103「100祭りじゃい!オレタンジーパーク!勝編!」 ★海神織歌
「観覧車に行きましょう! お父さん!」
私はお父さんの手を握る。
お父さんは意外そうな顔をしたが、ふっと優しく笑って手を握り返してくれた。
「この二人なら僕はいらないですかね」
「いいえ、居てください」
エヴラード先生が安堵の声を漏らすが、そう簡単には逃がさない。
親子とはいえ血は繋がっていない。
男女の中に発展するとは全く思われていないことに少しムッとしながら、エヴラード先生の裾を掴んだ。
「”行こうか”」
今日のお父さんは日本の着流し姿だった。
シカゴにいる間は「日本の富裕層」を演じるため、紋付き袴も持っているが、この方が動きやすいと言っている。
前髪をかきあげた姿はどう見てもヤクザ者(実際そうだ)。
だが、この厳つい男性は私の手を取って、私にだけ微笑んでくれる。
「”お前の” ”見たい” ”ところ”」
「お父さんの行きたいところが、私の行きたいところです」
片言の英語も、精悍な外見とギャップがあって可愛らしい。
「”観覧車”」
「観覧車ですね! 乗ってみましょう!」
お父さんは少し恥ずかしそうに答えた。
一度死んで蘇ったお父さんは明治時代・昔気質の男性だ。
男は騒ぐもんじゃないと言ってあまり自己主張はしないし、好きなものも嫌いなものも言ってはくれない。
そんなお父さんが気になっている観覧車、どんなものだろうと胸をときめかせた。
◇ ◇ ◇
遊園地の奥へ進むと、白い塔のような構造物が視界に割り込んでくる。
そのあまりの大きさに、息が止まる。
観覧”車”というが、私が思い浮かべる「車」とはまるで別物だった。
鉄骨が幾何学模様を編みながら円を作り、大きな箱を吊り下げている。
箱――ゴンドラは四角い小さな部屋のようで、色とりどりのペンキで彩られている。
色とりどりのゴンドラが青空に向かって伸びていく様は、まるで空に解き放たれた風船の様だった。
最上部は首がいたくなるほど上を見ないとわからない。
高い位置のゴンドラが風に揺られてキィキィと音をたてるさまを、地上に並ぶ恋人たちが楽しげに見ていた。
『……熊本城ば越すごたる。こら、すごかねぇ』
お父さんも思わず熊本弁になる。
花やしきにあると聞いたことはあるが、私も観覧車を見るのは初めてだ。
城の天守までもありそうな高い位置に、あんな小さな風に揺れる箱で向かうのか……
「ワクワクしますね」
思わず怖気づく私に、エヴラード先生が嬉しそうに声をかけてくれる。
アメリカじゃこれは普通なのだろうか。
「……」
「え、ええ。そうですね!」
私は虚勢を張って笑顔を取り繕うと、お父さんとエヴラード先生の手を引いてゴンドラに乗り込んだ。
***
「わあ……」
はじめの心配はどこへやら。
ガタゴトと音を立てて昇って行ったゴンドラからの眺めは圧巻だった。
自然の中にあるパークを上から眺めると、一面の森林が遠くまで広がっているのがわかる。
陽の光を浴びて輝く大きな川。
下にはメリーゴーランドの屋根、コットンキャンディ屋台のテント、サーカスの白赤テントが色とりどりに地上を飾っている。
「すごいですね。お父さん!」
普段は見ることのない高さからの景色に私は夢中になっていた。
が――
「”すごい” ”な”」
お父さんは怖がっていた。
どうにか絞り出した声は小さく、視線は泳ぎ、手は震えている。
握られた手のひらに、かすかな震えが伝わってくる。
それを気づかれまいと隠すように、お父さんは静かに息を殺していた。
(こ、高所恐怖症……!)
明治時代を熊本で過ごしたお父さん。
熊本城以外の高い建物は知らないし、観覧車などもちろん初めてだろう(私も初めてだが)。
ここにきてこんな弱点を発見してしまうなんて、人生というのはわからないものだ。
「ミスター・ワダツミ……」
エヴラード先生もお父さんの様子が気になっているようだ。
だがエヴラード先生に声をかけられると、お父さんはぐっと胸を張って無表情を貫いてしまう。
(心配をすれば彼の矜持を傷つけてしまう……)
彼は明治時代を生きた大和男児、いや、九州男児。
その矜持を傷つけるようなことはしたくないが、このままでは彼がつらいだけ……
(そうだ!)
私はあることをひらめくと、エヴラード先生に目線で合図を送った。
『あんったがったどっこさ、ひっごさ~♪』
パチパチ、とエヴラード先生の拍手と共に私は民謡を歌う。
軽やかなメロディの民謡はテーマパークの雰囲気にふさわしく、かつ緊張を和らげる効果があった。
「歌でも歌いたくなるような、良い景色ですね」
エヴラード先生が明るく言う。
「お父さんも歌ってください」
「……」
私の声に、父の固まっていた肩が、ほんの少しだけ緩んだ。
『くっまもっとさ、くっまもとどっこさ~♪』
『せんば、さ……』
私のメロディに続けて、お父さん低い歌声が響く。
お父さんの声は聴いているだけで安心するような低い穏やかな声。
『せんっばやっまにはたぬきがおってさ』
『それを、猟師が、鉄砲で撃ってさ』
その声で紡がれるメロディは、ありもしない遠い日の親子の思い出が瞼に浮かぶような懐かしさを感じさせる。
『にってさ、やいてさっ、くってさっ』
『それを、木の葉でちょいと』
『かーくーせっ!』
2人の声が重なるころにはゴンドラは地上に降りていた。
震える手でぎゅっと私の手を握りながらゴンドラから降りると、お父さんは大きくため息をついた。
『気ぃ使わせて、すまねえな』
『何の話でしょう?』
『こいつめ』
私が素知らぬ顔で答えると、お父さんはニカっと笑って頭をぐしゃぐしゃに撫でてくる。
『お前はいつもそうやって、俺の知らないうちに俺を助けてくれる。ありがとうな』
『私こそ、お父さんにはずっと助けられっぱなし……』
お父さんと目線を合わせていると、アメリカでのこれまでの大冒険が瞼の裏に浮かぶ。
どんな困難の時もいつも隣にいて導いてくれたお父さん。
(……男性として見てるのは、秘密にしておこう)
お父さんのことを考えると胸がぎゅっと熱くなって、足にしがみついてしまう。
お父さんは笑いながら膝をつき、抱きしめ返してくれた。
「”エヴ”」
「えっ」
お父さんはエヴラード先生を手招くと、私と同じようにわしわしと撫でると、ぎゅっとハグをする。
「ちょっ。家族水入らずだろうと気を使って黙ってたのに」
「”家族” ”家族”」
「エヴラード先生も大事な家族ですよ」
「”ありがと”」
こうして3人でハグをして、私たちの観覧車巡りは終わった。
観覧車は当時の日本にもありましたが、勝や織歌は乗ったことがなかったようです。
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