100「100祭りじゃい!オレタンジーパーク!」 ★海神織歌
「いつもありがとうございます! ”100回目”記念でございます!!」
ホルムズ群から幌馬車を揺らす道中で、馬の休憩のため訪れた村。
その入り口をくぐった瞬間、盛大な拍手と共に私たちは村人に囲まれた。
「コクレン! 何がありやがったんです!?」
「キラー先生、100回記念らしいデスヨー」
「何のですか!?」
突然止まった馬車に、幌の中にいた私たちは慌てて顔を出す。
馬を引くコクレンは中国系の人間だ、またKKKに囲まれたのかと車内に緊張が走る。
「この村の100人目のお客様です!」
しかし、村人たちはにこやかな笑顔のまま紙吹雪をまわせ、カランカランとベルを鳴らして騒いでいる。
想像もしていなかった展開に、シュヴァリエは私たちに幌馬車にいるよう指示をしながら、エヴラードを連れて表へ出た。
「こんにちは、みなさん」
「状況をお聞かせいただけないか?」
美男子二人の登場に村の女性たちが湧く声がする。
むっとしながら顔だけ出して様子を伺うが、どうやら本気で歓迎してくれているようだった。
村長夫婦と思わしき人物と目が合うが、私たちがいるとわかってもにこやかに手を振るだけだった。
「この村は辺鄙な位置にありまして、こうやって人が来てくれるのは大変珍しいのです」
「だから100人目のお客様には特別な歓迎をしたいと思って。はい、オハイオ州の名物、オレタンジーパークのチケットをどうぞ」
「お、オレタンジーパークだと……!?」
村長の言葉にダミアンが驚く。
オレタンジーパーク──オハイオ州にある世界最大級の遊園地だ。
そういえばここもオハイオ州。州の名物を贈ってくれたということか。
「オレタンジーパークに……招待?」
……い、行きたい!
そんな葛藤が体の中に渦巻く。
そんな暇がないことはわかっているのでぐっと言葉をこらえるが、6歳の体は欲望に忠実で、体がそわついてしまうことまでは隠せなかった。
「”遊ぶ” ”暇” ”ない”」
父がそわそわする私を見とがめて釘を刺してくる。
「うるせー親父ですね! 織歌サマが行きたいって言ったら行きやがるですよ!」
「”くそがき”」
私が何も言っていない間に、父とキラー・ホエールが喧嘩を始めてしまった。
喧嘩というよりはキラー・ホエールが一方的に父にアイアンクローを喰らっているだけだが……
「わ、私は行きたいなんて言ってません!」
慌てて二人を止める。
ここにいないエンゼル神父がいたらもっとお叱りを受けただろう。
厳格で美しい私の婚約者を取り返すまで、私は遊んでいる暇はない。
「いや。行きましょう」
だが村長たちと話をつけて戻って来たエヴラードの答えは意外なものだった。
「そんな暇ねーだろ」
「暇はないんですが、必要があるんですよ。サー・ヘイダル。遊園地で幌馬車を売って大型車を買い直しましょう」
「……わるくねぇな。さすがは弁護士だ」
親切なアーミッシュに譲ってもらった幌馬車だが、馬は生き物だ。
稼働力は車と段違いに悪いし、乗り捨てることは人道に反する。
たしかに、これはいい機会かもしれない。
「ワタシ大型車も運転できますヨー」
……都合よく、何でもできるコクレンがいるおかげで運転の心配もない。
そうと決まれば答えはひとつだ。
「オレタンジーパークにいこう!」
私の声掛けと共にコクレンが馬を走らせる。
遠くから村人たちの明るい声が聞こえてきた。
「100回記念、100祭り! 楽しんでくださいね!!」
◇ ◇ ◇
「オレタンジーパークだー!!!」
幌馬車を揺らすこと数時間、私たちはオレタンジーパークに到着した。
「……へえ、大したもんだ」
ダミアンの声が低く響く。
これはビジネスマンモードのダミアンだ。
ブロードウェイの帝王が唸るほど、そこには夢のような光景が広がっていた。
視界いっぱいの巨大なアーチゲート。
白いコンクリートで作られた荘厳な門には金色の立体文字で【OLENTANGY PARK】 と掲げられている。
6歳の体では首が痛くなるほど見上げながら、私はごくりと唾を飲み込んだ。
「”おおきい”」
遊びに反対していた父も、ぼんやりと呆けながら見上げている。
門をくぐると、ぱっと視界が光に満たされた。
赤・青・黄・白……
どの建物も絵本の中みたいに鮮やかで、大道芸人の笛の音、コットンキャンディの甘い匂い、ポップコーンの香ばしい湯気。
情報がいっぺんに押し寄せてくる。
「キラー、人が多いからはぐれるなよ」
「はい! 織歌サマ!」
五感を刺激する情報の中で、視覚だけ手に入れることをできないキラーの手を引いて案内する。
キラーは人混みのうるささや鼻を刺激する臭いにくらくらしていたようだが、私の手をぎゅっと握ってすがってくる。
(年下って、可愛いものだな)
素直な反応がかわいくて思わず頭を撫でる。
彼は身長も20歳の私と同じくらい。視力のない瞳と目線が合うことはないが、恥じらいで揺れる瞳孔はたまらなく愛おしい。
「婚約者じゃないんですよね」
「はっ!」
エヴラード先生の冷たい突っ込みが飛んで意識を取り戻す。
なにかよくないことを考えてしまいそうで、慌ててキラーから手を引っ込める。
体は子供なのに、愛したい気持ちだけは大人のままだから、妙にストッパーが利かない。
「……エヴラード先生」
「はいはい」
「今の私は欲望の抑制が効きづらいようです……」
「”今の”ですか?」
「なので、私がなにか馬鹿をやったら、エヴラード先生がジャッジしてください。ダメだったら止めます」
「ふふ、なんですかそれ」
エヴラード先生に秘密の約束をお願いすると、「わかりました」といって笑って受け止めてくれる。
良い人だ。心からそう感じる――
「車の売買には1日かかる。せっかくだ、その間は楽しむとしよう」
「そ、そうだな! みんな、何か行きたい場所はあるか?」
そうこうしている間にシュヴァリエが仕切りだしてしまった。
いけないいけない、このままでは隊長の威厳が無くなってしまう。
私はシュヴァリエから奪い取るように質問を繰り出すと、シュヴァリエは「あなたの行きたいところに行く」と静かに笑ってくれた。
大観覧車、 回転木馬、ローラーコースター、お化け屋敷、水中ショーなどなど、オレタンジーパークにアトラクションは大量にある。
まずは多数決を取って、票が多い順に行けばみんなで楽しめるだろう。
「日本庭園がいいな」
ダミアンが言う(そんなものがあるらしい)。
「愛のトンネルという2人乗りボートがあるらしい」
シュヴァリエが言う。
「”でかい” ”観覧車?” ”ってやつ”」
「キラー・ホエールは何も見えねーから、プールとかの方がいいです」
「やはりループコースターでしょうか。世界唯一の縦回転をするとか」
父が、キラー・ホエールが、エヴラードがそれぞれ言う……
「誰ひとり被らない!!!」
バラバラすぎる!
(これではみんなの願いを叶えることは難しい……)
誰の案から行こうかと考えていると、ダミアンが口を開く。
「選べよ」
「えっ」
気づけば全員が私を見つめていて、私の答えを待っていた。
「全員必ず選んでくれるんだろう。順番はあなたが決めていい」
「キラー・ホエールは何日でも待ちますよ!」
「お前は誰と行きたいんだ?」
「”いきなり” ”選択式に”」
父の冷静な突っ込みが飛ぶ。
幸いチケットは特別なもので、並び時間の短縮は可能だ。
「じゃあ……」
私はまず、彼の手を取った――
とうとう100話になりました。
初めての作品をここまで書けたのは見ていただける方々のおかげです。
本当にありがとうございます。
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100祭りなのでしばらく毎日更新です。
次の更新は明日【21:10】!




