106「時間を潰そう」 ★海神勝
「楽しかった!」
オレタンジーパークを婚約者たちと十分楽しんだ織歌は、小さな体で疲れてしまったのかベンチにくたりと腰掛けている。
気づけば陽は陰り、雲ひとつなかった青空にも夕焼けの色が差し始めていた。
「そろそろ車も用意できているだろう」
シュヴァリエが時計を見てそう言うと、俺達は立ち上がってシュヴァリエの元に並ぶ。
俺、織歌、ダミアン、シュヴァリエ、エヴラード、キラー・ホエール、それにコクレン……人種も年齢も違う7人の男女がずらずらと揃う姿は端からどう見えているのだろうか。
「ちょっと多すぎませんか……」
「あんまり大勢で行っても悪目立ちする。人数絞ろうぜ」
エヴラードが呆れたように言うと、ダミアンも同意する。
結局、顔役のシュヴァリエと財布のダミアンと運転手のコクレン、それに車を選びたいと騒ぐ織歌の4人が向かうことになった。
留守番組は俺とエヴラードとキラー・ホエールだ。
弁護士のエヴラードが交渉に向かわないのか? と思ったが……
「キラー、座りてーです」
「”ベンチ” ”あっち?”」
「はいはい。2人は迷子にならないように手を繋いでてくださいね」
(英語を話せねえ俺と、目の見えないキラーのお守り役だな、こりゃ)
エヴラードは子守役のように俺たちの裾を掴んでぎゅっと手を握らせる。
ガキのお守りか、と思ったがこの国のガキよりも文字が読めない俺たちは黙って従うしかなかった。
キラーもそれがわかるのか、渋々と言った感じで俺の手を握っていた。
「車が用意できるまで時間を潰しましょう。何か食べますか? コットンキャンディ、フランクフルト、他にも色々ありますよ」
「”こっとんきゃんでぃ” ”ふらんくるふると”」
「なんだですかそれ?」
「ああ、そこからか……」
エヴラードは困ったように笑いながら俺たちを誘導してくれる。
甘い香りと、油の焦げる匂いが混ざり合う通りを歩いていると、鼻の奥にツンとからしの香りが刺さった。
「ホットドッグもいいですね」
エヴラードはそう言うと立ち止まる。
香りの元は、赤いストライプの屋根をつけた小さな屋台だった。
鉄板の上では太いソーセージがじゅうじゅうと暴れている。
「ホットドッグを三つ」
エヴラードがそう言うと、店主は「へいへい」と笑ってパンを温め始めた。
熱気が顔にぶわっと吹きかかり、ソーセージの脂が弾けるたびパチパチと小さな花火のような音がした。
パンに切れ目が入り、湯気をまとったソーセージがその中に収まる。
「へい、お待ち!」
渡されたホットドッグを、キラー・ホエールが落とさないように慎重に手渡す。
パンの温かさが掌にじんわり広がり、ソーセージの肉汁の香りが鼻をくすぐる。
「……おいしそう」
「”だねえ”」
「こんなモン食べるの、初めてです」
キラー・ホエールは少年のような顔をして、視力のない瞳を煌めかせた。
こぼさないように慎重にパンを咥えて、舌鼓を打つ姿が庇護欲を煽る。
かつて極道者だった時に弟分に食事をおごってやった時を思い出して、心が温かい気持ちになった。
「”いっぱい” ”食べな”」
「い、言われなくても食べやがります!」
子供の様にがつがつと食事をする様を眺めていると、本来こいつはただの15歳の子供だと実感する。
何故ウヅマナキの元にいたのか、それまではどう暮らしていたのか……疑問は尽きないが、その答えは織歌が探すだろう。
(この物語の作者の【乙女】なら、答えを知ってんのかね)
乙女――この世界に”転生”してきたとかいう、この物語の作者。
俺を蘇らせて、織歌に全員攻略逆ハーレムエンドなるものを目指させて……そうしなければ破滅すると伝えてきた女。
ウヅマナキに襲われて以来、どれだけ夢の世界に入っても見つけることはできなかった。
(今どこで、何してんだろうな……)
俺に二度目の命をくれた女。
叶うことならもう一度会いたいが、どうすればいいのか分からない。
「オレタンジーパーク”100”祭り! 今日はウォールラッシュフェス開催100日記念です! 力自慢の方はぜひご参加ください!」
「優勝者には願いが叶うハーブのお守りをプレゼント! 彼女さんにどうですか?」
屋台のあるメインロードで催し物があるのか、いそいそとコーナーが設けられる。
「”ウォールラッシュ” ”何?”」
「直訳で壁ですけど……いったい何でしょうね」
何があるんだろうとエヴラードに尋ねるが、お祭りごとはエヴラードも詳しくないらしい。
なんだなんだと野次馬根性で会場を覗き込んだ時だった――
「ウォールラッシュう~~? こじゃれた名前しよってからにぃ~」
「水虎、貴様また飲んだな!! ”てーまぱぁく”で位、控えたらどうだ!?」
「水虎さん! アンタいい加減にしろよ!」
「「あっ」」
俺たちは――出会ってしまった。
「か、かかか海魔ー! の形をした、勝殿!?」
「なんじゃあ~、おどれらあ」
「キラー・ホエール、なんでここに!?」
そこにいたのは琅玕隊の一六八、水虎、セレスト。
どうやらあっちも普通に観光をしていたらしく、ポップコーンやらお土産やらを持ってウォールラッシュ二並んでいた。
だが、そんなことよりも俺の目を奪ったのは――
「あら、みなさまごきげんよう」
「”乙女……”」
”悪役令嬢”、姫宮乙女の存在だった。
実は普通にてーまぱぁくを楽しんでいた琅玕隊たち。100祭りにちょこちょこ出演しておりました。
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次回は12/5(金) 21:10更新です。




