101「100祭りじゃい!オレタンジーパーク!ダミアン編!」 ★海神織歌
「ダミアン、日本庭園に行こうか」
私はダミアンの手を取った。
褐色の肌の厚い手を握ると、優しく握り返してくれる。
高い体温が掌からじわりと広がって暖かい。
(安心する)
今のダミアンはマフィアのボスであることを隠すために労働者の服を着ている。
いつもよりラフな服装でも、彼のオーラは隠しきれない。
堂々たる佇まい、自信に満ちた瞳、その奥にある世界への警戒心……そのすべてが、今は私だけのもの。
「エスコートするぜ、お姫様」
「ふふ。それじゃあ、よろしく頼む」
ちょっとした優越感に浸りながら、私たちは日本庭園のゾーンに向かった。
◇ ◇ ◇
「ここは1904年のセントルイス万博の「日本展示」を買い取って移設したもの――らしい」
「どうりで、パチモン感が少ないな」
ダミアンの説明を聞きながら、私は日本庭園ゾーンを眺める。
広くはないが美しい場所だった。
賑やかなパークの中で、このあたりだけは静けさに包まれていて心地が良い。
『いらっしゃいませ! あら、日本の方ですか?』
『はい。席はありますか?』
『テラス席はいかがですか? お兄様がよかったら』
『テラス席で問題ありません。あと、彼は婚約者です』
『まあ気の早いこと』
移設に関わった日本人労働者の何人かはこのパークに残り日本庭園の運営を続けているとのことだった。
日本茶屋の店員との話に花を咲かせてしまうと、ダミアンが嫉妬したように間に入って来た。
「コンニチハ」
『まあ、あなたが婚約者様? 日本語がお上手、素敵だわ。さあ、ご案内いたしますね』
「アリガト」
おそらく婚約者の下りはダミアンには通じていないだろうが、奇跡的にかみ合っている会話に笑みがこぼれる。
案内されるまま店員についていくと、ダミアンがこそこそと話しかけてきた。
「……ちゃんと話通じてたか?」
「完璧だよ。店員さんも嬉しそうだった」
「そっか。じゃあいつでもアンタの母親に挨拶にいけるな」
(ほら、婚約者だろう?)
店員には笑われてしまったが、ダミアンの夫然とした態度に心が熱くなる。
恋人にするようにぎゅっとダミアンにしがみつくと、彼も笑いながら抱きしめ返してくれた。
***
「すごかったねー、抜刀術!」
「あのおじさんも格好良かった!」
「本物のサムライなんだって」
喧騒の遊園地の中にぽつんとある静かな空間だが、茶屋の他にもアトラクションがあるようだ。
道行く人たちの楽しそうな声を聞きながら静かにお茶を啜る。
彼らは私たちが軍人殺しで追われているとは知りもしないだろう。
なんとも不思議で穏やかな時間が流れて、ずっとこのままがいいな、なんて心の底で思った。
「この茶、苦いな。織歌、砂糖入れるか?」
「抹茶は苦いものだ。その代わりお茶菓子が甘いよ」
「ほんとだ。甘え。なんだこれ?」
「落雁だよ。米粉と水あめを固めたものだ」
思えばニューヨークで日本食を嗜む機会はほとんどなかったから、何もかもが懐かしい。
抹茶の苦さに顔をしかめるダミアンが可愛らしくて、彼を日本に招待したら……? と考えてしまう。
(ニューヨークにいないダミアンなんて想像がつかないけど、きっとどこでもよく馴染むんだろうな)
特に横濱が似合いそうだ。
海を背景に大きな船から密輸品を運んで……ああ、だめだ、これじゃヤクザだ。
でも、お父さんの隣にいる着流し姿のダミアンを想像する頭が止められない。
豊かな胸筋を襟のあわせからはだけさせて、長い髪は後ろで一つくくりにして……いい、これは素晴らしい。
「今度着物を贈る!」
「なんだよいきなり……」
早く実現させたい!
思わず大声を出すと、ダミアンは困ったように笑っていた。
「サクラ、まだ咲いてるんだな」
ダミアンがぽつりとつぶやいた。
初夏に緑の葉をつける木々の中に、咲き時を逃した吞気な桜がいる。
薄紅色の花がひらひらと舞う姿がなんとも風流だった。
「ヨカフゼイジャナ、だっけ?」
桜の木に見とれているとダミアンが声をかけてくる。
一瞬何のことかと思ったが、舞降る桜の下にいる彼を見ていて思い出す。
シカゴ精神病院に囚われていた私を助けるため、ベインブリッジを殺した後。
傷心のダミアンを追いかけた先も桜の下だった。
「よか、風情、じゃな。か。それは訛った日本語だから」
「でも、お前の言葉だ」
ダミアンもそのことを思い出しているんだろう、口調がどこか切なげで、少し何か考えた後に重い口を開いた。
「ありがとう、追いかけてきてくれて」
それは感謝の言葉だった。
「お前はいつも追いかけてきてくれる。俺がどこにいても見つけてくれる。俺のことを探そうとしてくれる」
「当たり前だよ。あなたのことが好きなんだから」
「それが嬉しいんだ」
ダミアンはそう言うと、ぎゅっと手を握って目を合わせる。
黒曜石の色の瞳の奥に、炎のような赤い煌めきが見えた。
「ありがとう。俺を好きになってくれて――」
何度生まれ変わったってあなたを好きになる。
そんな言葉の代わりに口づけを贈りたくて――
私は隣にいる先生にジャッジをお願いした。
「エヴラード先生、口吸いしてもいいですか?」
「その姿ではだめです」
駄目だった。
口吸いは許してもらえなかったが、ダミアンが額にキスを落とすのは許してもらえた。
こうして、ダミアンとのデートは静かに過ごせたのだった。
オレタンジーパークに日本庭園は実在したようです。スタッフも日本人が数人いたとか。
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