105「100祭りじゃい!オレタンジーパーク!エヴラード編!」 ★海神織歌
「エヴラード先生、行きましょう!」
私はエヴラード先生に声をかけた。
「僕でいいんですか?」
エヴラード先生は意外そうな顔をする。
彼と絆を育んだのは魂まで6歳児だった頃の私なので、20歳の魂に戻った私が選ぶとは思わなかったのかもしれない。
(でも、どちらも私の魂だ)
「エヴラード先生がいいんです!」
私はエヴラード先生の手をぎゅっと握る。
エヴラード先生は慈父のような穏やかな微笑みを浮かべて手を握り返してくれた。
「……」
慈父――とは、違和感があるな。
そんなことを考えながら、私は優しいと手を握りながらループコースターへ向かった。
◇ ◇ ◇
ループコースターとは、オレタンジーパークにある世界で唯一縦回転をする乗り物。
縦型に円を描くレールを行くコースターは遠心力だけで進み、人々を阿鼻叫喚の地獄に貶めている――ように見える。
それはまるで、空中に渦巻く蛇のようだった。
「ぎゃあああああーーーーー!!!」
「乗るんじゃなかった! この露助野郎~~!!!」
ループコースターから乗客の悲鳴が聞こえる。
それはスリルを求めるものの断末魔。
こんなもの乗らなきゃよかった、そんな思いを乗せながら無慈悲にコースターは進んでいった。
(の、乗るのか……これ……)
私は情けなくも怖気づいた。
(いや、6歳の魂が本能的に危険を察知しているだけ……。私は怖くない、怖くないぞ)
ごくりと生唾を飲み込み、手の汗をスコースターで拭く。
(いや、安全装置がバー一本だけじゃないか! まともな人間なら乗らない!)
幸いエヴラード先生はまともな人間だ。
「やはり危ないから止めましょう」そう言ってくれることを期待して彼を見上げる。
「では、乗りましょうか!」
(う、嬉しそう――!!)
しかしエヴラード先生は今まで見せたことのないようなさわやかな笑顔を向けると、少年のような期待に満ちた瞳で私を見つめてくる。
その笑顔があまりにも眩しくて、可愛くて……
「ノリマショウカ」
私は「YES」と答えることしかできなかった。
***
列の先頭で、ぎ…ぎ…と油の足りていない鉄骨が鳴った。
係員は片手で帽子を押さえながら、もう片方の手で乱暴にバーを下ろしてくる。
「ほら、しっかり握っときな!」
ガチャン!
細い鉄パイプが私の太ももすれすれに降りてきた。
締め付けは甘く、まるで気休めみたいな固定だ。少し腰を浮かせばその隙間に指が入る。
(これ……本当に大丈夫なのか?)
木のシートは冷たく、背中に釘の頭のゴリッとした感触。
シートベルトは無い。
あるのは、この一本バーだけ。
「あはは、これじゃ運のない奴は落ちますね」
「エヴラード先生……私たちがその運のない奴になる可能性は……」
「そこが楽しいんじゃないですか」
後ろを見ると、エヴラード先生も同じバーに半分浮いて座っている。
だがエヴラード先生はにこやかに笑っていて、期待いっぱいと言わんばかりに頬を上気させていた。
(スリル中毒者!!)
思えば彼は弁護士という輝かしい地位、恵まれた実家を持ちながらマフィアと関係を持つような男。
それは野心だけではなく、その状況を楽しいと思える図太い神経あってこそなのだろう。
ぎ…ぎい……ぎぃぃぃ……
足元の板が震え、コースター全体がゆっくり前に押し出される。
横を通り過ぎる風ですら重たく感じるほどの緊張。
鉄の車輪がレールを噛むたび、古いネジが悲鳴を上げているようだ。
(私は……凡人だ……)
ゆっくり、ゆっくりと上へ向かうコースターに乗りながら、私は自分の神経の普通さに打ちのめされていた。
最上点の手前で、急に静かになる。
カッ……カッ………と音を立てていた鉄の軋みがぴたりと止まり、風だけが耳元を抜ける。
そして──前のめりに、車体が宙へ落ちる。
「きゃああああああッ!!」
「あはははははっ!!」
体が浮く。
足が浮く。
体全部が、バーから離れた。
掴んでいた鉄バーが、私の全体重を支えている。
(落ちる落ちる落ちる!!)
胃が喉に押し上げられて、叫び声が風にちぎられる。
そして前方にはひっくり返った巨大な円が迫ってくる。
「ループだああああ……!!?」
空へ向かって線路がカーブし、逆さまの世界が迎えに来る。
その瞬間、鉄の悲鳴と共に車体が急加速した。
――そこからのことは、記憶に残っていない。
***
「最高でしたね!」
コースターから降りた私に残されたのは、魂が吹き飛んだような衝撃と、艶々としたエヴラード先生。
「……エヴラード先生はさすがですね。こういうの、お好きなんですか?」
「はい。次がどうなるか予測できないものが好きなんです」
(頭のいい人の考えていることはわからん……)
地面に足がついているのに、まだ景色だけがぐらぐら揺れていた。
私の膝はまだ震えているというのに、エヴラード先生はもう1周行けそうなくらい元気だ。
私がYESとさえ言えば、喜んでもう一度乗るのだろうが……今は別のことをしたい。
「”予測不能”が好きなのなら――」
私は地面に膝をついて、こっそり持ち歩いていた小さな花束をスッと差し出す。
まるでプロポーズのような形になり、道行く人たちがくすくすと笑っている。
「エヴラード先生、結婚してください」
だが私は周りの反応など一切無視して、真剣な言葉をエヴラード先生にだけ贈った。
「婚約の約束をしたのは6歳の魂の私――だけど、今日他の婚約者たちとのデートを見て私という人を知ってもらえたと思っています」
ダミアンと、シュヴァリエと、お父さんと、キラー・ホエールと……私のデートには常にエヴラード先生がいてくれた。
彼らとのやり取りを見て、私のことは十分知ってもらえたと思う。
「私は5人の婚約者がいます。そのうえで、あなたの返事が欲しいのです」
エヴラード先生は呆然としていた。
こんな告白は誰にでも通用するものじゃない、だけど――
「あ、あははは! そうか、そう来ましたか」
スリルが大好きなエヴラード先生には響くはずだ。
エヴラード先生は楽しそうに笑うと、私の花束を受け取ってくれた。
「あなたはいつも、私の想像の斜め上を行く――」
エヴラード先生に送ったのは野草で作った素朴な花束。
ハコベ、ワイルドストロベリー、デイジー……色も形も違う花が一つになって、彼の手に静かに収まっている。
「お受けします。これからも、楽しませてくださいね」
そう言って笑うエヴラード先生の姿は、子供の様に無邪気だった。
100祭りはエヴラード編で終わりです。ありがとうございました!
感想・評価・ブクマが本当に励みになります!
【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。
次回は12/3(水) 21:10更新です。




