104「100祭りじゃい!オレタンジーパーク!キラー・ホエール編!」 ★海神織歌
「プールがいいな。行こう、キラー・ホエール」
私はキラー・ホエールの手を取った。
声をかけながら手を取ったつもりだが、キラー・ホエールの手に触れると彼はびくりと震えてしまう。
(触れられることに慣れていないんだ)
彼のことはほとんど知らない。
だが目の見えないネイティブアメリカンの子供がこれまでどんな苦労をしてきたのかは、彼の反応で察せてしまうところがある。
「あ、すみませんですよ。びっくりして」
「いや、こちらこそすまない。次からは気を付けるよ」
「いいんです! いつでも触ってください!」
触れることに戸惑っていると、キラー・ホエールからぎゅっと手を握ってくれた。
そのことが嬉しくて、優しく握り返すとシャイな子供は照れて顔をうつむかせてしまう。
キラー・ホエールの髪は陽光に照らされて水を浴びた大地のように輝いている。
(かつてのゴールドラッシュも、彼という金を探したに違いない)
そんな馬鹿なことを考えていると、彼を守るように黒髪の中国人――コクレン――が間に入って来た。
「キラー・ホエール先生。ワタシは必要ですカ?」
「い、いらねーです! 好きなとこで好きにしやがれ」
思えばコクレンのことはもっと知らない。
チャイニーズマフィアの彼がなぜキラー・ホエールの付き人をしているのか、彼らにはまだ謎が多い。
「レディ織歌、僕は?」
「エヴラード先生はいてください!」
だが、今はキラー・ホエールとのデートだ。
(年上らしいところを見せないとな!)
6歳児の体だが魂は20歳だ。
年上の女の魅力を魅せてやろうと、私は意気込んでプールに向かった。
◇ ◇ ◇
「ここはホワイトオンリーです」
入れなかった。
――とは言わせない!
水着に着替えて意気揚々と乗り込んだプールで監視員にぴしゃりと扉を閉じられる。
こうやって「入るな」と言われるのは初めてじゃない。
だが私はキラー・ホエールを庇う様に一歩前に出ると、監視員を怒鳴りつけてやった。
「またそれか!! あなたがたは恥ずかしいと思わないのか!?」
「うわっ、また日本人だ!」
「このパークのルールにホワイトオンリーは書かれていない!」
「他のお客さんの迷惑になるから、遠慮をしてもらいたい」
「人種だけで迷惑になるわけないだろう!」
「うるさいのはすでに迷惑だ!」
こういうのは引いたら負けだ。
私は一歩も引かずに抗議するが、相手は私のことを6歳児と侮ってまともに話を聞いてくれない。
「もういいから。そこのお兄さんと早くおうちに帰りなさい」
「こら! 客が抗議してるんだぞ!」
それどころか私の抗議は我儘と取られて、軽々と体を持ち上げられてエヴラード先生の元まで運ばれてしまう。
「そろそろ僕が交渉しましょうか?」
弁護士のカードを切るのは忍びないし、何より自分で解決したかった。
だが聞いてはもらえなさそうで、がっくりと肩を落としてエヴラード先生にお願いをしようとした時だった。
【――♪】
ボキャブルが多用され、長く持続する音が繰り返し反復される特殊な歌。
その音が聞こえる範囲の人間がぴたりと会話を止め、あたりが静寂に包まれる。
【通せ】
たった一言。
キラー・ホエールが放ったその言葉だけで、すべての人間が道を開ける。
監視員は扉を開き、プールにいたものは全員プールから上がって立ち去って行ってしまった。
「これが、深海教団の教祖の【歌】……」
「厄介すぎる。敵に回さなくてよかったですね」
あまりの光景に私とエヴラード先生は閉口する。
思えばキラー・ホエールとは敵ではあったが、対決することはなかったので知らなかった。
(人間を洗脳する【歌】、か……)
視力のない子供がたった一人で生きるには必要な力だったのだろうが、相手の意思をすべて奪う力はどこか寂しさを感じさせる。
今だって、彼が欲するものを手に入れるために彼はひとりになった。
「織歌サマ! エヴのやろー! 空きましたよ!」
この先も彼をひとりにしたくない。
私にできる事は、何かないだろうか――
「オロワーン・タンカ・ムニー」
「!?」
彼の本名をあえて呼ぶと、彼はびくりと肩を撥ねさせた。
私は背伸びをして彼の頬に手を添えると、キラー・ホエールは膝をついて、親に怒られる子供の様に怯えた瞳をした。
「【歌】を解きなさい。人を追い払っちゃいけない」
「で、でも……人がいねー方が遊べますよ」
「いてもいいじゃないか」
「はい」と小さく呟いてキラー・ホエールは歌を解く。
少しのあいだ、唇が何度か震えてから、やっと音がほどけていった。
私はおでこをこつんと合わせると、視線の合わないキラー・ホエールの目をじっと見つめる。
「ヴィジョン・クエストで私を見てくれたんだって?」
「え? ええ……織歌サマでした。きらきらして、すごくきれいで……」
「この世には何千万って人間がいるのに、それでもあなたは私を見つけてくれた」
「……」
「このプールにちょっと人がいるくらい、大したことじゃないだろう?」
戻って来た人々は私たちを見て騒めいているが、エヴラード先生が得意の弁術で綺麗にいなしてくれる。
だから私たちは安心して浅瀬のプールで水の冷たさを足で感じられていた。
「家族には交渉が得意な人もいる。だからあなたが嫌われ役をすることはないよ」
「……織歌サマは」
キラー・ホエールは水面を覗き込むように下を見ていたが、ふと私の声のする方に顔を向ける。
「キラー・ホエールに道をくれます。キラー・ホエールは、何千人が歌っても、織歌の歌のするところに行きます。織歌サマのいる場所が、キラー・ホエールの場所だから……」
ありがとう、そう答える前にキラー・ホエールは立ち上がり、私の両手をぎゅっと握った。
「キラー・ホエールも、婚約者にしてください!!」
それは情熱的な愛の告白だった。
青くて、熱くて、儚くて、初夏の太陽のような告白。
キラー・ホエールの褐色の肌が濃く赤くなっていて、その姿があまりに可愛くて――
ちゅっ
と音を立てて私は彼の額に口づけをした。
「大人になったら、唇にしてあげる」
唇に指をあてて、私はキラー・ホエールに微笑んだ。
キラー・ホエールの耳まで真っ赤になって、足元でばしゃばしゃと水が跳ねた。
遠くでエヴラード先生がため息をつく音が聞こえる。
「そ、それはキラー・ホエールですか? 織歌サマの体ですか?」
「ふふっ」
私は笑ってはぐらかすと、浅瀬のプールから水を救ってキラー・ホエールにかける。
うわっと声をだして、キラー・ホエールもまた水を救ってかけてくる。
「あはは!」
こうして、私は新しい婚約者を得て、プールを楽しんだのだった。
キラホの婚約者問題……解決! 無事仲間入りでございます。
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