が湧く。
ルールは非常に簡単で、俺でも理解できた。
「ウォールラッシュこと、別名――」
司会の言葉に被せるように、水虎が一滴の酒を飲みながら大きな声で叫ぶ。
「スチェンカじゃ!」
水虎はロシア系なのでスチェンカを知ってます。強いです(ネタバレ)
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